アモンとの会談2
ガレスやエルバの軍拡政治に反発を続けたグレアスは、止む無く決起するが、力及ばず断罪されたと聞いているけど。
アモンの状況は、それと良く似ている気がするんだよね。
「リッド殿が危惧されることも尤もです」
彼は僕の言葉を真摯に受け止め、頷いた。
「しかし、数年前の事件で断罪という名の下に、優秀な豪族達が大勢処刑されました。今、残っている私の支持者を含めた豪族達も処刑してしまえば、狐人族全体の統治に支障が出てしまいます。それ故、その可能性は限りなく低いと私は考えています。勿論……ご指摘の可能性もゼロではありません」
「なるほど。狐人族の状況、アモン殿の立場は理解した。それで、本題はどうするつもりだ?」
父上は、ジロリと彼を睨む。
「その件は、工房襲撃事件から発生した一連の騒動を、狐人族を代表してまず私からお詫び致します。その上で、クリスティ商会の皆様とメルディ・バルディア様を直ぐに解放する所存。勿論、限界はありますが可能な限り賠償金もお支払い致します」
アモンは、深く頭を下げた。
彼の動きに合わせて、シトリーや戦士達も一礼する。
今までと方向性が真逆の話であり、僕と父上は思わず顔を見合わせた。
さすがに、エルバ達の言動を目の当たりにしている以上、彼の言葉を鵜呑みにはできない。
何か、別の目的があるのだろうか? こっそりと『電界』を発動して彼等の気配を探ってみるが、特に怪しい部分はない。
むしろ、真剣であることが伝わってくる。
うーん。これは、どう捉えるべきかな。
考えを巡らせていると、彼がゆっくりと顔を上げた。
「ですが……条件がございます」
アモンの瞳には、決意のような光が宿っていた。
「条件だと?」
父上が眉を顰めて聞き返す。
「はい。全面的に非を認める代わり、我等狐人族と技術提携をして頂きたいのです」
「・・・・・・⁉」
室内の空気が張り詰め、沈黙が訪れる。
技術提携となると、バルディア家が有する技術を狐人族に提供。
研究開発や製品製造を行っていくことになる。
前世の記憶で言えば、企業間で行われる『ライセンス契約』と『共同研究開発契約』などが当てはまるかな。
でも、彼はともかく、『エルバ達』のことを信じることなどできない。
「そのような都合の良いことが、まかり通るわけなかろう」
静寂の中、父上がおもむろに口火を切った。
「そもそも、『非を認める代わり』にと言うがな。我が領地にある工房を襲撃した『過激派』なる者達を、貴家が匿ったことが全ての発端だ。その上、事を荒立てぬようとする当家を踏みにじる行為を貴家は立て続けに行っている。にも拘わらず、条件などと・・・・・・我等を舐めているのか?」
「ライナー殿のお怒りとは、御尤もでございましょう。しかし、ここは感情を収めていただき、合理的に考えて頂きたい。バルディア家の技術はとても素晴らしいものですが、『生産力』は発展途上とお見受けしております。そこで、我が狐人族に生産関係の仕事を発注して頂きたいのです」
アモンの答えに、父上の眉がピクリと動く。
「それは、狐人族がバルディア家の『下請け』になるということですか?」
僕が尋ねると、彼は頷いた。
「そう考えて頂いて構いません。恐れながら、バルディア家の工房で働く人員のほとんどは狐人族と伺っております。彼等に出来て、同じ狐人族である我等にできない・・・・・・ということはありません。その上、狐人族領内には、大小様々な工房施設があるので初期投資もほとんど掛からないでしょう。将来的に生産力の増強を考えているのであれば、我等に『部品』の生産だけでも発注すれば、御家の力に成れると存じます」
僕と父上は、提案に思わず唸った。
彼の指摘は正しい。
バルディア家が、今後更なる飛躍をするに当たっての問題点こそ『生産力』である。
化粧水やリンスは、製造方法さえ理解できれば、ある程度は誰でも作ることが可能だ。
でも、『懐中時計』や『木炭車』はそういうわけにはいかない。
前世の記憶にあるような、大小様々な加工機器や優れた電子機器が無い以上、全ては職人による手作業だ。
つまり、生産力向上はいずれ直面する問題である。
そこに着目した提案を行い、合理的な判断をしてほしい・・・・・・か。
「ご提案は確かに魅力的ですね」
「それでは・・・・・・⁉」
彼は身を乗り出すが、「残念ですが、今すぐお受けすることはできません」と僕は首を横に振った。
「アモン殿の言葉に嘘偽りはないかもしれませんが、今までの行いを考えるに『グランドーク家』を信用できません。従って、まずは拉致されたクリスティ商会の面々とメルディ・バルディアの解放。それから当家への謝罪、各国に向けた情報修正、賠償金、過激派の逮捕と引き渡しを確約後、それらを速やかに行っていただきたい。ご提案を受けるか否かの返事は、それらが全て終わってからにしましょう」
「・・・・・・確かに、そのご意見も御尤もですね。しかし、私の提案を前向きは検討していただけるかどうか。その点だけ、先にお伺いできないでしょうか?」
彼の言葉にはどこか必死さが感じられる。
急激に支持されたと言っても、アモンの行動は異端視されていたそうだから、今回の会談で何かしら結果を出さないと、立つ瀬がないのだろう。
でも、この状況は、好機とも捉えられる。
一連の事件における主犯は、グランドーク家の当主ガレスとエルバ達の可能性が高い。
ここで、バルディア家がアモンの後ろ盾になれば、彼の立場は狐人族領内でより強くなるはずだ。
そうなれば、バルディア家の意向も結果的に狐人族内に反映されることになるだろう。
バルディアは今後も発展を続けていく。
今回の問題を乗り切っても、また同じようなことが起きる可能性は捨てきれない。
やるなら、出来る限り平和的かつ根本的な解決策を模索するべきだろう。
現状、グランドーク家の当主と軍拡政治に問題があるのだ。
なら、アモンに頑張ってもらうことで、解決の糸口を模索するのが妥当なところかな。
「少し・・・・・・僕と父上で話したいことがあります。席を外してもよろしいでしょうか?」
「え? あぁ、はい。私は構いません」
彼の返事を確認すると、ニコリと微笑んだ。
「では、少し休憩としましょう。父上、よろしいでしょうか?」
「良かろう」
こうして、席を立ち上がると、僕は意見を聞きたくてカペラにも声を掛けて退室する。




