新屋敷の攻防2
「り、リッド殿……?」
言動の意図がわからず、アモンはきょとんと……いや、少し顔が引きつっている。
ディアナとカペラは、口元を手で押さえて失笑中だ。
僕だって、必死に演技しているのに失礼だなぁ……まぁ、こういう時は、恥ずかしがったら負けだから気にしない、気にしない。
でも、忘れないけどね。
「うーむ」
アモンは首を捻って唸ると、こちらに手を振っている『ファラ』を凝視する。
「リッド殿とファラ殿が仲睦まじいという噂は耳にしていたが、まさかここまで相思相愛とは驚きました。しかし……凜々しい方と聞いていたが、ファラ殿は『武人』に近い方なんですね」
「……違わないけど、ちょっと違うね」
どんな内容の噂が流れているのか興味はあるけど、今は目の前の問題を解決しないといけない。
今のやり取りに加え、僕とアモンの姿を見た戦士達には動揺が走ったらしく、明らかに顔色が変わっている。
写真がない世界において、一度も会ったことのない人物を拉致するのは相当に難しい。
加えて、人にはどうしても先入観というものがある。
ファラと同じ特徴を持つ、ダークエルフの少女が目の前に現れ、護衛されていれば本物だと思い込んでしまうのは想像に難くない。
もし、訝しんでいたとしても、戦士達には余裕がなく必死だから、今のやり取りで確信に変わったはずだ。
必死であればあるほど、人は自分が信じたい情報に流れてしまうからね。
「さて、それよりもだ。戦士達が動揺した今がその機会だよ、アモン」
「あぁ、わかってる」
彼は一歩前に出て、戦士達を一瞥する。
「君達、事情は全て……リックから聞いた。それを承知で言う。兄上の……いや、エルバ達の言葉を鵜呑みにしては駄目だ」
アモンの言葉が辺りに轟くと、戦士達の動きが止まった。
「彼等は、『ただで約束』を守るような人じゃない。きっと、この襲撃にも中に裏があるはずなんだ。だから、『自爆』なんてしちゃ駄目だ!」
「アモン様……⁉」
戦士達は彼の姿に目を見開くが、何かを断ち切るように首を横に振った。
「く……我々は、我々の成すべき事を成し遂げます!」
戦士の一人がそう言うと、再び『ファラ』達に振り返った。
「所詮、獣人族の子供とダークエルフの身体能力では、獣化した我等に敵うはずがない。一斉に掛かるんだ。我等の覚悟と任務を忘れるな」
「おぉ!」
鼓舞するように叫んだ戦士達は、アモンの制止を聞かず一斉に『ファラ』達目掛けて襲いかかっていく。
「自爆とはな。なるほど、鬼気迫る気配はそれであったか」
カーティスは合点がいったらしいが、『ファラ』は「ふん」と鼻を鳴らした。
「獣人族特有の高い身体能力に加え、自爆攻撃があるから我等に勝てるつもりか? 片腹痛い!」
襲い来る戦士達を凄み、吐き捨てた『ファラ』は味方を見回した。
「先程同様、連携を崩すでないぞ。カーティスと私で囲みの正面を突破する。皆はその際に横やりが入らぬよう援護に徹せよ」
「して、姫様。自爆はどう対処されるおつもりか?」
「決まっている。自爆発動前に気絶させるのだ」
『ファラ』はカーティスに即答し、こちらに振り向いた。
「それで良いのであろう、リッド様!」
「う、うん。それで問題ないよ」
僕の返事を聞き、カーティスが豪快に笑い出した、
「はは、姫様らしいわい」
「……我等の目的は撃破ではないはずだがな」
「私も同感です。兄上」
シュタインとレイモンドは呆れ顔で渋々と頷いている。
「ア……じゃなかった。あたし達も姫姐様に続くぜ!」
第二騎士団の分隊長である兎人族のオヴェリアが声を上げると、他の分隊長達が各々で了承の反応を示した。
そうして、『ファラ』達は襲い来る戦士達を魔法や連係攻撃で次々と捌いていく。
第二騎士団の子達が遠距離から槍魔法による牽制攻撃を仕掛け、戦士達の隙を誘発。
そこにカーティスが魔布で一撃もしくは、魔布で絡め取った戦士を『ファラ』が二刀流の斬撃を与えて気絶させている。
魔法の牽制攻撃を抜けた戦士には、シュタインとレイモンドが冷静に対応。
二人が対応しきれない戦士は、分隊長の中でも近接戦が得意なオヴェリア、シェリル、ミア、カルア達が連携して対応している。
この周辺に倒れている狐人族の戦士達は、あの布陣を崩せずに倒されたに違いない。
でも、残っている戦士達もさすがというべきか。
『ファラ』達の連携になれつつあるようだ。
「皆、止めろ、止めるんだ!」
アモンが必死に呼びかけるが、戦士達が攻撃を止める気配はない。
戦士達の人質が、日没を過ぎれば命がないという時間制限が有る以上、彼等の取れる道は一つしかないか。
