エルバ・グランドーク
エルバ達と移動を始めて程なく、僕もよく使っているバルディア家の訓練場に到着する。
見送りの場に居合わせたクリス、エマ、ディアナ達も一緒だ。
「・・・・・・当家の訓練場だ。ここなら、思う存分動けるだろう」
「なるほど。お心遣い、感謝するライナー殿」
エルバは相槌を打つと、不敵に笑い、訓練場の中央に向けて歩き始める。
ノアールとラガードは、その姿を見ると、こちらに深く頭を下げた。
「リッド様、ライナー様。我が儘を言いまして本当に申し訳ありませんでした」
「俺も、お詫びします。申し訳ありませんでした」
小さくため息を吐くと、二人に顔をあげてもらう。
「できれば、こうなる前に教えてほしかったけどね」
「・・・・・・全くだ」
父上はやれやれと首を横に振ると、彼等をじろりと睨む。
あまりに怖い眼差しで、二人の体がビクッとした。
その様子に思わず「あはは・・・・・・」と苦笑する。
「だけど、君達にも譲れないものがあったんでしょ?」
ノアールとラガードは決意を瞳に浮かべ、こくりと頷いた。
「じゃあ、思う存分やってきなよ。それより、後でちゃんと説明してもらうからね」
「はい! では、行って参ります」
二人は一礼すると、訓練場の中央に向けて走って行く。
その後ろ姿を見つめていると、僕の背後に控えていたディアナが心配そうに呟いた。
「リッド様。あの二人、大丈夫でしょうか?」
「わからない。今は見守るしかないよ」
会談のために集めた情報の中には、エルバの実力も当然含まれていた。
その内容が全て本当であれば、結果は厳しいものになるだろう。
しかし、ラガードとノアールが力を合わせた時の実力は、第二騎士団の中でも最上位に位置している。
エルバに勝てずとも、一矢報いることはできるかもしれない。
二人の感情を考えれば、その時が『私闘』の止めどきであり、落とし所なるだろう。
程なくして、エルバが訓練場の中央で足を止めた。
「さてと、獅子は兎が相手でも全力を尽くすらしい。だが、紳士である俺は、私闘を求めたお前達の気持ちを汲み、機会を与えてやろう」
絶対的な自信があるらしい。
彼は両手を広げ、楽しそうにおどけている。
「機会ですって?」
ノアールが眉を顰め、訝しむ。
「そうだ。いくら反逆者であるグレアス縁の者とは言え、お前達はまだ子供。従って、これから三分間。『俺から』は手を出さないでやろう」
「・・・・・・⁉ 馬鹿にすんな!」
ラガードは、怒号を発して、尻尾が二本となった毛色が黄色い姿に獣化する。
ノアールも獣化するが尻尾は一本のままであり、毛色は少し淡い黄色だ。
「ほう・・・・・・その年で獣化を扱えるとは、将来が楽しみだな。部下にほしいぐらいだ」
不敵に笑うエルバを、ノアールは忌ま忌ましげに睨む。
「グレアス様の・・・・・・皆の仇です。やりましょう、ラガード!」
「あぁ!」
二人は帯剣を同時に抜刀すると、素早くエルバに襲い掛かる。
間もなく、鈍い音が鳴り響いた。
瞬間、この場にいる誰もが目の前に起きたことに目を瞬いた。
ラガードの剣はエルバの首に、ノアールの剣は心臓のある左胸に突き立てられている。
だが、それだけで、彼に損傷は無い。
彼はつまらなさそうに鼻を鳴らすと、首と胸に突き立てられた剣をそれぞれ片手で掴んだ。
「少し期待はしたが・・・・・・やはり、『野狐』と『気狐』ではこの程度か」
『野狐』と『気狐』。
聞き慣れない名称が聞こえ、クリスが不安そうに首を傾げた。
