エルバ・グランドークとの戦い
「面白い。これがお前達の『切り札』というのなら、正面から受けて立とうじゃないか」
奴は不敵に笑って戦斧を肩に担ぐと、これでもかというほどに上半身を捻って力を溜めていく。
同時にエルバの全身から、並々ならぬ禍々しい黒い魔力が溢れ、揺らめいた。
「魔力、武力、獣化を極め、掛け合わせた力に壊せぬものなど……何もない」
空から落ちてくる『螺旋槍』に奴が凄むと、辺りの空気が張り詰める。
ぞくりと背中に悪寒が走ったその時、奴は溜めていた力を解放して戦斧を振り下ろした。
「な……⁉」
我が目を疑った。
螺旋槍・烈火が、エルバの振るった戦斧で止められているのだ。
そして、凄まじい力が反発が僕に返ってくる。
まるで、互いに両手をつかみ合って行う押し相撲のようだ。
「ぐ……な、なんて奴だ。あれだけの魔法を『魔力付与』で受け止めたのか⁉」
「その歳で、これほどの魔法を生み出して扱うとはな。面白い、面白いぞ。リッド・バルディア。だが、この程度で俺を倒せるとは思わぬ事だ」
エルバの獣化に変化が起きる。
金色の全身に禍々しい黒い模様が現れ、雷を纏い、新たな『尻尾』が生えていく。
「八尾……だって⁉」
「ふふ、驚くのはまだ早いぞ」
奴が口元を歪めた直後、反発が一段と強くなる。
僕も負けじと足を踏ん張り、全身に力を込めたけど、奴に押し負けている感覚があり、歯を食いしばった。
「ま……負けるものか」
必死に押し返そうと呟いたその時、エルバと螺旋槍がぶつかり合っていた場所で大爆発が起こり、衝撃波が戦場を駆け抜ける。
押し合いに必死だった僕は、足がふらついてしまい踏ん張れない。
危うく吹き飛ばされそうになったけど、いつの間にか背後に回っていたクッキーがディアナ達と一緒に支えてくれた。
「ありがとう」
「ガゥ」
彼は小さく頷くと、怒りの形相を浮かべて威嚇でもするようにエルバが居た場所を凄んでいる。
クッキーも、爆煙の中にある禍々しい奴の気配を感じているのだろう。
ふと魔法を発動した自身の手を見つめた。
僕は強くなったはずだ。
バルディアで襲撃犯やエルバと対峙した時より、身体強化の扱いも上手になったし、身体強化・弐式、身体属性強化・烈火も扱えるようになった。
それでもまだ、『奴』とはこれだけの実力差があるのか。
「……でも、絶対に諦めない」
そう呟いた時、ディアナが『薬』を取り出し、カペラが水筒を用意した。
「リッド様。今のうちにこちらをお飲みください」
「うん」
薬と水を受け取ると、一気に飲み込む。
この薬は『魔力回復薬』の改良版であり、クロス達と行った『特別強化訓練』で使ったものだ。
「ふぅ……。ありがとう。おかげで少し楽になったよ」
周りを見やれば、オヴェリアとミアも意識を取り戻して彼女達は隊列を整えて前戦に復帰。
クロスが率いるカルア達も、特に問題はないようだ。
皆が無事で胸を撫で下ろしその時、爆煙の中で影が揺らめいた。
「今のは、俺の勝ちだな。しかし、まだまだこんなものじゃないだろう? さぁ、次は何をして楽しませてくれるんだ。リッド・バルディア」
「……別に、お前を楽しませるために戦ってるわけじゃないけどね」
エルバは八尾の状態を維持しており、見る限り損傷はない。
奴が手に持つ戦斧も螺旋槍・烈火とぶつかり合ったというのに、傷一つないみたいだ。
全力の一撃だったのに、少し傷つくよ。
「……作戦変更だ。エルバを可能であれば倒すつもりだったけど、ガレスを倒した父上とアモンがこっちに合流するまでの間、何とか持たせよう。持久戦に徹するんだ」
小声で指示を出すと、カペラとディアナは小さく頷き、クロスとオヴェリアの隊に目配せをする。
彼等も意図を察してくれたらしく、目配せを返してきた。
僕はあえて大声を発する。
「皆、エルバは強い。でも、獣化や身体属性強化の魔力消費が激しい以上、波状攻撃を続ければ、いずれ奴の余裕にも綻びが生まれるはずだ。それから、クロス!」
横目で彼を見やった。
「さっきの仕掛けた攻撃で、奴に傷をつけられたのは君だけだ。だから攻撃の要は、君になる。僕を含めた後の皆は、クロスを援護する流れで仕掛けていくよ」
「大役ですね。その役目、引き受けました」
彼が笑顔で気持ち良く答えると、「おぉ!」と皆の表情が明るくなって士気が上がった。
クロスは伊達に、バルディア騎士団の副団長を任されているわけじゃない。
余裕がない時こそ、それを敵にも味方にも感じさせないよう振る舞っている。
この辺りは、まだルーベンスでは経験不足で難しいかもしれない。
だからこそ、父上は経験豊富なクロスを僕の側に置いてくれたのだろう。
