決戦前夜
「そんなやり取りがあったんですね……」
「ふふ、傑作でしょう?」
クリス、無茶するなぁ。
でも、さすがだ。
エルバの言動から性格を察して、わざと売り言葉に買い言葉で、拉致された皆に危害が及ばないよう言質を取ったのだろう。
ラファの話が終わると、アモンが「しかし、姉上」と切り出した。
「どうして、兄……いえ、エルバは今回の戦でクリス殿を傍においたのですか?」
「バルディアを潰す光景を目の当たりさせて、彼女の心を折って屈服させるつもりなのよ。ふふ、兄上は人の『心を折る』の好きなのよねぇ」
ラファはおどけた様子で肩を竦め、首を横に振った。
そして、再び怪しく目を細める。
「会談はこれで終わりね。貴方達の『お願い』は聞いてあげるわ。兄上相手に何処まであがけるのか……楽しみにしているわね」
「是非、私達の活躍にご期待ください。それから、くれぐれも『約束』はお願いします」
念を押すと、彼女はこくりと頷いた。
「えぇ、もちろん。じゃあね、リッド、アモン。また会いましょう。貴方達が生き残れたら……だけどね。ふふ」
彼女は微笑むと、ピアニーを引き連れて闇夜に消えていった。
ラファ達の気配が完全に消え去ると全身の力が抜けていき、僕はその場に座り込んだ。
「はぁ……。何とか、会談は無事成功したね」
「リッド様。ご立派でございました」
カペラはそう言うと、鞄の中から水筒を取り出してコップに注いでくれた。
「ありがとう」とその水を受け取ると一気に呷る。
実は、ずっと喉がからからだったんだよね。
「それにしても、姉上を相手に、良くあそこまで引き出したものだね。驚嘆に値するよ」
「あはは。だけど、僕だけの力じゃないさ。皆の力と色々な要素が混ざりあった結果だよ」
苦笑しながらアモンに答えると、僕は気を引き締めて立ち上がった。
「さぁ、もたもたしてられない。砦に戻ってしないといけないことが、まだまだあるからね。ミア、帰り道も案内お願いね」
「承知しました!」
彼女は敬礼して、すぐに森に向かって走り出す。
僕達も彼女の後を追うように、その場から移動を開始する。
でも、僕は一旦、足を止めてグランドーク家の陣営に灯る明かりを見つめた。
「メル、クリス。それに皆。必ず助け出すから、もう少し待っていてね」
呟いて間もなく、「リッド様。お早く!」とカペラの声が聞こえた。
「うん、ごめん。直ぐ行くよ!」
こうして、僕達は砦の帰途に就く。
途中、アモンからノアールのことを尋ねられたけど、移動しながら話すことじゃないからと伝えた。
おそらく、彼女も今回の戦の鍵になるだろう。
後は明日、僕達が『お願い』をしたことをラファが実行してくれることを祈るばかり……いや、まだ人事は尽くされていない。
祈るのは、全ての人事を尽くしてからだ。
僕は心を奮い立たせ、闇夜の森を駆け抜けていった。
◇
狭間砦に戻ってきた僕、アモン、カペラは真っ先に父上のいる部屋に出向いた。
「……以上です。明日の動きを見ないと断言はできませんが、ラファ・グランドークとの会談は成功したと言えるでしょう」
父上は僕達の報告を聞くと、「うむ、ご苦労だった」と頷いた。
「砦の改修も計画通り粗方終わった。後は、良く体を休めておけ」
「畏まりました。では、これにて失礼します」
僕達が踵を返して退室しようとしたその時、「リッド」と父上に呼び止められる。
「はい。何でしょうか?」
振り返ると、父上は決まりの悪い顔を浮かべていた。
どうしたんだろう? 首を傾げると、父上は首を横に振る。
「……いや、何でもない。呼び止めて悪かった」
「……? わかりました」
意図が分からないまま部屋を出ると、僕は第二騎士団の皆が待つ場所に向かった。
「父上。さっきは何を言い掛けたんだろう?」
「おそらく、リッド様の身を案じておいでだったのでしょう」
道中、さっきのやり取りを思い返して呟くとカペラが答えてくれた。
僕は進む足を止めず、彼に目を向ける。
「それなら、直接言ってくれればいいのに」
「ライナー様の立場上、それは難しいのでしょう」
「どうして?」
今度は足を止めて聞き返すと、カペラは畏まる。
「恐れながら申し上げますと、ライナー様個人のお気持ちは、まだ幼いリッド様に前戦へ出向いてほしくはない。しかしながら、リッド様のお力はグランドーク家との決戦に必要です。国と領地を守る者として、表には出せませんが複雑な想いがあるのでしょう」
「あ……」
そうか、父上からすれば僕はまだまだ幼い子供だ。
いくら国と領地を守るためとはいえ、戦地に子供を送り出すことは心苦しくて当然だろう。
「ふふ、君達は良い親子だな。うらやましい限りだよ」
やり取りを横で見ていたアモンが、噴き出して優しく微笑んだ。
「う、うん。ありがとう。明日は、出発前に父上と少し話してみるよ」
「それがよろしいかと存じます」
畏まるカペラと、笑みを浮かべるアモン。
僕は何だか気恥ずかしくなり、照れ隠しで頬を掻いた。
「あ、それはそうと、早く皆のところに行かないとね」
誤魔化すように言うと、僕達は目的地に向かって足を進めた。
砦内にある第二騎士団の野営地に到着すると、ディアナを通じて各分隊長と副隊長を砦の一室に召集してもらった。
室内には第二騎士団の指揮官、カーティス。彼を補佐するシュタインとレイモンドの姿もある。
机を囲むように全員が席に着くと、僕は咳払いして耳目を集めた。
「砦の改修ありがとう。お疲れ様でした。そして、僕から報告があります」
強ばった顔で固唾を飲む皆の注目を浴びる中、僕は本題を切り出す。
「明日は予定通り、当初の計画のまま作戦を実行します」
「おぉ……⁉」
皆の緊張が少し解け、室内にほっとしたようなざわめきが起きた。
明日の動きを分隊長と副隊長には、事前に二通りの作戦を通達している。
ラファと会談が成功した場合と失敗した場合だ。
今の僕の発言は、会談が成功したことを意味しているから、明日は勝率の高い作戦で動くことになる。
皆が安堵するのも当然だろう。
「じゃあ、これから明日の動きについて最終確認をしていくよ」
「畏まりました!」
団員達が瞳に強い闘志を宿して返事をすると僕はカペラ、ディアナ、カーティス達と共に明日の作戦を改めて伝えていった。
ややあって、作戦と段取りの確認がある程度終わった頃、部屋の扉が丁寧に叩かれる。
「リッド様、ルーベンスです。入ってもよろしいでしょうか?」
「うん、どうぞ」
僕が扉越しに答えると、ルーベンスは「失礼します」と入室する。
でも、部屋に皆がいるとは思っていなかったらしく彼は目を瞬いた。
意図せず室内の皆から注目を浴びる形になり、ルーベンスはどことなく気恥ずかしそうだ
「……? どうしたの?」
「あ、いえ……」
ルーベンスは照れ隠しのように頬を掻くと、ちらりとディアナを一瞥する。
そうして、彼は咳払いをするなり、急に威儀を正した。




