バルディア領の一息2
「そ、そうですね。私はバルディアから出たことはありませんから、興味はあります。でも、今は『パパ』が大変なので・・・・・・」
ティスがそう言うと、メルが「あ・・・・・・」とバツの悪そうな顔を浮かべた。
彼女のパパは、バルディア騎士団副団長のクロスだ。
彼はいま、グランドーク家の軍事演習に対する牽制と現場指揮を兼ね、国境地点の『狭間砦』に在中している。
何が起きるかわからない状況である以上、ティスは内心ではとても心配しているのだろう。
「メル。今のバルディア領は少し混乱しています。これが落ち着けば、きっと父上が折を見て帝都に連れて行ってくれるでしょう。わかりますね?」
母上が小さく咳払いをして優しく諭すと、メルはしゅんとして頷いた。
「はい。母上・・・・・・」
場の雰囲気が少し暗くなる。
明るくしたいけれど、どうしよう? そう考えた時、帝都から届いたある手紙を思い出してハッとした。
「あ! そういえば、母上は帝都にいる頃、マチルダ陛下と親しかったんですよね?」
「えぇ、そうよ。マチルダ様が皇后になる前から、親しくしてくれたわ。でも、それがどうかしたの?」
「実は先日、マチルダ陛下のご実家であるラヴレス公爵家から、クリスティ商会と繋いでほしいという親書が届いたんです」
ラヴレス公爵家は、建国から帝国に属する由緒ある貴族の一つであり、帝国貴族の保守派に属している。
派閥内では、エラセニーゼ家に次ぐ勢力と影響力を有しており、公爵家の名に恥じない大貴族だ。
ラヴレス公爵家の現当主はアウグスト・ラヴレス氏。
義理人情に厚くて信頼できる人物らしく、父上と親交も深いと聞いている。
親書の内容は、『クリスティ商会と取引量を増やしたい。従って、代表のクリス・サフロン氏を紹介してもらえないだろうか? もし可能なら返答後、帝都のラヴレス公爵邸を直接訪ねてきてほしい』というものだ。
帝都にいる父上に、通信魔法でシルビアを介して連絡を取ると「ラヴレス家なら問題なかろう。丁寧に対応するようクリスに伝えてくれ。今度、アウグスト公爵に会う機会があれば、私からも挨拶しておく」と言っていた。
「・・・・・・というわけなんです」
「まぁ、それは凄いことだわ。じゃあ、クリス達はもう帝都のラヴレス公爵邸に向かったの?」
説明を終えると、母上は目を瞬いた。
帝都出身の母上からすれば、ラヴレス公爵家の存在はとても大きいらしい。
「いえ、クリス達は明日の午前中、木炭車で商品を満載した荷台を牽引して出発予定です」
バルディア領から帝都までは距離があるけれど、木炭車を利用すれば時間短縮に加え、馬車より大きい荷台も牽引できる。
勿論、クリスティ商会とバルディア家の繋がりを誇示する狙いもあるけれどね。
「そうなのね。クリスなら大丈夫だと思うけれど、くれぐれも失礼の無いよう気をつけるように伝えておいてね」
「はい、畏まりました」
こくりと頷くと、母上は意図を全て察したように「ふふ」と笑みを溢した。
「それにしても、リッドはまだ幼いのに本当に色んなことを思いつくわ。もう考える力は、大人顔負けね。頼もしい限りです」
「そ、そうですか?」
急に褒められて驚いていると、ファラが「はい。御母様の仰る通りです」と相槌を打った。
「リッド様のお考えを間近で拝見していると、いつも驚かされてばかりです。置いていかれないよう、私も頑張らないといけません」
「あはは、ありがとう。でも、君のおかげで第二騎士団の運営はすごく助かっているんだ。感謝してもしきれないぐらいだよ」
ファラは、政務や事務能力が高いだけでなく、仕事の理解力と飲み込みも早い。
彼女の仕事ぶりを見ていると、様々な書類を同時並行で処理しているみたいだった。
あまりの仕事の速さに、「無理してない? 大丈夫?」と心配して尋ねたことがある。
ファラは「え?」と首を傾げたが、すぐニコリと微笑んだ。
「はい。これぐらいの書類なら、母上に出されていた宿題の量と比べれば、全然少ないですからね。まだまだ、いけますよ!」
その答えに、とても驚かされたのをよく覚えている。
彼女が生まれ持った才覚に、エルティア母様の英才教育が加わった結果なのだろう。
何にしても、ファラはすでに、第二騎士団の運営に欠かせない存在だ。
獣人族の子達も『姫姐様』と慕っているからね。
メルの言う『姫姉様』とは少し意味が違う気がするけど。
「本当ですか? リッド様にそう仰っていただけると嬉しいです」
