介入
「・・・・・・確かにあの二人は『私闘』を申し込みました。しかし、彼等はまだ年端もない子供なんですよ。加えて、我がバルディア家に仕える騎士であり領民です。その点を加味して、両家の今後を考えれば情状酌量の余地は十分あるはずでしょう。本気でそんなことを仰っているのですか?」
僕が抗議すると、彼はわざとらしく思案するそぶりを行い、「ふむ」と相槌を打った。
「リッド殿のお気持ちも理解はできますがね。まぁ、止めたければどうぞご自由にしてください。しかし、その時は我等狐人族の内政にバルディア家が干渉したということになる。そのことをどうかお忘れ無きようお願いします」
「な・・・・・・⁉」
マルバスは勝ち誇ったように笑った。
この時、理解する。
こいつらは始めからまともな交渉を行うつもりはなく、徹底的にこちらを挑発することだ。
その先にある目的は、グランドーク家にとって都合の良い大義名分を得てバルディア家と敵対したい、ということだろう。
そうでなければ、互いの関係性を著しく悪化させる『死』による決着なんて誰も望まない。
「こ、この・・・・・・⁉」
怒りのあまり手が拳となり力が入った。
その時、僕の肩に手が置かれる。
振り向くと、父上が小さく首を横に振っていた。
「マルバス殿、確認のために伺いたい。当家に仕える騎士をエルバ殿が私闘とはいえ『殺害』する。それが、両家に取ってどのような結果をもたらすのか。それを全て理解した上、グランドーク家の総意として受け取って良いのだな?」
「・・・・・・ふふ、そうですね。そう受け取っていただき構いませんよ」
マルバスと父上の間に不穏な空気が流れたその時、再びラガードの悲痛な叫び声が響いた。
「ラガード!」
彼を助けるために飛び込もうとしたその時、「お待ちください」とノアールが大声で叫んで場の注目を集めた。
「ライナー様、リッド様。これは、私達の私闘なんです。だから、死んでも悔いはありません。どうか、どうか捨て置きください!」
必死な彼女の声で、思わず体の動きが止まる。
だが、エルバはノアールの言葉を聞くなり、喉を鳴らし始めた。
「くっくくく。死んでも悔いは無い・・・・・・か。ならば、冥土の土産に聞かせてやろう」
彼はそう言うと、片手でラガードの頭を鷲掴みにしたまま引きずり歩き、ノアールの面前に迫ると顔を寄せた。
「グレアス、あの男は実に愚かだったぞ。俺の下で働けば、命までは取るつもりはなかったのだがなぁ。『民のために生きる』と俺の制止を無下に断り、謀反を先導・・・・・・そして、失敗した。結果、奴の身重の妻を始め、造反に関わった者達は一族郎党。奴らの屋敷で働く者まで、すべて処刑されたというわけだ」
「の、ノアール。耳を貸すな・・・・・・こ、コイツが本当のことを言っている証拠はないんだ」
ラガードが頭を捕まれたままの状態で必死に顔を上げ、エルバを横目で睨み付けた。
「ほう、傷つくねぇ。しかし、だ・・・・・・」
エルバは口元をニヤリと緩めた。
「無為無策な謀反を行い、一族郎党を道連れにしたのは奴ら自身に他ならない。家族や一族のことが本当に大切なら、惨めでもひっそりと息を殺していれば良かったのだ。にも拘わらず、謀反を起こした。つまり、生き残ったお前達は捨てられたのさ」
「ふ、ふざけるな・・・・・・あの人達は・・・・・・」
ラガードが何か言い掛ける。
その瞬間、エルバは彼を地面に叩きつけた。
「うがぁ⁉」
「俺が話している途中だろう?」
「ラガード⁉」
ノアールが彼の名を叫ぶが、エルバは彼女の顎を掴み強制的に目を合わせる。
「そもそも、だ。ここにいるということは、お前の母親はすでに死んでいるのだろう?」
「く・・・・・・」
彼女は目に涙を浮かべ、悔しそうにエルバを睨み付けている。
「だが、その死に様など想像にたやすい。わずかな金銭と食料のため、あさましく体を売り、醜く痩せ細り、空しく死んでいったのだろう? 可愛そうに、愚かな両親を持てば、自ずと苦労は子に降りかかる。子は親を選べないからなぁ」
「母さんを・・・・・・母さんを馬鹿にしないでください!」
必死にノアールは叫び返した。
その声は、とても震えている。
「母さんは言ってました、私の父は、沢山の苦しむ民を救うために立ち上がった。人のために命を賭けることのできる父は、母さんの誇りだった。父の想いを、絶やしてはならない。そう言って、必死に私を守ってくれました。私の・・・・・・私の家族を侮辱しないでください!」
「ふん。そういうのが馬鹿だというんだ。民、誇り、家族? そんな愚かな考えだから奴らは惨めに死んだのさ」
鼻を鳴らして吐き捨てたエルバは、ノアールに向けてラガードを無造作に投げ捨てる。
「あう⁉」
二人が重なり倒れると、エルバは飽きたように見下げる。
「お前の母親が言った『想い』とやらも、これで終わりだな」
彼はそう言うと、右手を高く掲げて漆黒の揺らめく炎を生み出した。
「グレアス同様、この『黒炎』で焼け死ねること・・・・・・光栄に思うが良い!」
このままだと、二人は彼に殺される。
瞬間、気づけば体が勝手に動いていた。
「そこまでだ、エルバ!」
「ぬ・・・・・・⁉」
気配を察知したエルバは、咄嗟に右手で生み出した『黒炎』で僕が放った『火槍』を相殺する。
同時に、辺りに激しい爆音と土煙が発生した。
それから程なく、もうもうとした煙の中から、楽しげに口元を緩めるエルバが姿を表す。
「ふふ、これは何の真似かな。リッド・バルディア」
「二人は、お前なんかに殺させやしない。これ以上やりたいなら、僕が相手をしてやるよ」
奴が「ほう・・・・・・」と相槌を打つ中、マルバスが両腕を広げて躍り出る。
「随分と乱暴なことをされますね。先程、申し上げた通り、これは狐人族の内政干渉したことになります。それで、良いのですね?」
「・・・・・・異なことを仰いますね。散々と言ったはず、ノアールとラガードの二名は、バルディア家に仕える騎士であり領民です。そんな彼等の現状を全く考慮せず、貴殿の国の都合を帝国に属する当家に押しつけることこそ、内政干渉でしょう。ここは、獣人国の地ではないのです。そんな基本的なこともお忘れですか?」
「な・・・・・・⁉」
言い返されるとは思っていなかったのか、マルバスは目を剥いている。
「こちらが、両家両国。あの二人の想いと貴殿達の立場を考え、穏便に済ませようと黙っていれば・・・・・・随分と好き勝手にされましたね。あまりに幼稚な外交であり、呆れてものも言えません」
「こ、この、言わせておけば・・・・・・」
わなわなと怒りに震えた彼は、凄い剣幕で父上に迫った。




