ラヴレス公爵家との商談に向けて
「それで、ファラ様がご立腹になったのですか? あはははは!」
「ぷっくく。そんなに笑ってはリッド様に失礼ですよ。ク、クリス様・・・・・・」
「そ、そういうエマだってさっきから震えてるじゃない。それにしても、『木彫りのファラ様』を提案して怒られるなんて・・・・・くっくく。あっははは!」
「むぅ・・・・・・。二人してそんなに笑わなくても良いじゃないか」
頬を膨らませて抗議するが、机を挟んで正面にいるエマとクリスは「も、申し訳ありません。で、でも・・・・・」と笑いの壺に入ったらしく、止まる気配が無い。
今日はクリス達がラヴレス公爵家に向けて木炭車で出立する日だ。
そのため、こうして最終確認の打ち合わせを第二騎士団宿舎の来賓室で行っているのだけれどね。
なお、クリスとエマが笑い転げている原因。
それは、ファラの機嫌を取る方法を僕が相談を持ちかけたのがきっかけだ。
実は、『木彫りのファラ』の一件がまだ尾を引いており、ファラが未だにご機嫌が斜めなのである。
謝罪は受け入れてもらえたのだけれど、「反省してくれるまで許しません!」と口を尖らせたままなのだ。
業務中、エルティア母様のような冷たい眼差しに晒され続けるのは、さすがに辛い。
そこで打ち合わせのついでにと、クリスとエマに経緯を伝えたら、二人が笑い出して話が進まなくなってしまったのだ。
「はぁ・・・・・・。さっきの相談の件はもういいよ。それより、話を進めようか」
「す、すみません。くっくく」
クリスは平謝りをしながら、左手で腹を押さえて右手で涙を拭う。
その仕草に、再びため息を吐いて肩をすくめると、机の上に一通の封筒を置いた。
「ここからは仕事の話だよ。いい加減、笑うのは止めてください。クリスティ商会代表、クリスティ・サフロン殿とエマさん?」
あえて、ニコリと微笑むと二人の顔が「う・・・・・・」と真っ青になり引きつった。
それから間もなく、クリスが襟を正してソファーに座り直すとペコリと頭を下げる。
「・・・・・・お見苦しいところをお見せして、大変申し訳ありませんでした」
「うん。分かってくれれば良いよ。さて、この封筒には、『ラヴレス公爵家』から届いた手紙が入ってる。クリスティ商会がバルディア家の紹介で来たことを示す証しとして、これを持参してほしいそうなんだ」
そう言うと、机の上にある封筒に目を落とした。
ラヴレス公爵家からの親書には、クリスティ商会が屋敷を訪れる時、この手紙を門番に見せれば取り次ぎが早いこと。
加えて、身分証にもなると記載されていた。
実際、ラヴレス公爵家の親書には、細輪の中に水から太陽が昇るような紋章印が押されている。
紋章印は、その貴族以外が勝手に使うと厳罰に処されるから、紹介や取り次ぎの時の身分証に使われることは良くあるそうだ。
「畏まりました。大切にお預かりいたします」
クリスは丁寧に封筒を手に取ると、エマに渡した。
封筒をクリスから受け取ったエマは、持参した大きめの鞄にその封筒を大事そうに入れる。
「それと、ラヴレス公爵家が見たいと言った商品。それから、売り込む商品は問題なさそう?」
「はい。リッド様のご指示通り、ラヴレス公爵家からの手紙に記載があったという懐中時計と化粧水はバッチリです。他にも、バルディア家の人気商品を一通りもっていきますからね。何があっても対応はできると思います」
クリスの顔つきは、先程とは全く変わり自信に満ちた商売人になっている。
「わかった。でも、木炭車が欲しいって言われた時はうまく断ってね」
「勿論です。クリスティ商会が使用している木炭車は、バルディア家から借りているだけだと、お伝えしておきますね」
「うん、それで問題ないよ。木炭車の件は、何を言われてもこっちに回してくれれば良いから」
帝都の懇親会をして以降、クリスティ商会とバルディア家には問い合わせが殺到している。
懐中時計、化粧水、料理のレシピなど様々あるけれど、やはり圧倒的に多いのは『木炭車』についてだ。
木炭車は、この世界で初めて開発された『内燃機関』が載せてある。
人、動物、魔物、魔法のどれにも当てはまらない『動力』の仕組みは、分かる人には相当凄い物であることはすぐに理解できたはずだ。
従って、問い合わせが多いのはやむ得ない。
でも、技術を安売りするつもりはないからね。
当分は技術を独占するつもりだ。
そして、次の技術開発に目処が付いた時、木炭車の技術を公開して販売する。
そうなれば、バルディア家は常に最先端の技術提供。
他の家は、古い技術を追いかけることになるだろう。
どんな世界でも、まずは先駆者が新たな市場を切り開けるのだ。
そのため、現状では木炭車の問い合わせは全てお断りしている。
でも、一つ気がかりなことがある。
何処で聞いたのか、ドワーフが治める国のガルドランドからも木炭車を購入。
もしくは見学したいという問い合わせがあったのだ。
無論、丁重にお断りはしたけれどね。
そのうちに押しかけてくるかもしれないけれど、その時はその時だろう。
次いで、問い合わせが多いのが『懐中時計』だ。
こちらは普通に受注生産なので受付しているけれどね。
何はともあれ、バルディア家の売り上げは確実に右肩上がりを続けている。
今回のラヴレス公爵家との取り引きが成功すれば、帝都の貴族達からの注文が増え、売り上げはより飛躍することだろう。
そして、売り上げで得た資金を元にバルディアはさらなる発展を遂げていく。
それこそ、将来に潜む断罪の運命を撥ねのける程にである。
ふふ、今から楽しみだ。
「・・・・・・リッド様。何だか、悪い顔になっていますよ」
クリスにジト目を向けられハッとする
「そ、そんなことないよ。僕はほら、まだまだあどけない少年だからさ」
慌ててニコリと微笑むが、クリスは呆れ顔でやれやれと首を横に振った。
「ただの『あどけない少年』だったら、こんなに商売は成功しません。少し可愛げのある悪人顔を浮かべるぐらいが、丁度良いと思いますよ」
「うん? それってあんまり褒められている気がしないんだけど・・・・・・」
聞き返すと、クリスとエマは揃って「ふふ」と忍び笑った。
どうやら、揶揄われたらしい。
むっと頬を膨らませると、クリスが「あ、そういえば」と話頭を転じる。
「狐人族の領地と接する『狭間砦』が大分きな臭くなってるみたいですね。差し支えなければ、バルディア家としてどう対応されていくのかお伺いしても良いですか?」
「そうだね。実は、今日はその件をクリス達とも共有したかったんだ」