「こうなれば、実力行使だ。戦士達が自爆する前に全員気絶させよう」
「……わかった。彼等を救うためなら、僕は何だってやってみせる!」
アモンは、言うが否や獣化した。
その尻尾の数は四本であり、黒毛に覆われた姿だ。
襲撃犯の時に共闘した時は、三尾の濃い黄色の姿だったはず。
アモンも、あの時より強くなっているということだろう。
「皆、行くよ」
「承知しました」
ディアナとカペラが畏まり、どこからともなく武具を取り出した。
いつも思うけど、どこに隠しているだろうか。
僕達も参戦したことで、戦士達は『ファラ』と僕達に挟撃される形となり、次々と倒されていった。
中には自爆を試みようとした者もいたけど、魔法発動前に若干の溜めを要することが判明。
その隙さえ突けば、発動前に気絶させることができた。
程なく、残った戦士は男性が二人と、黄色い髪を後ろでまとめた女性だけとなる。
「後は……君達三人だけだ」
「く……⁉」
僕の言葉で戦士達が顔を顰めると、アモンが獣化を解いて彼等の前に歩み寄る。
「君達は、僕の活動をいち早く支持してくれた豪族。ジン族のカーツ、ユタ。それに、ケイだろう? もう、こんなことは止めるんだ」
「……そう言うわけには参りません。我等の一族郎党が人質となっております故、ここで引くわけにはいかないのです」
三人を代表するように、ケイという女性の狐人族が淡々と答えたけど、彼女を含めた三人の表情はとても悔しげだ。
きっと、本当はアモンに付き従いたかったのだろう。
改めてエルバの卑劣なやり方には、虫唾が走る。
奴の筋書き通りに、事を進めさせてやるものか。
僕は、アモンの横に並び立った。
「ちょっと、僕から提案があるんだけどね。少し聞いてもらえないかな?」
「……なんでしょう」
戦士達は、訝しむようにこちらを見つめている。
まぁ、当然の反応だろうね。
「実は僕……じゃなかった。バルディア家は『魔法研究』にとても力を入れているのさ。だから、君達がエルバに施されたという魔法を見せてほしい。もしかすると、解除できるかもしれないよ?」
「な……⁉」
戦士達が目を瞬いた。
「勿論、絶対とは言えないよ。だけど、この状況下で君達が任務を達成して帰ることはできないと言って良い。なら、日没までの時間を僕にくれないかな?」
「し、しかし……そんなことが可能とは思えません」
「あぁ……」
「そうだな……」
三人は狼狽した様子を見せるけど、瞳には希望の光が小さく灯った。
よし、もう一押しだ。
「可能がどうかこそ、やってみないとわからないさ。日没まで、まだ時間はある。どうせ死ぬ命だと言うなら、その命を僕に預けてほしい」
「リッド殿の言うとおりだ。僕からもお願いする。兄……エルバ達の好きにさせたくない。君達の命をどうか預けてほしい……この通りだ」
アモンは、その場に跪いて彼等に向かって頭を下げた。
戦士達は、目を丸くして顔を見合わせる。
「どうか頭を上げて下さい」
彼の側に、ケイが駆け寄った。
「いや、君達が頷いてくれるまで僕は頭を上げるつもりはない」
アモンが首を横に振ると、戦士達は気が抜けた様子でやれやれと肩を竦めた。
「承知しました。お二人の言うとおりにいたします故、どうか頭を上げて下さい」
「……⁉ 本当かい」
「はい」
ケイが目を細めて頷き、アモンが嬉しそうに顔を上げた。
しかしその時、カーツ、ユタ、ケイがハッとして苦悶の表情を浮かべてよろめき、胸を押さえながら後ずさりを始める。
「が……⁉ こ、これは、エルバ様の魔力……⁉」
「み、皆どうしたんだ?」
アモンが心配した呟いたその時、ケイが目を見開く。
「わ、私達から……離れて下……さい!」
彼女の只事ではない様子に、最悪のことを察した。
「く……⁉ アモン、こっちだ!」
「そ、そんな⁉ カール、ユタ、ケイ!」
彼の手を引き、ディアナとカペラの居る場所まで急いで走り抜く。
その時、倒れている戦士達が白く発光しているのが目に入り愕然とする。
「皆、魔障壁を全方位に展開するんだ。気絶している戦士達も爆発するぞ」
「……⁉」
僕が咄嗟に叫んだことで、この場にいる皆に緊張が走る。
戦士三人に目をやると、ケイと目が合った。
彼女は、ニコリと微笑むが、すぐに苦悶の表情を浮かべ、「カー……ツ、ユタ!」と必死に呼びかける。
「集まっ……背中合わせ……正面……魔障壁を……⁉」
「ぐぅ……あ……あぁ!」
「ぬぅ……わか……た!」
次の瞬間、辺りから爆音が連続で鳴り響き、カーツ、ユタ、ケイが集まった場所には空高く火柱が立ち上がっていた。