ファラが顔を赤らめてはにかむと、彼女の両耳が少し上下に動いた。
その様子を見て、母上が嬉しそうに目を細める。
「あらあら、本当に仲が良いわね。リッド、これからも、ファラのことを大切にしないといけませんよ」
「はい、勿論です」
にこりと頷くと、ふいにファラと目が合って顔が熱くなる。
それは彼女も同じだったらしく、顔を赤らめて俯いてしまった。
その様子を見ていた皆から、何やら生温かい眼差しを向けられた気がする。
「あはは・・・・・・」
誤魔化すように頬を掻いていると、「ねぇ、兄様?」とメルが話頭を転じる。
「うん。どうしたんだい」
「クリス達が帝都に向けて出発するのって、本屋敷からなのかな?」
「え? いや、クリス達には鼠人族のセルビアを同行させるから、出発は第二騎士団の宿舎からになると思うよ」
セルビアをクリス達に同行させれば、何か不測の事態が起きても『通信魔法』で連絡を取り合うことが可能になる。
大貴族のラヴレス公爵家との商談となれば、現地に出向くクリスとの連絡手段はあった方が良いという判断だ。
ただし、通信魔法は今のところ公表するつもりはないから、使用時には周りに気をつけるよう念を押している。
それにしても、この質問の意図は何だろう? ふとそう思い、メルに聞き返した。
「でも、それがどうかしたのかい?」
「あ、えっとね。私も皆のこと、お見送りしたいなぁって」
見送りか。
木炭車で大きな荷台を牽引する光景は、此処でしか見られないからね。
「そっか。クリスもきっと喜ぶよ」
「うん。それに、私は帝都に行けないからお土産を買ってきてもらおうと思って。えへへ」
「なるほどね。あれ、でもそれなら父上にお願いすれば良かったんじゃない?」
そう言うと、メルは頬を膨らませて首を横に振った。
「父上は駄目! だって、この間お願いしたら『木彫りの皇帝陛下』を買ってきたんだよ?」
「ぶ⁉」
思わず吹き出してしまった。
そういえば帝都に行った時、帝都限定名産品と銘打った大小様々の『木彫りの皇帝陛下』が置いてあったなぁ。
何でも、木彫りの皇族は、帝都に出向いた時のお土産の代表格らしい。
ほしいとは、微塵も思わなかったけど。
「で、でも、『木彫りの皇族』は帝都のお土産としては人気らしいよ」
父上のお土産センスを擁護するが、メルは目を瞬いた。
「えぇ⁉ でも、右手を腰に当てて、左手をどっか指差してる木彫りの皇帝陛下をお土産にもらっても嬉しくないもん。可愛くなかったもん!」
メルは口を尖らせてプイッとそっぽを向いてしまった。
ある意味、皇帝に対する不敬になってしまうのでは? そう思った時、母上が笑い出した。
「ふふ、父上ね。たまに変な物を買ってくるのよ。私も『木彫りの皇后陛下』をお土産にもらったことがあるの。『マチルダ陛下と親しかっただろう? これで、少しは寂しさが紛れると良いのだが』って真面目な顔でね。メル、父上に悪気はないの。許してあげて」
「むぅ・・・・・・。父上の優しさはわかるけど、ちょっと違うもん!」
メルは、再び頬を膨らせてしまった。
一連のやり取りを見ていたこの場の皆は、必死に何かをこらえて肩を震わせている。
ティスに至っては、口を両手で抑えて俯いてしまった。
さて、この場をどう収めたものか。
そう思った時、ふいにファラと目が合った。
瞬間、木彫りとファラで閃きが生まれる。
「あ、そうだ」
口火を切ったことで、僕は皆の注目を浴びる。
「バルディアでも、ファラを見本にした木彫りの人形を作って売り出してみようか。名産『招福の象徴・木彫りのファラ』とか・・・・・・あはは」
「えぇ⁉」
あまりに突拍子もない提案に、ファラが目を丸くする。
でも、母上は目を輝かせた。
「良い考えね! リッド、善は急げよ。明日、クリスとの打ち合わせで提案しなさい」
「え⁉」
「お、御母様⁉」
僕とファラが目を白黒させると、メルが勢いよく手を上げた。
「姫姉様の人形なら私も欲しい!」
「メ、メルちゃんまで・・・・・・。リッド様、なんてことを仰るんですかぁ⁉」
「あ、あれ?」
想像していた反応と少し違う。
場を繕うための話題に、母上とメルがこんなに乗り気になるなんて予想外だ。
その後、顔を真っ赤にして耳を上下させるファラの必死の抗議によって、バルディア名産『招福の象徴・木彫りのファラ』は幻の企画となる。
ちなみにこの日、ファラがとてつもなくへそを曲げたの言うまでもなく、丸一日謝罪することになった。




