死闘、リッド対エルバ
「……全く、いちいち癇に障る野郎だ」
エルバは首を横に振ってこちらを睨むと、戦斧を振り上げ、凄まじい勢いで突撃してきた。
勢いのままに戦斧を振り下ろすが、僕は紙一重で躱して奴の懐に入り込む。
でも、奴はその動きを捉えているらしく口元を緩めた。
「その程度で躱したつもりか。リッド・バルディア!」
「……⁉」
言葉と共にエルバの巨体から素早く膝蹴りが繰り出され、僕は両腕を交差して防御する。
「どうした、どうした。さっきまでの威勢はどこへいった!」
声を荒らげたエルバは、戦斧と体術を入り交じった猛攻を繰り出してくる。
僕はそれらの攻撃を躱し、いなし、時に防御し、防戦に徹して奴の動きを観察していく。
九尾になったエルバの動きは、八尾の時より素早く、攻撃力も格段に上がっている。
今の僕でも、不意を突かれるような直撃をもらえばひとたまりもないだろう。
戦斧の攻撃を避けるように僕がバク宙で後退すると、エルバは肩に戦斧を担いで不敵に笑った。
「この体になったのは久しぶりでな。今のは、ほんの準備運動だ」
「……そうだろうね」
相槌を打つと、瞬時にエルバの懐に入り込む。
「な……⁉」
「そうでなきゃ……お前に失望するところさ」
左手を拳に変えて奴の腹に深く、貫くようにえぐり込んだ。
エルバは目を瞬き、「ぐ……⁉」と苦悶の表情を浮かべる。
僕が左手の拳を腹から抜くと、奴はその場にゆっくり片膝を付いた。
「さぁ、早く立てよ、エルバ。お前との決着。この程度で、終わるわけがないだろう」
冷淡に告げると、奴は歯ぎしりしてから薙ぎ払うように腕を力一杯振るった。
魔力を込めていたらしく、奴の振った腕の先では魔力波が巻き起こる。
でも、僕は躱してエルバの背後に回り込み、「遅い!」と奴の後頭部に蹴りを入れて顔を地面に叩きつけた。
「ぐぁ⁉」
呻き声と共に、大地が割れ、地響きが起きる。
僕とエルバのやり取りは一瞬の間に行われており、敵味方問わず誰もが唖然としており、戦場には静寂が訪れていた。
「……ふふ」
エルバは笑みを溢し、悠然とその場で立ち上がって大声で笑い始めた。
「素晴らしい力だ。だが、お前はわかっているのか。俺という力に超えようとする力。それをお前が発揮すればするほど、この世が『弱肉強食』であることをお前自身が証明することになるのだぞ?」
「あぁ、確かにね。お前の言うとおり、この世に『弱肉強食』の仕組みがあることは否めない」
そう言って頷くと「だけど……」と凄んだ。
「お前のように強者と驕る者が、沢山の人を傷つけ、虐げていい理由や根拠にはならない」
吐き捨てると、僕はエルバの至近距離に迫り体術を繰り出していく。
奴は、先程の一撃で警戒を強めたのか防御に徹している。
「知った風なことを口を叩くな。人は一人で生まれ落ち、弱肉強食の世を一人で生き抜き、一人で孤独に死んでいくものだ。強者が他者を蹴落とし、弱者を虐げて何が悪い!」
エルバが怒号を上げて戦斧を振り下ろす。
僕が魔障壁で正面から受け止めると、辺りに甲高い金属の衝突音が鳴り響く。
「違う! 人は、人の愛で生まれ落ち、厳しい世を沢山の人と助け合って生き抜き、愛された人達に見送られて死んでいくものだ。お前が今ここで生きていることも、誰かの助けがあってこそだろ。それを忘れて、全て自分一人で生きてきたつもりか? 最早、それは驕りですらない。愚かなだけだ!」
出力を一気に上げた魔障壁で、奴の戦斧を一気に弾いた。
「な……⁉」
エルバが目を瞬く。
僕はがら空きとなった奴の懐に入り込み、体術による連撃を入れていく。
「お前にみたいに命を軽く考え、粗末にする奴にはわからないだろう。ある日、突然に何の前触れなく『死の運命』を知り、必死に抗って、大切な人達を守るために生きていく決意。そして、大切な人を守れなかったその悲しみも、奪われた苦しみも!」
左手を手刀に変えて奴の鳩尾にえぐり込ませると、魔力を一気に圧縮して解放する。
次の瞬間、大爆発が起きてエルバが吹き飛んだ。
「はぁ……はぁ……」
肩で息をしながら吹き飛んだ先を睨むと、奴から禍々しい魔力が発せられる。
「命を粗末にするな……だと? 貴様の価値観を俺に押しつけるな。命に重いも軽いもあるか」
エルバは腹部を押さえながら、戦斧を杖にして立ち上がると鋭い目を光らせた。
