リッドの特殊訓練
訓練場に着くと、その子達は僕達に向かって三人縦一列に並び、若干の高低差を付けて体を上下に回し始めた。
すると、うまい具合に彼等の顔が重ならず、それぞれの顔で円を描いている。
どこぞで見た『踊り』ような動きだ。
「リッド様。お待ちしておりました!」
「・・・・・・うん、お待たせ。でも、ダン。三人で奇妙な踊りをして何をしているんだい?」
「あれ。この動き、結構面白くないですか?」
挨拶はするも、狸人族の三つ子のダン、ザブ、ロウが動きを止める気配はない。
カペラは無表情だが、ディアナはやれやれと呆れ顔で小さなため息を吐いた。
この三人は、第二騎士団の中でも悪ふざけ、悪乗り、悪戯と子供三大悪行が特にすごい子達である。
ちなみに、子供三大悪行という言葉は、彼等に振り回されたメイド達の気持ちを代弁したディアナの造語だ。
とはいえ、子供なんてそんなものだけれどね。
「うーん。じゃあ、こうやったらもっと面白いはずですよ。ザブ、ロウ。応用化け術・部分化けだ!」
「よっしゃ!」
「任せて!」
僕とディアナの呆れ顔が不満だったのか、ダンの掛け声で彼等は化け術を発動する。
間もなく、先頭のダンが僕、二番目のザブがカペラ、三番目のロウがディアナの顔に変わる。
身長はそのままだ。
そして、先程からの動きを続ける。
「どうですか? これなら面白いでしょう?」
満面の笑みを浮かべるダン達。
僕は、すーっと顔から血の気が引いていき、感情が冷めていくのを感じた。
なるほど、自分の顔をおふざけに使われるというのは、人を逆撫でする行為らしい。
そう思ったとき、ディアナが彼等に拳骨を食らわせた。
「あだ⁉ 姐さん、酷い!」
ダン達の顔は、拳骨の衝撃で元に戻った。
彼等は目に涙を浮かべ、上目遣いでディアナをあざとく見つめている。
だけれど、彼等の仕草を見慣れている彼女には通用しない。
むしろ、ディアナに青筋を立てさせた。
「面白いわけないでしょう⁉ 失礼にも程があります。馬鹿にしているんですか!」
ダン達は狸人族の三兄弟と皆から呼ばれており、顔だけならかなりの可愛い美少年だ。
でも、性格と素行が最悪過ぎると、評判はあまり良くない。
特に女の子からは敵視されている。
根はそんなに悪い子ではないのだけれど、『化術の探求』と称してお風呂場を覗く、体を触らせてほしいとか、ちょっと危ない言動が多いのだ。
その上、三人に悪意はなく、本当に好奇心と探究心からの言動である。
『探求のどこか悪いのでしょうか。僕達が高度な化け術を使えるようになること。それは、必ず皆様のためになりますよ?』と指摘してもあっけからんとしていることがほとんどで、反省の色が見えない。
逆に質が悪いと感じるほどだ。
「お前達。ディアナさんの言うとおり、悪ふざけはそこまでだ。リッド様の前だぞ」
カペラが一歩前に出て凄むと、ダン達はビクリと体を震わせた。
「か、畏まりました。申し訳ありません」
そう言うと、三人は揃って頭をペコリと下げる。
ダン達は、第二騎士団内に設立された諜報機関である辺境特務機関(以降、特務機関)。
その中において、情報収集が主な任務である特務諜報分隊に所属。
辺境特務機関の管理はカペラに一任しているので、彼等にとってカペラは直属の上司になる。
ちなみに、ディアナは第二騎士団での立ち位置は僕の護衛兼補佐官だ。
カペラの言葉に従った三人を見たディアナは、疲れた様子でため息を吐いた。
「はぁ・・・・・・。どうして私の言うことは聞かないのに、カペラさんの言うことは聞くんですか」
「え? だって、姐さんは優しいですもん」
「うんうん。さっきの拳骨も愛があったもんね」
「カペラさんの拳は冷たい。そう、まるで氷で冷えた鉄のように冷たく容赦ないのです」
三人は嬉しそうに目を細めた。
