闇夜の会談
日が落ちて暗くなり始めると、僕、アモン、カペラは第二騎士団の団員を数名引きつれ、とある場所を目指した。
狭間砦には軍事施設として様々な工夫や隠し通路がある。
通路の一つは深い森へ通じており、秘密裏に狐人族の領内に入れるものだ。
とはいえ、前世のように電灯一つないこの世界で、月明かりが地面まで届きづらい深い森の中に出向くことは危険極まりない。
第二騎士団に所属する猫人族の子達が居れば、万事解決できるけどね。
猫人族は、夜の闇の中でも僅かな月明かりさえあれば、見える光景が昼間とほとんど変わらないそうだ。
種族名に『猫』が入っているのは、伊達ではないらしい。
「リッド様。そろそろ、指定の場所に到着するぜ。あ、します」
「今は言葉遣いまで気にしなくていいよ。道案内、ありがとう。ミア」
先導してくれたお礼を言うと、彼女は耳をピクリとさせて照れくさそうに頬を掻いた。
「はは、そういう訳にはいきません。後で、ディアナ姐さんに怒られますからねぇ」
そう言うと、ミアはこちらに振り向いて白い歯を見せる。
夜の闇の中、彼女の前髪に隠れた片眼がきらりと光った。
うん、間違いなく猫の瞳だ。
僕達が今着ている服装は、頭巾付きの漆黒の外套で全身を覆っている。
夜の闇に溶け込むことで、身元を隠し、見つかりにくくするためだ。
月明かりしかない闇夜で漆黒の服を纏えば、遠目で目視するのは不可能に近い。
出来る限り物音も立てずに進んでいるから、忍者にでもなった気分だ。
「あ、もうすぐ森を出る……出ます」
ミアが足を進めたその時、森の木々に終わりが見える。
そのまま、警戒しながら森を抜けると開けた草原に出た。
遠くには、グランドーク家の陣営と思しき明かりが小さく点々と見える。
「夜のお誘いにしては、つまらないところね。女性を誘うなら、もう少し雰囲気のある場所を選んでほしいものだわ。ふふ」
ふいに声を掛けられて振り向くと、夜の闇の中にうっすらと人影が現れる。
場の空気が一瞬で張り詰め、護衛の皆が身構えた。
緊張感に包まれる中、雲の切れ間から月明かりが差し込む。
人影が照らされていくと、白い髪を靡かせた妖艶な狐人族の女性が笑みを浮かべて立っていた。
彼女の傍には、護衛と思われる黒い長髪と瞳をした狐人族の女性もいる。
僕は頭巾を外しながら、前に出た。
「初めまして、僕の名は『リッド・バルディア』です。貴女は、『ラファ・グランドーク』殿とお見受けしますが、お間違いありませんか?」
「えぇ、そうよ。それから彼女は護衛なの。気にしないでね」
「……ピアニーと申します」
黒髪の女性が名乗ると、ラファは瞳を妖しく光らせる。
「貴方とこうして会うのは『二回目』かしらね。空から振ってきた『矢文』にあった『話したいこと』ってなにかしら?」
彼女はこちらが送った矢文を自身の懐から取り出すと、妖しく目を細めた。
『空から振ってきた矢文』とは、まだ日が沈みきっていない内に鳥人族のアリアとサリアに指示をしてラファの陣営に放ったものだ。
彼女が会談に来るかどうかは半信半疑だったけど、アモンは来ると断言していた。
「姉上の性格上、必ず来ます。兄……いえ、マルバスの言葉を借りるなら、『刹那的快楽主義者』のような人ですからね。加えて姉上は、リッド殿のことを『お気に入り』と評して高く買っていました。そんな姉上が、リッド殿からの手紙に喰い付かないはずはありません。絶対に嬉々としてやってくるでしょう」
「そ、そうなんだね。わかった。出来る限りの準備をしてやれるだけのことはやってみよう」
アモンが決起の決意を固め、僕や父上達とバルディアで行った最初の軍評定。
彼はその時から、『ラファ・グランドーク』は会談に応じる可能性があるから、交渉は一考の価値があると言っていた。
だからこそ『矢文』を放ち、危険を承知でここにやってきたのだ。
正直、グランドーク家とバルディア家が正面からぶつかり合えば、軍勢の違いから僕達が劣勢であることは否めない。
どんな奇策を用いても、数で押しつぶされてしまう可能性はある。
敵を出し抜くためには、予期せぬ事態を人為的に引き起こすしかない。
ラファとの交渉は、その為の『奇策』の一つだ。
今までのことを回想しながら深呼吸をすると、彼女を見据える。
「まず、この場に来て下さったことにお礼を申し上げます。しかし、本題の前に貴女に会わせたい人物がおります」
「あら、バルディア家に知り合いはおりませんわ」
肩を竦めておどける彼女の前に出たアモンは、ゆっくり頭巾を外した。
ラファは特に驚くこともなく、「あら?」と口元を緩める。
「『三日会わざれば、刮目して見よ』っていうけど……良い顔になったじゃない、アモン。辛酸でも舐めたのかしら? ふふ」
素知らぬ顔で挑発するような物言いをするラファだが、アモンは意に介さない。
「姉上。私は亡きリック達の遺志に応え、バルディア家の力を借りて決起する所存です」
「へぇ。やっと決心したのね。でも、そう……リック達は死んじゃったのね」
彼女は、アモンに近寄ると彼の頬をゆっくり撫でた。
「可哀想に。ふふ、決断が遅いのよ。だから、後悔を招く結果になる。忠告してあげたのに残念ねぇ」
「……そうです」
アモンは頷くと、ラファの腕を握る。
そして、決意に満ちた瞳で射貫くように見据えた。
「彼等が死んだのは、私が不甲斐ないからに他なりません。故に、二度とこのようなことが起きないようガレスとエルバを倒します」
「あは、その目よ。貴方のその目が見たかったの」
彼女は目を細めると、彼の手を振り払いこちらに視線を向けた。
「さて、そろそろ本題を教えてくれるかしら。それとも、わざわざアモンが生きていて決起をすることを教えにきたの? だとしたら、期待外れねぇ」
「決起のこともあります。ですが勿論、それだけじゃありません。カペラ、例の物を出して」
「畏まりました」
彼は指示に従い、頭巾を外すと大事に背負っていた鞄から『小さな箱』と『一升瓶』を取り出した。
僕が小さな箱を受け取り箱を開けると、甘酸っぱい香りが鼻を擽る。
「美味しそうな香りね。それは、何かしら?」
「これは、当家で開発された新しい料理の『いなり寿司』と『お酒』です。どうぞご賞味ください」
意図を計りかねたのか、ラファとピアニーが眉をピクリと動かした。




