エルバ・グランドーク2
身体属性強化・金剛とは、土の属性素質と身体強化・弐式を掛け合わせたものらしい。
金剛発動時に術者が纏う魔力は、数ある身体属性強化の中で最も『防御力』を上昇効果を得られる。
烈火が攻撃特化なら、金剛は防御特化ということだろう。
発動中における魔力消費は、烈火同様に激しいと思われる。
しかし、術者のエルバには疲れた様子は微塵も見られない。
「でも、そうなると・・・・・・」
僕の言わんとすることを察した父上は、厳しい表情を浮かべた。
「うむ。今のノアールとラガードでは、一矢報いることすら難しいかもしれん」
「そ、そんな⁉」とクリスが心配そうに目を瞬いた。周りを見れば、エマやディアナもどこか悔しげな表情を浮かべている。
「泣いたところでどうにかなるものではありません。あの二人の運命は、兄上と相対した時点で決まっていたのですよ」
マルバスは、皆が心配する様子を横目にニヤリと笑う。
「・・・・・・まだ、どうなるかわかりません。それに、バルディア家に騎士として仕えるノアールとラガード。彼等をあまり見くびらない方が良いですよ」
睨み付けるように凄むと、彼は一瞥して「ふん」と鼻を鳴らして腕を組んだ。
あの二人には、『奥の手』がある。
それを、どこで使うかだろう。
懐にある懐中時計を確かめると、私闘が始まり『三分』がそろそろ過ぎようとしている。
時計から視線を戻すと、エルバは両腕を組んで不敵に笑っており、消耗している様子は見受けられない。
そもそも、彼は獣化すらしていないのだ。
対するノアールとラガードは、獣化した状態でずっと猛攻を続けているせいだろう。
二人は肩で息をしており、明らかに体力を消耗している。
「頑張れ、二人とも」
小声で呟いたその時、エルバがゆっくりと組んでいた腕を解いた。
「さて、そろそろ時間だ。覚悟は良いな?」
「はぁはぁ、く、くそ・・・・・・」
肩で息をするラガードは、悔しそうに吐き捨てる。
次いで、ノアールが何かを決意したようにエルバを睨んだ。
「ラガード。やりましょう」
「え⁉ で、でもさ、この場でそれを使ったら・・・・・・」
「いいえ。私の全てを託します」
「・・・・・・わかった」
ラガードは頷くと、ノアールを守るように前に出る。
いよいよ、あれを使うのか。
「ん? 何だ、命乞いでもするつもりか?」
エルバが首を傾げると、ノアールが祈るように手を合わせた。
その瞬間、『燐火の青炎』が彼女から溢れ出て空に舞い上がる。
「ラガード。貴方に燐火の灯火を・・・・・・」
その時、面前で起きた事態を目の当たりにしたマルバスが、目を丸くした。
「燐火の灯火だと・・・・・・馬鹿な⁉ あの一族はすでに滅んだはずだ!」
聞き捨てならない発言に、思わず眉間に皺が寄る。
「滅んだ・・・・・・? それは、どういうことでしょう」
ノアールは、狐人族の中でも特殊な一族の出身ということだろうか。
「く・・・・・・。これは我が部族の問題故、お答えは控えさせていただきます」
彼はそう言って口を噤んでしまった。
失言だった、ということだろう。
やがて、舞い上がった燐火の灯火がラガードに注がれていくと、彼は獣化した状態のままに青炎を纏った姿となる。
これが、あの二人の奥の手だ。
ノアールが発動した『燐火の灯火』とは『対象者の能力を上昇させる補助魔法』である。
僕との鉢巻き戦の時にも使用していたけれど、当時のような付け焼き刃とは違う。
今の二人があの魔法を使用すると、第二騎士団の中でラガードの実力は最上位に位置すると言って良い。
「はぁはぁ・・・・・・ラガード。後はお願いします」
魔法発動に体力を使い果たしたのか。
息も絶え絶えとなったノアールは、その場で両膝を突いた。
「あぁ。必ず、エルバをぶっ飛ばしてやる!」
ラガードは力強く返事をすると、目の前に立つエルバを睨み付ける。
しかし、一方のエルバは二人の変化で何かを察したのか。
急に小刻みに両肩を震わせ始めた。
「ふはははははははは、ぬははははは!」
奇っ怪にも急に笑い出したエルバの言動に、この場にいる皆が訝しむ。
「な、何が可笑しい!」
相対するラガードが怒号を上げると、彼は首を横に振りながら喉を鳴らす。
「くっくくくく。これが笑わずにいられるか。なるほどな、そうか、そういうことか。まさに、グレアスの遺志・・・・・・いや、亡霊と言ったところだな。良いだろう、直ぐに終わらせてやる。さぁ、掛かってこい」
「ば、馬鹿にしやがって。さっきの俺と一緒だと思うなよ!」
その瞬間、ラガードが目にもとまらぬ速さで飛び込んだ。
しかし、エルバの首元を狙った彼の爪撃は空を切る。
「な⁉」
ラガードが目を見開いたその時、エルバは彼の後頭部を背後から鷲づかみにする。
「さっきのお前と一緒だ。馬鹿が」
エルバはそのまま勢いよく、ラガードを地面に叩きつけた。
その衝撃により、彼等を中心に大地が窪んだ。
辺りには轟音が鳴り響き、激しい土煙が空を舞う。
「ぐぁあああああああ!」
悲痛なラガードの声が響き渡る中、エルバは冷淡な笑みを浮かべた。
「さぁ、どうする? このまま虫けらの如く、惨め叩き潰されるのか。地面に這いつくばったまま、情けなく命乞いをするのか。どちらか選ばせてやろう、俺は紳士だからな」
「ふ、ふざけ・・・・・・ぐぁああああ!」
「くく、良いぞ、もっとだ。もっと歌え、断末魔を響かせろ!」
エルバは高々に笑いつつ、地面に押しつける力を強めているらしく、ラガードの声がさらに悲痛なものになっていった。
それから間もなく、ラガードが纏っている青炎が弱々しくなり始める。
あの青炎がなくなると、能力上昇効果が無くなってしまう。
そうなれば、ラガードは今の状況に耐えきれず、最悪の場合は死んでしまうかもしれない。
「やり過ぎです。もう勝負は付いたでしょう!」
あまりの惨状にクリスが声を荒らげるが、マルバスは首を捻る。
「はて。勝負が付いたとは、どういう意味でしょうか」
「見たらわかるでしょう! もう、これ以上の戦う必要はないと言っているんです」
「クリス殿。失礼ながら、これは勝ち負けを決める『勝負』ではありません。仇を討つか、返り討ちにするかの『私闘』なのです。それをあの二人は申し込み、兄上は受けた。今更、相手を生かしたままの決着などありえませんよ」
彼はそう言うと、やれやれと首を横に振った。




