決別と決意
「聞いたぜ。テメェの差し金であたし達は、バルストに奴隷として売られたってな」
「ふん……そんなことか」
オヴェリアの問い掛けに、エルバはつまらなさそうに首を横に振った。
「近い将来、お前達はどこかで野垂れ死ぬ運命だったんだ。どうせ死ぬなら、少しでも役に立ってもらおうと考えたに過ぎん」
奴は吐き捨てると、「それに……だ」と話頭を転じて僕を顎で指した。
「結果、お前達は良い主人に出会えているじゃないか。むしろ、死にゆくお前らに慈悲を与えた紳士的な俺に感謝してほしいぐらいだ」
おどけるように肩を竦め、エルバは大声で笑っている。
オヴェリアは動じず、何も言わずに凄んだまま「……確かにな」と呟いた。
「偶然とはいえ、リッド様との出会いには感謝してるぜ。だけどな、あたし達を奴隷として売り出した国や、部族の野郎共に尻尾を振ることなんかできやしねぇ。獣人族が『弱肉強食』だとしても、関係ねぇ。あたしには、バルディア家に仕えた誇りがあるんだ。その誇りを失うぐらいなら、この戦で死んでも良い。それが、リッド様に仕えた兎人族全員の総意だ。覚えとけ、くそ狐!」
彼女が勢いよく吐き捨て、エルバを指差したその時、「オヴェリアの言うとおりです」と狼人族のシェリル、猿人族のスキャラ、猫人族のミアが前に躍り出る。
「狼人族は皆、リッド様に救われた御恩に報いるため身命を賭して仕える所存」
「猿人族の皆は、リッド様が大好きなんです。だから、私達は帰りません」
「猫人族もだ。奴隷として俺達を売っておきながら、虫が良すぎるんだよ!」
四人がエルバに凄む中、「彼女達だけじゃない」と熊人族のカルア、牛人族のトルーバ、馬人族のゲディング。
分隊長の皆がエルバの前に並んで躍り出た。
「リッド様に仕えた獣人族、全員の総意だ。奴隷として我等を放逐しておきながら『解放』とは片腹痛い」
「全くです。何が紳士的ですか。『傍若無人』の間違いでしょう」
「……同感だ。獣人国に俺達の戻る場所などない。生きる尊厳と誇りを奪われたら、それは『死』と変わらん。俺達は、二度もむざむざと『殺される』つもりはない」
分隊長の七人は僕の前に立ち並ぶと、それぞれの武器を構えてエルバを凄む。
「君達……」
目頭が熱くなる。
エルバが発する殺気と威圧感は、相当なものだ。
よく見れば、皆の体は小さく震えている。
それでも、皆は奴に向かって『獣人国との決別』を宣言してくれた。
だけど、奴は動じず、むしろ楽しそうに口元を緩めている。
「ふふ。種々入り交じった小魚の集まりか……『雑魚』とは良く言ったものだ。いいだろう、圧倒的な力の差を見せてやる。俺自ら、まとめて相手をしてやろうじゃないか」
次の瞬間、魔力波が吹き荒れ、みるみるエルバの姿が獣化していき以前同様、『七尾の金狐』となる。
そして、地面に突き刺さっていた巨大な戦斧を悠然と手に取った。
「俺にあれだけの大口を切ったんだ。簡単に死んでくれるなよ?」
「……⁉ 皆、下がるんだ。奴の相手は僕がすると言っただろう!」
奴の戦斧の切っ先がこちらに向けられ、皆に向かって咄嗟に叫んだ。
だけど、彼等は引かない。
「ここは、皆で力を合わせて戦いましょう」
ディアナが僕の前に立つと、カペラが彼女の横に立った。
「正直、奴の実力はまだまだ底知れません。これは、バルディア家の存続を掛けた戦い。ならば、総力戦で挑むべきです。幸い、『紳士的に一人で』我等を相手にしてくれるようですからね」
「二人まで……」
当初の作戦では、皆が周りの狐人族を相手にしながら僕が『囮』となってエルバを引き付ける予定だった。
現状の戦場を見渡せば、狐人族の戦士達はエルバの指示に従い、武器を構えてこそいるけど、成り行きを見守っている。
いや、エルバに立ち向かう僕達をせせら笑っていると言った方が正しいかもしれない。
僕達が束になってもエルバに敵わないと踏んでいるのだろう。
なんにせよ、戦士達は手を出すつもりがないようだ。
「リッド様。ここは皆の気持ちを汲んで、エルバの口車に乗ってやりましょう」
クロスに声を掛けられ咄嗟に「で、でも……⁉」と答えるが、僕は口を噤んだ。
慕ってくれるこの子達を……いや、この場にいる騎士を含めた誰一人として、本当は危険な目に合わせたくない。
だけど、立場上それは口に出せない。
だから、エルバの相手は僕一人でするつもりだったんだ。
気持ちをぐっと堪えて目を伏せると、クロスが小声で耳打ちしてきた。
「この戦いは、あくまで『時間稼ぎ』です。ショーギで言うなら、『龍馬』の動きは会談で止めました。あとは、目の前にいる『竜王』を足止めしている隙に、我等の『王将』が敵の『玉将』を打ち倒してくれるはず。それこそが本当の勝ち筋です。それに、この人数で立ち向かった方が、皆が支え合って生存率も上がるでしょう」
彼は、目を細めて微笑んだ。
「……そうだね。わかったよ。ここは、奴の傲慢に甘んじて乗っかろう」
僕が頷くと、彼は「ふふ」と優しげに噴き出した
「リッド様はお優しい方ですからね。その気持ちは、皆も分かっていますよ。でも、だからこそ、我等は決意を力に変えて立ち向かえるんです」
クロスは、ふいに空を見上げる。
つられて僕も顔を上げると、雲も少ない青空が広がっており、地上の殺伐とした戦の様子を気にすることもなく、鳥達が大空を羽ばたいていた。
同時に、張り詰めた戦場に場違いな心地よい風が流れていく。
それはほんの一瞬の出来事だけど、何故かとても遠くて、長く感じられる時間だった。
「クロス……どうかした?」
「いえ……。今日は晴天を鳥達が飛び交い、気持ちの良い風も吹いています。本当ならこんな日は、この場にいる皆と家族を交えて楽しく遊びたいものだなと……ふと思いまして」
「そっか……そうだね。じゃあ、さっさと奴を倒して戦を終わらせよう。そうしたら、皆で『訓練』でもして遊ぼうか」
おどけて答えると、彼は苦笑した。
「良いですけど、それは『遊び』になるんですかね」
「まぁ、楽しければ何でも良いんじゃないかな?」
「はは、それもそうですね」
クロスが頷いたその時、クッキーがのそりのそりとオヴェリア達の前に出た。
どうやら、彼もやってくれるらしい。
改めて正面を見れば、エルバが首に手を当てながら左右に振っている。
奴はこちらの視線に気付くと、口元を緩めた。
「作戦会議は終わったか? じゃあ、そろそろ始めようぜ。俺がいくら紳士的とはいえ、待たされるのはあんまり好きじゃねぇからな」
「あぁ、待たせて悪かったね」
奴に答えると、僕は視線を変えて「皆、これからが本当の正念場だ」と呼びかける。
「絶対に無茶はだけはしないように。勝っても死んだら意味がない。生きて勝ってこその勝利だからね」
皆は何も言わず、でも、どこか嬉しそうに首を縦に振った。
深呼吸して、「いくぞ!」と号令を発したその時、クッキーが咆吼を発してエルバと同等の大きさに巨大化。
皆に先駆けて先陣を切った。