「リッド様。その、尻尾が一本で『野狐』とか二本で『気狐』ってどういうことなんでしょうか?」
「ああ、それはね・・・・・・」と僕が言い掛けたところで、「ゴホン」とマルバスが咳払いして注目を集めた。
「それは、間違いのないよう狐人族を代表して私がお教えしましょう」
「・・・・・・よろしくお願いします」
クリスが会釈すると、彼は自慢げに語り出して説明を始めた。
曰く、狐人族は個々人の魔力量に応じて獣化した際に尻尾が多くなっていくらしい。
一般と呼ばれる『野狐』は、一本の尻尾で淡い黄色の毛並み。
下位狐と呼ばれる『気狐』は、二本の尻尾で黄色の毛並み。
中位狐と呼ばれる『仙狐』は、三本の尻尾で濃い黄色の毛並み。
上位狐と呼ばれる『黒狐』は、四本の尻尾で黒い毛並み。
下位妖狐と呼ばれる『白狐』は、五本の尻尾で白い毛並み。
中位妖狐と呼ばれる『銀狐』は、六本の尻尾で銀色の毛並み。
上位妖狐と呼ばれる『金狐』は、七本の尻尾で金色の毛並み。
大妖狐と呼ばれる『八狐』は、八本の尻尾。
神狐と呼ばれる『九狐』は、九本の尻尾。
「まぁ、八狐と九狐は狐人族の中でも伝えられるのみで、その姿を見た者はほとんどおりませんがね。勿論、尻尾の数が多ければ多いほどその実力は推して知るべしです」
「なるほど。ご教授いただき、ありがとうございます」
クリスは合点がいったらしく、再び会釈した。
マルバスの言ったことは、エルバの情報を集めていた時、得たものと同じだ。
しかし、残念ながら、グランドーク家の中心人物達が獣化した際の情報は得られなかった。
この際、尋ねてみても良いかもしれない。
だがその時、ラガードとノアールの怒号が響いた。
「くそっ⁉ このぉおお!」
「は、はなしなさい!」
二人はエルバに握られた剣を動かそうと躍起になっていた。
それから間もなく、辺りに高く乾いた破裂音が響き渡る。
彼が剣を握り潰し、砕いたのだ。
「け、剣が・・・・・・⁉」
「ノアール、一旦下がろう!」
剣を無くした二人は、飛び退いて一旦距離を取る。
その様子に、エルバは「くくくっ」と喉を鳴らして彼等を見据えた。
「参考までに教えてやろう、俺が獣化した時の尻尾の数は『七本』だ。勿論、お前ら如きに全力を出すつもりはないがな。優しいねぇ、俺は・・・・・」
嘲笑するような物言いに、ラガードが眉間に皺を寄せて凄んだ。
「だからどうした。そんなこと・・・・・・やってみなくちゃわからないだろ!」
「そうです。尻尾の数なんて、ただの飾りに過ぎません!」
「くく。もう少し、楽しませてくれそうだな」
相槌打ち、エルバが口元を緩ませると、ラガードとノアールは同時に攻撃を仕掛けていった。
剣は折られてしまったので、二人は獣化で鋭くなった爪による爪撃や足技など体術を繰り出している。
だが、エルバは、彼等の攻撃を見切っているらしい。
避けるだけでなく、わざと受けたりして、意地悪く笑みを溢している。
彼等の動きを見ていて、一つ疑問が浮かぶ。
何故、最初の剣撃でエルバに損傷を与えられなかったのか? 今にしても、獣化で鋭くなったノアールとラガードの爪撃は、下手な剣より、よっぽど鋭利なはずだ。
「・・・・・・おそらく、身体属性強化の『金剛』と呼ばれる類いの技だろう」
僕の疑問を察したのか、父上が小声で呟いた。
「『金剛』・・・・・・ですか?」
思わず聞き返すと、父上は「あぁ」と頷き、エルバとノアール達の激しい動きを見つめながら教えてくれた。