「俺の余裕に綻び……か。面白い考えだ。いいだろう。俺が満足するか、飽きるまで遊んでやる。さぁ、もっとだ。もっとお前達の力を俺に見せてみろ」
吐き捨てたエルバは、力を誇示するように魔力波を周囲に放つ。
その威力は最初の比ではない。
でも、間髪を容れずに「臆するな!」とクロスが発した。
「どんな強大な力を持っていたとしても、リッド様の言うとおり、限界はある。行くぞ」
彼はそう叫ぶと、カルア達を引き連れて先陣を切る。
「僕達もクロスに続くよ!」
呼びかけると、ディアナとカペラが「はい」と身体強化を発動。
クッキーが咆吼を上げると、僕達はクロス達の後を追うように走り出す。
オヴェリア達も同時に動き出し、先程とはまた違う連係攻撃を仕掛けていった。
◇
エルバと戦ってわかってきたことがある。
奴は僕の螺旋槍・烈火を戦斧で対峙した際、『武力、魔力、獣化を極めた』と言っていたが、その言葉に嘘偽りはなかった。
奴は巨体を生かして破壊力のある一撃を繰り出すだけでなく、素早く無駄のない身のこなし、扱いが難しい戦斧を巧みに操る卓越した技術。
消費魔力が激しいはずの獣化と身体属性強化を併用して僕達全員を一人で相手にしながら、息が全く乱れていない。
恵まれた体格、才能、魔力量。
戦闘に必要なものを全て集約した……まるで、戦うためだけに生まれてきたような存在。
それが、エルバに感じたことだった。
僕、ディアナ、カペラ、クッキーの四人一組で連係して攻めているが、奴の猛攻を抑えきれずにカペラ、ディアナ、クッキーがエルバの発した魔力波で吹き飛ばされる。
「皆⁉」
「よそ見してんじゃねぇ。最初の威勢はどうした、リッド・バルディア」
エルバの巨体から繰り出される戦斧の一撃を魔刀で受けるが、強すぎる衝撃に踏ん張りきれない。
「その程度か。舐めた防御してんじゃねぇ!」
「ぐぁああああ⁉」
次の瞬間、僕は吹き飛ばされて地面を勢いよく転がった。
起き上がろうと四つん這いになって、口元を拭えば袖は血と泥で汚れた。
口の中はすでに鉄の味が広がっている。
「リッド様⁉ 副団長、リッド様を頼みます。次は、あたし達が相手だ。くそ狐ぇ!」
オヴェリアはそう叫ぶと、果敢にエルバに立ち向かっていく。
彼女の後を、ミア、シェリル、スキャラの三人が続いていく後ろ姿が微かに見えた。
「リッド様。ご無事ですか⁉」
「うん。ありがとう、クロス」
彼の助けを借りて、僕がその場に立ち上がると、ディアナ達もすぐに駆け寄ってきてくれた。
エルバとの戦いが始まり、どれぐらいの時間が経過しただろうか?
体感時間は長いけど、おそらくまだそんなに経っていないだろう。
僕達、オヴェリア達、クロス達でそれぞれ四人一組。
三隊でエルバに波状攻撃を続けているが、いまだ奴の力に底が見えていない。
七尾の金狐状態のエルバには、クロスの剣が有効であり、勝利の道筋に感じられた。
でも、八尾となった奴に、クロスの剣でも与えられたのは軽い切り傷程度だ。
だけど、まだ勝ち筋はある。
エルバと僕達が大立ち回りをしている間、両軍の騎士と戦士達は睨み合いを続けており、互いに損傷が軽微だ。
このまま持久戦を続ければ、いずれ父上とアモンがガレスを打ち破って救援に来る手筈になっている。
そうして、総力戦に持ち込めば奴でも倒せるだろう。
元々、僕が率いる部隊の目的はエルバの足止めだ。
奴を倒せれば一番良かったけど、まさかここまで実力差があるとは予想外だった。
『あの人だけは、一筋縄ではいかないはずだ』
アモンが別れ際に言った言葉が脳裏を過ったその時、「キャァアアアア」と正面からスキャラの悲鳴が響く。
見れば、彼女はエルバの攻撃で僕達のいる場所に吹き飛んでくる。
「危ない!」
咄嗟に前に出て、勢いよく飛んできた彼女を両手で受け止めた。
「あ……ありがとうございます。リッド様」
「いや、君が無事で良かったよ。皆、一旦こちらに戻って態勢を整えるんだ!」
スキャラを立たせ、エルバと対峙しているオヴェリア達に呼びかけると、彼女達は隙を見てこちらにまで引いてきた。
僕の側に集まったオヴェリア達、クロス達、ディアナ達。
皆、揃いも揃って満身創痍だ。
「……リッド様。少しよろしいでしょうか?」
「うん。どうしたの」
カペラの囁きに頷くと、彼は険しい表情を浮かべた。
「用意していた『魔力回復薬』をほとんど使い果たしました。残り僅かです」
「……わかった。残った分は、クロスに渡して」
エルバに傷を与えられるのは、彼だけだ。
なら、少しでもクロスが継戦できるようにすべきだろう。
カペラが「畏まりました」と彼に薬を渡したその時、エルバが肩を竦めて、首を横に振った。
「飽きたな。もう止めだ」




