捕虜の戦士2
カラバ曰く、アモンとシトリーがバルディア家との対談に向け出発して暫く経った後、狐人族の豪族に始まり、戦士、徴兵された民兵が一カ所に集められたそうだ。
何事かと思っていたところ、グランドーク家が一族が壇上に並び立ち、ガレスが演台の前に進み出た。
「我が、同胞諸君よ。集まってもらったのは、他でもない。バルディア家との対談結果を知らせるためだ」
彼が張り上げた声は、戦士達全員に聞こえるほどに響く大きさだったという。
「結果は……破談である。バルディア家は、我がグランドーク家の奴隷解放をという要求を受け入れぬどころか、派遣した使節団を全員殺害。平和の使者としたアモンとシトリーは、首と胴体が別々となり、我が陣営に投げ入れられた。二人と護衛の戦士達は、無言の帰還を果たしたのだ。これが……バルディア家より送られた我が子の姿である」
ガレスがそう言うと、壇上にはアモンとシトリーの首が壇上で高く掲げられたという。
集まった狐人族に困惑、動揺、怒り、悲しみ、絶望など様々な声が上がったそうだ。
「静まれ、同胞よ。息子と娘の変わり果てた姿を見せるのは、実に心苦しい。しかし、私はそれ以上の憤りを覚えている。何故だ……⁉ 何故、我が子、アモンとシトリーは死なねばならなかったのか⁉」
怒りを露わに声を荒らげたガレスの目は血走り、額には青筋が走っていた。
言動の迫力と感情に当てられ、戦士や民兵達一同は息を呑み、気付けば釘付けになっていたという。
「これは、同胞の奴隷解放を願った我が子の……アモンとシトリーの敗北なのか?」
打ちひしがれ絶望し、問い掛けるように発したガレス。
だが、少しの間を置き演台を力強く叩き、再び耳目を集めた。
「断じて否! 始まりだ。我が子達は、その身を持って、バルディア家の悪意を我等に教えた。これは、私に……いや、我等狐人族に『立て』という遺言に他ならない。だが、我等は愚かではない。帝国全てが悪でないことを理解している。故に、我等はバルディア家にのみ、今をもって宣戦布告する。同胞諸君、私と共に、悲しみを怒りにかえ、どうか立ってほしい」
「おぉおおお!」
いつしか、ガレスの発した感情は熱となって集まった狐人族全体に伝播していき、『打倒バルディア。アモン様とシトリー様を忘れるな』が合い言葉となり、豪族、戦士、民兵は自然と一丸になったそうだ。
バルディアとの開戦が決まると、ガレスは狭間砦に『先駆け』をする戦士を募集。
アモンを慕っていた者達は、こぞって名乗りを上げた。
そうして、編成された部隊がクロス率いる守備隊と苛烈な戦闘を繰り広げたそうだ。
「以上が開戦に至るまでの経緯です。私も『先駆け』として、この砦に入りましたが幸か不幸か、同胞が『火人爆』を使用した時の爆風で吹き飛ばされた際に気絶してしまったのでしょう。後は、そちらの騎士の方々が知っての通りです」
語り終えたカラバは、クロスを一瞥すると肩を落として目を伏せる。
「一つ、聞いていいかな」
僕が尋ねると、彼は顔をゆっくり上げた。
「なんでしょうか?」
「どうして、最初にアモンの姿を見た時、すぐに『偽者』と判断したの?」
決まりの悪い顔を浮かべたカラバは、悔しそうに口を開く。
「……狐人族の奴隷に持つバルディア家は、アモン様の影武者を用意する可能性もあると、ガレス様より事前に伝えられました」
彼はそう言うと、「しかし……」と続けた。
「今になって考えれば、私がいた『先駆け』の部隊は最終的に孤立して砦内に侵入しました。アモン様を支持する有力者を、早めに潰す魂胆だったのかもしれません」
「ガレス、エルバ……貴方達と言う人は……!」
アモンが拳を震わせ怒りを滲ませる。
「なるほどね……」
僕は口元に手を当て、考えを巡らせた。
カラバの話とバルディア家で起きた出来事をまとめれば、ガレスやエルバ達の思惑が見えてくる。
アモンとシトリーやリック達を捨て駒にして、僕や父上に奇襲をかける一方。
狐人族内ではバルディア家が二人と戦士達を殺害したとでっち上げ、戦意高揚と大義名分のために利用。
戦争を勝利するため、『絶対に勝つ』という意志を狐人族に宿らせたというわけか。
おそらく、カラバ達が名乗りを上げた『先駆け』というのも戦意高揚の一環。
彼の言う通り、アモンの有力な支持者や実力者を処分する目的だった可能性が高い。
アモンが敵地に和平交渉のため使節団として派遣されたが、バルディア家はそれを踏みにじった。
その上、使節団を一人残らず殺害。
今やグランドーク家は、殺された家族の仇と奴隷解放を果たさんとする狐人族の英雄となったわけだ。
映画の題材に使えそうな『良い脚本』じゃないか。
でも、所詮は嘘で塗り固められた穴だらけの脚本だ。
アモンがガレスやエルバと袂を分かつと決断した時から、彼等の脚本は既に崩れている。
「カラバと言ったね。君に一つ頼みたいことがある。それから、アモン。君の意見も聞きたい」
そう言うと、僕はこの場にいる皆に『頼みたいこと』を伝えていく。
「……ということなんだけど。アモン、どうかな?」
「うん。それなら、やれると思う。カラバ、大変な役目だけどやってくれるかい」
「はい、お任せください。必ずや、アモン様のご期待に応えてみせます」
アモンの問い掛けに、畏まるカラバの瞳には先程まではなかった強い光が宿っている。
亡くなったリックと親しく、アモンへの忠誠心も高い彼なら裏切ることはないだろう。
「じゃあ、クロス。この件は、僕から父上に伝えて許可を取るよ。それまで、彼のことをお願いね」
「承知しました」
新たな協力者を得た僕とアモンは、砦の収監所からすぐに父上に事の次第を報告した。
「良かろう、打つ手が多いに越したことはない。お前達の判断に任せる」
「ありがとうございます、父上」
了承を得たことをクロスに伝えると後の事を任せて、僕は第二騎士団の皆に今後の動きを説明した。
第二騎士団の団員の皆は、魔法が使えるからね。
帝国の道路整備を受注して、施工した実績は伊達じゃない。
狭間砦をより強固にすべく、僕は簡単な計画書を渡して現場で直接指示を出していく。
大丈夫、『約束の時間』までは、まだ余裕がある。
やれることは、全てやっておくんだ。
僕は考えを巡らせながら、時間の許す限り作業に没頭するのであった。




