バルディアの暗雲2
「ビスケット、メルに化けてどういうつもり⁉ メルは・・・・・・本物のメルはどこにいる!」
声を荒らげると、メルの姿をしたビスケットは「ひぇ!」と顔引きつらせて声を裏返す。
でも、すぐにわたわたと両手を前に出して、誤魔化そうと笑い出した。
「あ、あははは。兄様、そんな、どうしたの? 私は、どこからどう見ても私でしょ?」
「・・・・・・ビスケット。僕はいま怒ってる。でも、正直に言わないと本気で怒るよ。それに、襲撃事件以降、化け術の類いを見破るための訓練をしているんだ。この意味がわかるよね?」
「う・・・・・・⁉」
メルの姿をしたまま、決まりの悪い顔を浮かべたビスケットは観念したらしく、ティアの姿に変わった。
そして、ベッド上から飛び降りると、そのままの勢いで土下座する。
「申し訳ございませんでしたぁあ!」
「えぇえええ⁉」
一部始終を見ていたダナエが、口元を手で押さえながら驚きの声を上げた。
「謝罪は後で良い! それより、メルは⁉」
「え、えっと、そのですね・・・・・・」
土下座から顔を上げたビスケットは、往生際が悪く、目を泳がせている。
その時、携持している受信機から帝都の父上に同行している鼠人族、シルビアの声が発せられた。
「リッド様。ライナー様より緊急通信。緊急通信。至急応答願います!」
こんな時に⁉ 全身から嫌な汗が出るの感じながら、ビスケットをじろりと凄む。
「ちょっと待ってて!」
「ははぁ!」と彼女は畏まり、また床に頭を突っ伏した。
「こちら、リッド。シルビア、どうしたの?」
急いで通信魔法を発動すると、受信機からすぐに返事が聞こえてきた。
「リッド様! ライナー様より緊急の言付けです。ラヴレス公爵家の親書は、偽物の可能性が極めて高い。急ぎ、クリスティ商会に連絡を取り、バルディア領へ引き返すよう指示を出せとのことです」
「な・・・・・・⁉」
耳を疑った。
ラヴレス公爵家の書類は、紋印のある紙であり、念のため筆跡も過去のものと照合して印章も間違いなく本物だったはずだ。
「ラヴレス公爵家の親書が偽物だって! どうしてそんな⁉」
「リッド様。ライナー様が今は一刻を争う。理由は後で説明するから、まずはクリスティ商会に連絡をとのことです」
「わかった! すぐに、連絡する」
シルビアとの通信が終わったその時、ビスケットが血相を変えていた。
「リッド様。メルちゃんは・・・・・・メルちゃんは、黒猫さんと、クリスさん達が運転する木炭車の荷台にいるはずです!」
「な・・・・・・⁉ やっぱりか!」
メルは、ずっと帝都に行きたがっていた。
昨日、皆でお茶をした時に、クリスティ商会の出発時間を聞いてきたのは、荷台に忍び込んで帝都にいく算段を考えていたのだろう。
途中で気付かれても、クリス達ならメルを無下にはしない。
帝都に着けば、怒られるだろうけれど、父上も居る。
でも、それは何も問題が発生しなければの話だ。
急いで、通信魔法を最大出力で発動。
クリス達に同行しているセルビアへ直通で発信する。
「こちら、リッド。セルビア、緊急事態だ。至急応答して!」
程なく、受信機から彼女の声が発せられた。
「リッド様。こちら、セルビアです。如何されましたか?」
「要点は二つ。一つは目、荷台にメルが忍び込んでいるはずだ。すぐに確認してほしい」
「えぇ、メルディ様が荷台に⁉ すぐ木炭車を止めて確認します。少々お待ちください」
「いや、その前に二つめを聞いてほしい!」
でも、返事が来ない。
どうやら、木炭車を止めてメルを探し始めたようだ。
「セルビア、セルビア! 応答して!」
声を掛け続けると、「リッド様!」と受信機から彼女の声が発せられた。
「メルディ様を無事に発見しました。荷台の奥でクッキーと一緒に寝ておられましたよ」
「良かった。でも、セルビア。最後まで話は聞いて。要点の二つ目は、ラヴレス公爵家の親書は偽物だった。これは罠かもしれない。すぐにクリスティ商会と一緒に、バルディア領に引き返すんだ!」
「えぇ、罠ですか⁉ わ、わかりました。すぐに、クリス様にお伝えします!」
「うん。ともかく急いで! 何かあれば、何時でも構わない。僕かサルビアに、直ぐ報告をするんだ。良いね?」
「承知しました!」
通信魔法が終わると、「はぁ・・・・・・」と思わずため息を吐いた。
「リッド様・・・・・・」
名前を呼ばれて振り返ると、ビスケットの顔が真っ青になっている。
「ごめん。先に父上に連絡を取らなきゃいけない」
そう言うと、再び通信魔法を発動する。
「こちら、リッド。シルビア、応答して」
「はい! こちら、帝都のシルビアです。リッド様。ライナー様より、クリスに連絡は取れたか、とのことです」
連絡が来るのを待っていたらしく、彼女はすぐに反応した。
「うん。だけれど、こっちでも問題が起きたんだ。実は、メルが帝都に行こうと、クリス達が乗っている木炭車の荷台に忍び込んでいたみたい」
「メ、メルディ様がですか⁉ え、あ、ちょ、ちょっと待ってください。あ、あわわ、ライナー様が・・・・・・ライナー様が怒ってます。なんでそんなことになっているんだって、青筋立てて、眉間に皺を寄せながら、めっちゃ怒ってますぅうう!」
シルビアの戦慄した声が受信機から響いてきたその瞬間、父上が浮かべた鬼の形相が、すぐに僕の脳裏に浮かんだ。
帝都から父上が帰ってきたらその顔を、僕も間近で拝むことになるだろうね。
その後、彼女を介して、父上と情報交換を行った。
曰く、ラヴレス公爵家の現当主、アウグスト・ラヴレス公爵と父上が顔を合わせた際、クリスティ商会の件を話題に出すが、話が全くかみ合わない。
そこで、バルディア領に届いた親書の件を含めて尋ねたところ、アウグスト公爵は「そのような親書は送っておらんぞ。身に覚えがない」と首を横に振ったそうだ。
父上は驚愕すると同時に、帝都でアウグスト公爵と今日に至るまで、会えなかったことに違和感を覚えたらしい。
そして、以前から親書を送付。
会談を申し込んでいたことを告げると、アウグスト公爵は、「それも初耳だ」と目を丸くしたという。
会えなかった、ではない。
父上とアウグスト公爵が今日まで会えないよう、何者かが親書を握り潰すよう画策していたのだろう。
こんな手の込んだことをする理由は、ただ一つ。
バルディア領から、クリスティ商会。
もっと正確に言えば、代表であるクリスを帝都におびき出すため・・・・・・それしか考えられない。
それが、父上の導き出した結論だった。




