狭間砦の戦い2
望遠鏡で確認すると砦の門が開いていく。
次いで、騎士団長のダイナスが金砕棒を片手に先頭へ立ち、バルディア第一、第二騎士団の混合部隊が、『僕』、『父上』、『アモン』を先導してマルバス陣営を目指して猛進。
将を失って混乱している狐人族の兵士達は、アモンと襲いくる騎士団の姿に戸惑って逃げる者。
闇雲に戦いを仕掛ける者がいたりと、統率が取れず、ますます大混乱に陥っている。
砦から出たダイナスと騎士団は本物だ。
でも、あそこにいる『僕達』は、第二騎士団の特務機関に所属する狸人族、ダン、ザブ、ロウが『化術』で姿を変えた影武者に他ならない。
勿論、ダイナス達が出陣した後の砦防衛にも万全を期している。
歴戦のカーティスが陣頭指揮を執り、補佐役のシュタインとレイモンドが留守を預かってくれているのだ。
戦場を俯瞰的に捉え、統率力が高い冷静な敵将が残っていれば、ダイナスが率いる部隊に何か違和感を覚えたことだろう。
そして、狐人族の誇る圧倒的な大軍を統率して対峙すれば、バルディア騎士団とはいえ敵陣を突破するのは不可能に近い。
だけど、その優秀な『敵将』が敵陣には残っていないのだ。
空から次々と閃光が走り、戦場に落雷が落ちて爆煙が連続発生しているのがその理由に他ならない。
空中のアリア達は、僕が今使っている望遠鏡と同じ物で戦場を常に覗いている。
加えて、狭間砦にも望遠鏡で戦場の敵陣を見張っている団員達がおり、通信魔法でアリア達と情報を共有。
少しでも兵を統率しようする動きをした敵兵がいれば、空から容赦無く『魔槍弓センチネル』によって狙撃するよう指示を出している。
戦場の敵兵も既に気付いているだろう。
軍を指揮する『将』が落雷に狙われていることに。
『兵を統率しようとすれば、落雷に射貫かれる』という事実を目の当たりした敵兵は怯え、竦んでしまう。
こうなれば、狐人族の兵士達はもはや大軍とはいえない。
統率が全く取れない、烏合の衆と成り果てている。
前線の指揮を任されているマルバスの陣営に望遠鏡を向ければ、将校らしき狐人族が陣に急いで戻っていくのが見えた。
直後、雷鳴が轟き魔槍弓の光が煌めき爆煙が生じ、将校は黒焦げになってその場に倒れてしまう。
外から見えないようになっている陣の中から、マルバスが姿を現して空を指差して何か怒号を発すると、空に向かって大量の火属性の魔法や矢が放たれていく。
まぁ、あの程度の対空弾幕では、アリア達に当たることはないだろう。
やらないよりはましだろうけどね。
マルバスの様子をそのまま窺っていると、彼は後方を指差して再び怒号を発している。
おそらく、後方に控えるラファに援軍を依頼しているのだろう。
そのままラファの陣営を望遠鏡で覗くが、前線の混乱が嘘のような静けさだ。
「……どうやら、彼女はこちらのお願いを全て聞き届けてくれたようですね」
「そのようだな」
僕の言葉に、同様に望遠鏡で敵陣を見つめる父上が頷いた。
会談でラファにお願いしたことは、まず三つある。
一つ目、狭間砦正面に兵を集中させること。
二つ目、マルバスに前線の陣頭指揮をとらせること。
三つ目、両家の戦況がはっきりするまで、ラファは傍観者であってほしい。
敵兵が前線に集中したことで、アリア達の行う狙撃は絶大な効果を発揮。
敵を大混乱に陥れることに成功した。
そして、マルバスが前線の陣頭指揮を執っていることも、敵陣が後手に回っている原因だ。
アモンから得た情報により、マルバスが戦の経験に乏しく、『武功』を欲していたことがわかっていた。
功を欲するということは、多少の損害が出ても強引な策に出てくる可能性が高い。
僕達は、そこに罠を張った。
