リッドとエルバ
「ライナー殿! いくら貴殿の嫡男とはいえ、この暴言は看過できませぬぞ⁉」
「マルバス殿。わかりやすく説明した結果、言葉が少し不躾であったことはお詫びしよう。だが、リッドの言ったことは概ね事実だ。そもそも、暴言と言うのであれば、貴殿達が我等にした発言を少し顧みては如何ですかな?」
「な・・・・・・⁉」
父上の毅然と切り返しに、彼は目を丸くした。
その時、エルバが大声で笑い始める。
「なるほど。バルディア家の言い分にも一理ある。良いだろう。ならば・・・・・・」
彼はそう言うと、ゆっくりと右手の人差し指で僕を指差した。
「リッド・バルディア。俺に傷一つでも付けられれば、私闘の件は不問にして、我等は大人しく引き下がろうじゃないか」
「兄上⁉ そいつらは、造反組の生き残りですよ!」
目を見開き、マルバスはノアールとラガードを指差した。
だが、エルバはそんな彼を、横目で睨み付ける。
「少し、黙ってろ」
「う⁉ も、申し訳ありません」
マルバスがビクリと戦き会釈すると、エルバは口元を緩めた。
「さぁ、リッド・バルディア。ここに来い。俺の相手をしてくれるんだろう?」
「わかった」と頷き歩き出そうとした時、父上が僕の前に腕を出して制止する。
「勝手に話を進めるな。エルバ殿、バルディア家の当主として貴殿の相手は私がしよう」
しかし、彼は喉を鳴らして首を横に振る。
「ライナー殿。残念だが、俺にあれだけの口を叩いたのだ。リッド・バルディアでなければ認めんよ」
「貴様・・・・・・」
二人が睨み合う中、僕は父上の腕を潜って前に出た。
「彼の相手を僕がすれば、この場は一旦収まるのです。これが、今回の落とし所でしょう。ご安心ください、無茶はしませんから」
「む・・・・・・」と父上は顔を顰めるが、程なくして深いため息を吐いた。
「無理はするな。何かあれば、すぐに止めるぞ」
「はい。よろしくお願いします」
ニコリと頷くと、すぐに重なるように倒れている二人の元に駆け寄った。
ボロボロとなったラガードは、ノアールが涙を流して大事そうに抱きかかえている。
「ラガード、ノアール。大丈夫かい?」
「・・・・・・はい。でも、私のせいでラガードが・・・・・・」
嗚咽も漏らして答えると、彼女は悔しそうに俯いた。
「り、リッド・・・・・・様。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
ラガードは息も絶え絶えでこちらに視線を向ける。
そんな彼の瞳には、様々な感情が複雑に交ざり合っているのが見て取れた。
「本当だよ。でも、ともかく君達が無事で良かった」
あえて冗談交じりに答えて微笑みかけると、二人の頭を優しく撫でた。
「よし。じゃあ、行こうか。ノアールは動けるかな?」
「は、はい。何とか・・・・・・」
頷く彼女からラガードを丁寧に受け取ると、「よいしょっ」と両腕で抱きかかえる。
いわゆる、お姫様抱っこだ。
それから程なく、ディアナとエマが駆け寄ってきた。
「リッド様。後は引き受けます」
「うん、お願い」とエマに頷くと、彼女はノアールを抱きかかえた。
「あ、あの。私は歩けます」
困惑するノアールに、エマは「駄目です」と首を横に振った。
「万が一のこともありますし、走れないでしょ? ここに居ては、リッド様の邪魔になりますからね」
エマとノアールのやり取りを横目に、ラガードをディアナに渡した。
「すぐに二人をサンドラに診てもらって」
「畏まりました」
ディアナはラガードを抱えて会釈すると、すぐに屋敷に向かって走り出した。
それを、ノアールを抱えたエマが追いかける。
両手を拳に変え、彼女達の背中を見送っていると、片付けは終わったか?」と背後から声が聞こえた。
「ふぅ」と息を吐き、振り向く。
「・・・・・・言った通り、相手してやるよ」
「ようやくだな」
エルバは、ゆっくりと腕を組んで喉を鳴らした。
「あいつら同様、まず三分やろう。さぁ、せいぜい楽しませてくれよ」
「なら・・・・・・お言葉に甘えさせてもらおうかな!」
そう答えると、身体強化・弐式を発動して瞬時に間合いを詰める。
悔しいけれど、エルバは強い。
今の僕では勝てないだろう。
でも、油断している今なら奴に『傷を付ける』ことぐらいならできるはずだ。
「ぬ⁉」
何かを察したのか、エルバが眉を顰めた。
「出し惜しみはしない。最初から全力だ!」
吐き捨てると、身体属性強化・烈火を発動させる。
次いで、密かに両手の拳の中で圧縮していた魔法を解放した。
「螺旋槍!」
「こ、これは⁉ ぬぉおおおおおおお!」
瞬間、エルバは腕を交差させて『螺旋槍』を受け止めるが押し込まれて吹き飛ばされていく。
だが、そんなことで防げる魔法ではない。
父上から教わった『烈火』は、身体能力だけでなく『火の属性魔法』の威力を強化する。
従って、全属性の魔槍が混ざり合う『螺旋槍』の威力も上昇するというわけだ。
バルディアが襲撃されて以降、僕は武術と魔法研鑽の密度を高めている。
短期間とはいえ、その威力は以前とは比べものにならない。
それから間もなく、吹き飛ばされたエルバを中心とした爆発が起こり、辺りに轟音と爆風が吹き荒れる。
「はぁはぁ・・・・・・」
魔力をほぼ使い果たしてしまい、その場で片膝を突いた。
最大火力で放つ螺旋槍と烈火の組み合わせは、体に掛ける負担がやはり大きい。
この点は今後の課題だな。
ふとそんなことを思いながら、爆発した場所を見据える。
『燐火の灯火』で強化されたラガードを圧倒した奴が、これぐらいで倒れることはないはずだ。
案の定、もうもうとした煙の中にうっすらとエルバの姿が浮かび上がる。
だが、よく見ると、彼の背後にゆらりと動く七本の影がわずかに見えた。
「ふふ。まさか、俺が獣化させられるとはな」
「それが、七尾の金狐か」
爆煙の中から現れたエルバは、金色の毛に覆われている。
しかし、その姿は神々しいと言うよりも、奴の欲望と禍々しさが表面化したように感じた。
「今の魔法は中々の威力だったぞ。次は、俺の魔法を見せてやろう」
「・・・・・・三分間。手を出さないんじゃなかったの?」
息を整え、その場で立ち上がり構えると、こちらに向かって歩いて来るエルバを見据えた。
「想像以上だったのでな。特別に三分短縮だ。とはいえ・・・・・・」
奴は嘗めるように僕を見ると、獣化を解いた。
「何の真似だ?」
「消耗したお前には、この姿で十分だろう。さぁ、耐えてみせろよ?」
エルバはそう言うと、右手を掲げて『黒炎』を右腕全体に纏わせた。
あまりに禍々しい魔力の気配に、背中で嫌な汗が流れ始める。
「あれは、何だかやばそうだな・・・・・・」
思わず呟くと、その小声が聞こえたのか。奴はニヤリと口元を緩めた。




