エルバの野望
「はは、お前が来るのを待っていたぞ」
エルバはそう言うと、「お前達、手を止めろ!」と辺りを一喝。
同時に奴を中心とした激しい魔力波が吹き荒れ、戦場に場違いな静寂が訪れる。
「リッド・バルディア。お前と腹を割って少し話したくてな」
「……この期に及んで話だと?」
今更、話すことなどないけど、辺りには先行した騎士達が負傷して倒れている。
ここは、時間を稼ぐべきか。
負傷している騎士達を一瞥し、クロス達に目配せする。
皆はすぐに意図を察してくれ、それとなく頷いた。
クッキーの背中から降りて魔刀を納刀すると、狐人族の戦士達がエルバの指示に従い正面の道を空ける。
敵意と殺気の籠もった視線を浴びながら、僕は前に進んでいく。
「どういうつもりだ?」
「言っただろう? お前と話がしたいとな」
エルバは持っていた戦斧の先端を地面に突き刺すと、その場にあぐらで座り込む。
奴の体格は、狐人族の中でも突出……いや、異常とも言えるほどに大きく、あぐらをかいても視線は僕より高い。
頬杖をついて舐めるようにこちらを見つめたエルバは、ふいに目を細めて口元を歪めた。
「俺の『右腕』になれ。リッド・バルディア」
「……なんだって?」
眉間に皺を寄せて不快感を露わにするが、奴は楽しそうに笑った。
「ふふ。国を捨て、俺に仕えろ。寝返れと……そう言っている」
「そんなこと……聞き入れるわけないだろう」
平和的な解決を目指したバルディア家の想いを踏みにじり、弟妹のアモンやシトリーを囮に使い、リック達を捨て駒にした。
そんな奴に仕えるなんて絶対に考えられない。
だけど、ある疑問が脳裏を過った。
「……そもそも、どうしてこんな事をする必要があったんだ?」
「こんな事? あぁ、この戦争のことか」
「お前の強さと指導力を部族や一族の平和と繁栄に使えば、領地をいくらでも発展させられた。わざわざ、バルディア家や帝国を敵に回す必要はなかったはずだ」
「いいんだよ。いずれ全てを飲み込むつもりだったからな」
「全てを飲み込む?」
首を傾げて聞き返すと、エルバは立ち上がって両腕を広げた。
「リッド・バルディア。獣人族はな、『選ばれた強者』なのだ。にも拘わらず、部族長共は馬鹿な『獣王』という仕組みに踊らされ、無駄に力を消費している。獣人族の力さえあれば、世界の覇者にも君臨できるのに……だ」
エルバは、口元を不気味に歪めている。
「だから、全てを壊すことにしたんだよ。バルディアに攻め込んだのは、その始まりだ。この戦に勝利した後、俺は獣王となり、世界の頂点に君臨するべく行動を開始する。従って、『お前』のように優秀な駒がいるんだよ」
僕を射貫くように睨むと、エルバは右手を差し出した。
「もう一度言う。俺に仕え、右腕になれ。リッド・バルディア。そうすれば、お前の大切な『モノ』には手を出さないでやろう」
ゆっくりと右手を差し出しながらクロス達を一瞥すると、奴の差し出した手を思い切り弾いた。
「……お前に仕えるなんて『死んでも』ごめんだね」
「ほう、面白い。ならば、お前が懇願するまで、『生き地獄』を味あわせてやるだけだ」
エルバが不敵に笑うと、奴を中心に激しい魔力波が吹き荒れる。
「ぐ……⁉」
吹き飛ばされないように何とか耐えると、奴の全身から茶黒色の熱が揺らめいていた。
「まずは、少し遊んでやろう」
そう言うと、奴は狐人族の戦士達に視線を向けた。
「お前達は手を出すな。だが……」
余裕のある笑みを浮かべると、エルバは僕の背後や傍にいる騎士達を見やった。
「リッド・バルディア。お前に仕える騎士達は、好きに手を出してくれて構わんぞ? まぁ、勢い余って返り討ち……殺してしまうかもしれんがなぁ」
奴は吐き捨てると、豪快に大声で笑い出した。
「……エルバ」
「うん?」
名を呼ぶと、奴は笑うのを止め首を傾げてこちらを覗き込む。
僕は、眼光鋭くを睨み返した。
「お前、さっきから能書きと御託ばかり並べてさ。馬鹿なんじゃないの? お前の『野望』なんかどうでもいいし、仕える気もなければ、許すつもりもない。僕は、バルディアに手を出してきた……お前達、グランドーク家をぶっ潰しにきただけだ」
「……」
エルバの額に青筋が走り、空気が重くなる。
奴は手を拳に変えると、威圧するように指の音を鳴らしていく。
「いいだろう。俺にそこまでの啖呵を切る奴はそうはおらん。それでこそ、教育のしがいがあるってもんだ」
「だから、能書きと御託はいいからさ。さっさと、始めようよ」
あえて目を細めて微笑むと、僕は抜刀して下段に構える。
「減らず口を……。まずは、口の利き方を教えてやろう」
言うが否や、エルバは拳を思いっきり振り下ろす。
右に跳躍して躱すと、奴の拳で大地が割れて地響きが起きる。
僕は再び跳躍して、奴の懐に入り込み、魔刀に魔力を流し込んで鋭く振るった。
「はぁあああ!」
まずは、一撃……そう思った直後、まるで金属を叩いたような手応えがあり、甲高い音が鳴り響く。
「ぐ⁉」
手が痺れて思わず顔を顰めるが、すぐ起きた現象にハッとする。
エルバは、魔刀を腕だけで受け止めていたのだ。
脳裏に、屋敷でラガードとノアールがエルバと対峙した時のことが思い起こされる。
『金剛』と呼ばれる土の身体属性強化であり、防御特化の強化魔法だ。やっぱり、『身体強化』では通じないか。
「ふふ、なんだ。威勢がいいのは口だけか?」
「……この程度で、終わるわけないだろう」
バク宙で間合いを取り、再び下段に構えると集中して魔力を高めていく。
「はぁああ!」
心の中でメモリーの名を呼ぶと、僕を中心に強い魔力波が巻き起こり、近くにいた敵兵の一部が吹き飛ばした。
「ほう……。『身体強化・弐式』を以前よりも使いこなせているではないか。だが、それだけで……」
エルバが肩を竦めて首を横に振ったその時、「おらぁああああ!」と白い毛に全身覆われ、赤い甲冑を身に着けた少女が蹴り技を繰り出して襲いかかった。
だが、エルバは眉一つ動かさず、蹴りを首筋で受け止める。
「オヴェリア⁉」
「く……⁉」
彼女は表情を曇らせて、僕の傍までバク宙してくると足のすねをさすりながら、その場にしゃがみ込んだ。
「かってぇえええええ⁉ んでもって、めっちゃいってぇええええ⁉」
「……はぁ、君は何をやってるんだい?」
オヴェリアの言動に皆が呆れ、張り詰めた空気に緩みが生まれる。
そうした中、エルバが首を捻りながら彼女を鋭く睨んだ。
「なんだ、兎人族の小童。俺に何か用事でもあるのか?」
「あぁ、大有りだよ。くそ狐」
彼女は、立ち上がると負けじと凄む。