砦の改装による籠城策で敵軍を砦正面で滞留させ、アリア達による敵将校狙撃で組織力と統率力の無効化を図り、仕上げに影武者による前線を攪乱した。
最早、実戦経験の浅いマルバスでは前線を立て直すことは難しいだろう。
前線の収拾が付かないと悟った彼は、当然の如く援軍を求めるはずだ。
だけど、彼のすぐ後方にいるラファは、僕達との会談によって戦況が確定するまで『傍観者』を決め込んでいる。
彼女のことだ。
今頃、この戦況を自陣で眺めて楽しんでいることだろう。
「リッド。我々も動くとしよう」
「はい。承知しました」
父上は僕の返事を聞くと、傍にいるクロス、ディアナ、カペラ達に目を向けた。
「お前達。リッドのことを頼むぞ」
「畏まりました。身命を賭して、お守りいたします」
クロスが代表して答えると、ディアナとカペラも深く頭を下げる。
「うむ。では、作戦開始時刻は今から一〇分後とする。それぞれの配置につくぞ」
父上はそう言うと、再びこちらに目をやった。
「リッド。無茶だけはするな。この戦、ガレスの首を私とアモン殿が取れば勝ちなのだ。お前達の部隊はあくまで足止めすること……わかっているな?」
「はい、無茶はしません。ですが、何があっても『エルバ』を父上とアモン殿の下にはいかせませんのでご安心下さい」
目を細めて微笑むと、父上の傍に立つアモンが心配顔を浮かべた。
「リッド殿。兄……いや、エルバは強い。足止めが厳しければ一旦引き、態勢を立て直すなど臨機応変に対応してくれ。あの人だけは、一筋縄ではいかないはずだ」
「うん。わかってるよ。でも、心強い『皆』がいるからね。何とかしてみせるさ」
そう言うと、後ろを振り返った。
僕の背後にはカペラとディアナに始まり、クロス率いる第一騎士団の面々と、第二騎士団から選別された分隊長の皆が立っている。
「あ、それと、『殿』はいらないよ。気軽にリッドって呼んでほしいかな」
「そうか。では、僕のことも『アモン』と呼んでくれ」
「わかった、アモン。じゃあ、また後で会おう」
「あぁ、リッド。必ず、ガレスを討ち果たしてみせるよ」
「うん。あと、ノアールとラガードのこともよろしくね。あの二人もよく無茶するからさ」
「了解だ。任せてくれ」
そう言って頷くと、アモンは同じ部隊にいる二人に目をやった。
今回の戦で、ノアールとラガードだけは、アモンに付き従いガレス討伐に同行する。
実は、ノアールは『グレアス・グランドーク』の血を引いた唯一の生き残りだそうだ。
彼女の母親、『マリチェル』という女性は、病ですでに亡くなっているらしい。
ノアールとラガードは、生まれを隠してひっそりと狐人族の領内で暮らしていた。
いつか、両親と断罪された一族達の仇を討てればと思いつつ。
だけど現実は厳しく、奴隷商に捕まってしまいバルストに売られてしまい、偶然にもバルディア家に辿り着いたそうだ。
この話を打ち明けられたのはつい最近であり、それはもう驚いた。
アモンにも彼等の生い立ちは伝えている。
彼も、叔父であるグレアスの遺児が生き残っていたことに驚嘆し、感動していた。
彼等三人は、ガレス討伐という志を同じくする者として、すぐに意気投合。
その決意と士気は並々ならぬものがあり、ノアール達はアモンに同行させることが決定した。
勿論、士気高揚だけが狙いじゃない。
後々の事も色々と考えた上での判断だ。
「リッド様。私達の我儘を聞いて下さり、感謝いたします。必ず、『無念』を晴らして参ります」
「ノアール。気持ちは分かるけど、無理しちゃ駄目だからね? ラガード、ちゃんと君が守ってあげるんだよ」
「はい。必ず、守ってみせます」
二人との会話が終わると、朝からディアナと微妙な雰囲気が続いている『彼』に視線を向けた。




