決戦前夜3
「さすが、リッド様です。こんな状況でも、『ただ勝つだけじゃ駄目』ですか。いいですね。やってやりましょう」
ラガードの発した言葉が切っ掛けとなり、室内にいる皆から次々に「望むところです」と声を上げてくれた。
「皆、ありがとう」
彼等がいれば、明日の戦いは必ず勝利できるはず……いや、絶対に勝ってみせる。
心強い味方に、勇気づけられたその時「リッド様。そろそろ、皆に『あれ』をお渡しになっては?」とカペラから耳打ちされた。
「あ、そうだったね」
僕は頷くと、皆を見渡した。
「実は今日、君達に新しい制服を用意したんだ」
「おぉ!」と皆が色めき立った。
「まぁ、新しい制服と言っても『部隊章』を付けただけなんだけどね」
そう言うと、皆は団員同士で顔を見合わせ、「部隊……しょう?」と首を傾げた。
僕は咳払いをすると、部隊章を簡単に説明していく。
部隊章とは、軍隊や警察のような組織における所属部隊を表すものだ。
旧バルディア騎士団の『バルディア第一騎士団』は部隊が細分化されておらず、部隊章は採用されていない。
でも、第二騎士団は大きく分けて四つの組織で構成されているから、以前から『部隊章』の採用を検討していた。
そうした中、バルディア領の襲撃事件が発生したこと。
加えて、第一騎士団と第二騎士団の連携と組織力強化のため、第二騎士団では『部隊章』の採用が決定。
部隊章が施された新制服は、クリスティ商会に発注をしていたんだけど、クリスが誘拐されて以降、ばたばたして進捗の確認ができていなかった。
でも、僕が会談に出向いている間に、エマが率いるクリスティ商会の商団が届けてくれたそうだ。
挨拶したかったけど、彼女は早々に商団と共に狭間砦を引き上げたらしく、顔を見ることはできなかった。
彼女にも今後の事を考え、『あるお願い』をしているから、その件で奔走してくれているのだろう。
「……というわけで、第二騎士団の所属部隊を表すのが『部隊章』なんだ。皆の所属がより明確になって、現場における報連相の効率化が見込めるというわけさ」
「へぇ~……」と生返事ような声が、あちこちから聞こえてくる。
多分、良くわかっていない子の方が多いだろう。
「まぁ、百聞は一見にしかず。見てもらうのが早いね。アリア、こっちに来てくれるかな?」
「はい!」
鳥人族の彼女は元気に返事をすると、興味津々でこちらにやってきた。
僕はカペラから新しい制服を受け取ると、アリアと皆が見えるようにお披露目した。
基本的な造りは一緒で右肩にはバルディア家の家紋があり、左肩に『部隊章』が施されている。
想像より格好良い感じに仕上がっていたせいか、「おぉ!」と皆が目を光らせて身を乗り出した。
「お兄ちゃ……じゃなかった。リッド様、この『リボン』みたいなのが部隊章なんですか?」
「うん、そうだよ」
航空隊の部隊章は、○の中に鳥と∞が描かれているものだ。
「これはね。アリア達が所属する航空隊の皆が、無限に広がる空を自由に飛び回れることを意味しているんだよ。ほら、∞は永遠に書けるでしょ?」
僕はそう言うと、指で8の字を書いた。
首を傾げていたアリアは意図を察したらしく、嬉しそうに笑った。
「うわぁ! 航空隊の私達にぴったりだね。空に広がるリボンかぁ。えへへ、リッド様。新しい制服と部隊章ありがとうございます!」
「喜んでくれて良かったよ。じゃあ、後で皆の分を渡すからね」
「はい、畏まりました!」
アリアはぺこりと頭を下げると、自分の席に戻った。
様子を見れば、同席していたアリアの姉妹であるエリアやシリアも嬉しそうに部隊章を確認している。
「リッド様! あたし達の『部隊章』も見せて下さい」
勢いのある声を発して、オヴェリアが身を乗り出しながら手を上げた。
「止めなさいよ、オヴェリア。後ですぐに見られるでしょう?」
注意したのは、彼女の隣に座っていた狼人族の少女、シェリルだ。
「なんだ、シェリル。お前は早く見たくないのかよ?」
「い、いえ。決してそういうわけじゃないけど……。場をわきまえなさいって言ってるの」
オヴェリアが聞き返され、彼女は決まりの悪い顔を浮かべている。