その表情だけは、本当に可愛い美少年と言って良いと思うのだけどね。
ディアナはやれやれと首を横に振っている。
カペラを見ると、彼は何も言わずに無表情のままだ。
彼は元レナルーテの暗部組織に属していたから、僕も知らない冷酷な部分があるのだろう。
ダン達はその点を『鉄のように冷たい』と評しているのだろうけれど、ディアナは納得がいかないようだ。
気持ちはわからないでもないけれどね。
でも、彼女が心優しいのは事実だし、第二騎士団の皆にとってのお姉さんのような存在だから、甘えているだけだろう。
「さてと、そろそろ始めようか。いつも通りよろしくね」
僕が話頭を転じると、ダン達が顔を見合わせて頷いた。
「畏まりました。では、カペラさんに僕達は化けます」
それから間もなく、ダン達はカペラと瓜二つの姿となった。
「では、参りましょう」
「うん、お願い」
側にいたカペラが彼等に近寄っていくと、僕は目を瞑る。
少しすると、「リッド様。よろしいですよ」とカペラの声が重なって聞こえてきた。
目をゆっくり開くと、正面には四人のカペラが同じ立ち姿、無表情でこちらを見つめている。
何も知らないと、彼等が四つ子と思うだろう。
「よし、じゃあ行くよ」
深呼吸をすると、『電界』を発動して集中する。
そして、気配だけでなく魔力の違いを探っていく。
「・・・・・・うん。右から二人目のカペラが本物だね?」
「お見事です」
カペラが会釈すると、すぐに他のカペラ達が元の姿に戻った。
「むぅ。さすがではありますが、見破られた僕達としては残念です」
ダンが頬を膨らませると、ザブとロウもも同じ顔で頷いた。
「あはは。でも、これは君達が協力してくれたおかげだよ。ありがとう」
お礼を言われるとは思わなかったのか。
三人は「え⁉」と目を瞬いた。
「い、いえ。お役に立てれば幸いです」と嬉し恥ずかしそうに揃って頬を掻き始める。
こうして見ると、根は案外素直な子達なのだけれどな。
今行っているのは、対象の気配を感じる魔法。
『電界』の精度をより高めることで、魔力による擬態を見破る訓練。
つまり、『化け術』の対策というわけだ。
ダン達曰く、化け術とは全身を魔力で覆い、術者が頭の中で描いた想像通りに擬態する魔法らしい。
術者と擬態する対象の体格差があればあるほど消費魔力は増加。
また、想像力が弱いと中途半端となり、化け術は発動しても見た目は似ても似つかない。
事実上、失敗してしまう。
だからこそ、魔法の成功精度を上げるため、ダン達は日々努力をしているそうだ。
まぁ、その方法が全部正しいとは言えないと思うけれど。
「リッド様。最初の頃と比べると、かなり精度が上がっておりますね」
側にいたディアナが、嬉しそうに微笑んだ。
彼女の言うとおり、最初は電界を発動しても全然違いが分からなくて、悔しい思いをしたものだ。
でも、やっていく内、魔力も人によって若干の違いがあることを感じられるようになった。
そうしたコツさえ掴めば、後は反復練習あるのみ。
今では集中する時間さえあれば、こうして大体わかるようになったけれど、実戦や現場で運用できるものじゃない。
僕は軽く首を横に振った。
「ありがとう。でも、まだまださ。パッと見てすぐに分かるぐらいならないとね」
そう言うと、ダンがニヤリと笑った。
「そんなこと、簡単にはさせませんよ? 僕達だって、このまま黙って見破られ続けるわけにいきません。リッド様が感知できる理由を伺い、さらに『化け術』の精度を上げてご覧にいれましょう。そういった目的も、この訓練にはありますからね」
「わかってるよ、ダン。『化け術』は使われると怖いけれど、使う分には優秀な魔法だからね」
良い言い方をすれば、切磋琢磨。
悪い言い方をすれば、鼬ごっこ。と言ったところだろう。
その後もダン達に協力してもらい、僕は化け術を見破る訓練を行うのであった。