「命とやらは、この世で『平等』に生きとし生けるものに存在している希有な存在だ。そう考えれば、人も、虫ケラも、命の価値は等しく同じなんだよ。つまりな。命に『重さ』なんかねぇんだ。命に価値を付けてるのは俺じゃねぇ。お前自身だろうが、リッド・バルディア」
「そうさ……僕の言っていることも一つの『価値観』だし、押しつけかもしれない。だけど、お前の言う通り、命の価値は等しく同じ。だからこそ、人に限らず命は決して粗末に扱ってはいけないんだ。これは、僕の意地……信念だ」
息を整えて構えたその時、『リッド様! 申し訳ありません。ライナー様より、緊急入電です。どうか、応答してください』と脳裏にサルビアの声が響く。
ほぼ同時に、僕の背後に並ぶ狐人族の戦士達からも「エルバ様! ガレス様の部隊より、火急の知らせです」という声が聞こえてきた。
エルバと睨み合いながら、サルビアに『どうしたの?』と問い掛ける。
『あ、良かった。リッド様、今ライナー様の部隊に同行していた者から通信が入り、ライナー様、アモン様。そして、ノアール、ラガード。以上、四名が協力して狐人族の部族長、ガレス・グランドークを見事討ち取ったとのことです』
サルビアは、興奮した声で捲し立てた。
そうか、父上達はやり遂げたんだ。
『わかった。知らせてくれてありがとう』
『では、狭間砦のカーティス様やダイナス様達にもお伝えしなければなりませんので、これで通信を失礼します』
通信魔法が終わり、父上達の活躍に安堵してほっとしたその時、エルバが眉を顰めて真っ青な狐人族の戦士に視線を向けた。
「火急の知らせとは何だ。聞かれても構わん。すぐに教えろ」
「は、はい。実は、ガレス様の部隊から知らせがあり、ガレス様がアモンと名乗る狐人族とライナー・バルディア。他、二名の狐人族との戦いに敗れ、討ち死にされたとのことでございます」
戦士は報告を終えると、その場に両肘を突いて項垂れた。
狐人族の戦士達からはどよめきが起き、ディアナ達からは歓声が上がる。
でも、エルバは動じず、項垂れた戦士を凄んだ。
「おい、お前。親父が討たれた場所……ライナーが居る場所はどこだ」
「え……? わ、我等がいる場所の真後ろですが……」
戦士が問い掛けに答えると、エルバは「そうか……なら丁度良い」と不敵に笑う。
そして、左手に戦斧を持ち、右の掌を空に掲げた。
「……エルバ、この期に及んで何をするつもりだ?」
「ふふ、遊びはもう終わりということだ。ライナー諸共、消し炭にしてくれる」
言うが否や、奴が掲げた掌から小さな黒炎球が生み出されて辺りの空気を吸い込み、凄まじい勢いで巨大化していった。
「な……⁉」
僕は目を瞬くが、エルバは口元を歪めている。
「リッド・バルディア。いくら貴様が強かろうと、純粋な魔力量で正面からぶつかれば、俺には勝てんだろう。さぁ、逃げられるものなら逃げてみろ。しかしその時は、この黒炎がライナー共を消し炭にしてしまうがな」
「お、お前……⁉」
僕の背後を見やれば、狐人族の戦士達は巨大な黒炎に戦慄している。
中には絶望してしまったのか、その場にへたり込む者すらいた。
エルバに視線を戻して、「やめろ!」と声を荒らげる。
「お前を慕う戦士達もいるんだぞ。それに、父上達のところにも狐人族の戦士達がまだいるはずだ」
「ふん。虫ケラ共の命なぞ、知ったことか。役立たずの親父や戦士がいなくとも、俺さえいれば狐人族はこの戦に勝てるのだからな!」
エルバが鼻を鳴らしたその時、奴の背後から沢山の影が現れる。
ディアナとカペラが先頭に立つ獣人族の子達と騎士達だ。
「そんなこと、断じてさせません」
「雑魚共が……俺の背後に立つんじゃねぇ!」
右手を掲げて黒炎を空中に維持したまま、奴は左手の戦斧を振るってディアナ達を一瞬で吹き飛ばしてしまった。
「……⁉ 皆!」
駆け寄ろうとするが、エルバは憎悪の籠もった瞳で凄んだ。
「リッド・バルディア。認めてやろう。お前は……間違いなく俺の覇道に立ち塞がる障害だ。故に、お前だけは俺の手で始末してくれる」
奴をそう言うと、右手をおもむろに僕に向けた。
「さぁ、塵も残さず消え失せろ!」
巨大な黒炎球はエルバの言動と共に空からこちらに向かって動き始め、下部分が地面に接触すると飲み込まれるように大地が消えていった。