「ふふ。皆が興味を持ってくれて嬉しいよ。じゃあ、陸上隊の『部隊章』もお披露目しようか。カペラ、出してくれる?」
「畏まりました」
「折角だからさ。皆、前においでよ」
新制服を受け取りながら呼びかけると、皆は席を立って僕を囲むように並んだ。
「よし。じゃあ、お披露目するね。これが、バルディア第二騎士団所属する陸上隊の『部隊章』さ」
「おぉ!」
皆は瞳に興味の色を宿らせ、広げられた新しい制服の凝視する。
組織力と連携強化のためだったけど、こんなに喜んでもらえるなんて思わなかったな。
だけどその時、皆が部隊章を見つめながら眉間に皺を寄せていることに気付いた。
「あ、あれ? どうしたの?」
「……リッド様。つかぬことを伺いますが、これは『龍』か『蛇』でしょうか?」
申し訳なさそうに。
でも、どこか訝しむように尋ねてきたのは熊人族のカルアだ。
「あはは。龍や蛇に『足』がこんなに生えてるわけないでしょ?」
「じゃあ、これって……」
確認するように呟いたのは、牛人族のトルーバだ。
「あ、やっぱりわかった? そう『百足』だよ」
笑顔で答えたはずなのに、何故か部屋の雰囲気が暗くなってしまった。
気のせいかな。
皆の肩ががっくりと落ちているように見えるんだけど……。
「で、でも、どうして『百足』をお選びなったんですか……?」
猿人族のスキャラが、暗い雰囲気を破るように明るい声を発した。
「ふふ、よく聞いてくれたね。実はね……」
僕はニヤリと笑い、部隊章を『百足』にした理由を皆に語った。
百足は『絶対に後ろに下がらない』という習性を持っている。
つまり、百足を部隊章とすることで、陸上隊がどんな強い相手であっても引き下がらず、立ち向かう不屈の部隊であることを示唆している。
前世の記憶を辿れば、戦国時代では武士達が百足を旗印に使っていた実績もあるし、戦いや勝利の神様として崇められた『毘沙門天』の眷属または使いとされてもいるみたい。
今回の戦だけではなく、今後も僕と一緒に様々な困難に立ち向かうことになるであろう第二騎士団陸上隊の部隊章にはぴったりだ。
まぁ、百足を部隊章にしようと最初に言った時、クリスやディアナは何とも言えない顔をしていたけど。
でも、百足の習性と部隊の意味を説明したら理解してくれたけどね。
「……というわけさ。第二騎士団の陸上隊にぴったりでしょ?」
ニコリと微笑むと、皆は顔を見合わせて呆れ顔を浮かべた。
そして、ため息を吐いたり、首を横に振ったり、肩を竦めている。
あちこちから「リッド様らしいな」、「うん、リッド様っぽい」、「さすが、型破りのリッド様だ」と小声も聞こえてきた。
君達、ちょっと失礼じゃないかな?
「はは。意味を知らなかったから最初は驚きましたが、なるほど。俺達にとって最高の部隊章じゃないですか」
猫人族のミアが笑顔で元気良く発すると、馬人族のゲディングが頷いた。
「……あぁ、ミアの言うとおりだ。リッド様、良い部隊章を与えて下さり心から感謝いたします。今回の戦にて、この部隊章を持つ我等の恐ろしさ……大陸に轟かせてご覧に入れましょう」
「おぉ、良いなそれ! リッド様、あたしも『百足』の恐ろしさを轟かせてやりますよ」
畏まる彼の言葉にオヴェリアが乗っかると、他の皆も続くように頷いた。
「う、うん。喜んでくれて嬉しいよ。じゃあ、これも後で皆に配るから、明日はこれを着るようにお願いね」
「承知しました」
畏まって敬礼すると、皆は席に戻った。
「あ、それから、開発工房と特務機関の部隊章もあるからね。そっちも紹介しておくよ」
その後、部隊章のお披露目と新制服の配布。
作戦の最終確認も無事終わり、明日に向けてしっかり休むよう皆に指示を出して会議は終了。
ふと窓の外から空を見上げれば、雲一つ無い夜空には満点の星と月が煌めいていた。
「明日は晴れそうだな」
そう呟いて視線を下げた時、外にディアナとルーベンスが二人並んで歩いている姿が目に入る。
でも、様子が少しおかしい。
ディアナがそっぽを向き、ルーベンスはがっくり肩を落として青ざめているのだ。
「……見なかったことにしよう」
僕は首を横に振ると、砦内に用意された自室に向かった。




