狐人族の確執
「ラガードにノアール。こんなところにどうしたの?」
訝しむように尋ねると、二人は思い詰めたような顔つきで頭を深く下げた。
「リッド様、御恩を仇でお返しすること・・・・・・どうかお許しください!」
「俺もです。お許しください!」
「えっと・・・・・・どういうこと?」
言動の意図がわからず困惑していると、二人は顔を上げるなりエルバの前に足を進めた。
「私の名は、ノアール!」
「俺は、ラガード!」
名乗りを上げると、ノアールはエルバをじろりと睨み付ける。
「エルバ・グランドーク。亡きグレアス様の仇、今ここで私たちは決闘を申し込みます。言っておきますが、これは私闘。従って、バルディア家の皆様は関係ありません」
「な⁉」
この場にいる皆が思わず目を丸くした。
二人がここ居ること自体、全く予定にないことだ。
その上、決闘を申し込むなんて、そんな馬鹿な話は誰からも何も聞いていない。
だけれど、エルバは何かを察したらしく「ほう」と相槌を打ち、ノアールを見据えた。
「叔父上縁の者か。ふふ、面白い」
「いくぞ!」
ノアールとラガードが構えた瞬間、「ちょっと待った!」と声を張り上げ、二人とエルバの間に割って入り制止する。
「ノアール、ラガード! どんな事情があるにしろ、君達はバルディア家に仕える騎士団の一員なんだ。従って、この場での『私闘』を僕は認めない」
「・・・・・・⁉ リッド様。この男・・・・・・エルバだけは許しておけないのです。どうか、止めないでください!」
「リッド様、どいてください!」
「駄目だ。君達がどう言おうと、ここで争えばバルディア家とグランドーク家の問題になるんだ。それが、わからないのか!」
興奮している彼等を抑えるため、声を荒らげた。
二人は「ぐ・・・・・・」と歯を食いしばっている。
少しは落ち着いたらしい。
それからすぐ、後ろに振り向いた。
「エルバ殿。どのような事情があるかは存じ上げません。しかし、私に仕える騎士が無礼を働いたこと、お詫びいたします。申し訳ありませんでした」
「リッド様⁉」
「そんな⁉」
深々と頭を下げると、ノアールとラガードの驚愕した声が聞こえる。
顔を上げると、エルバは首を軽く横に振った。
「いやいや、お詫びしなければならないのはこちらの方だ。なにせ、これは『俺の不始末』だからな」
「・・・・・・どういうことでしょうか」
眉を顰めて尋ねると、彼はノアールとラガードに再び目をやった。
「数年前のことだ。父の弟でありながら造反を企てた男、『グレアス・グランドーク』。俺は奴をこの手で処刑した。そして、叔父に協力した者は俺の指示の下、一族郎党根絶やしにしたのさ。それなのに、生き残りがいたとはな。俺も、まだまだ甘いらしい」
「何が造反だ。グレアス様は、軍拡で苦しむ狐人族の民を救うために止むなく立ち上がったんだぞ!」
ラガードが咄嗟に怒号を発するが、エルバは鼻を鳴らした。
「下らん。何を言おうが『造反』したのが事実だ」
「エルバ・・・・・・あなたと言う人は・・・・・・⁉」
ノアールがさらに怨めしそう睨み付ける。
「しかし、造反した叔父上縁の者となれば、俺も放っておくことはできん。これは、グランドーク家の問題だからなぁ」
エルバはそう言うと、口元をにやりと緩めた。
「良いだろう。先程、お前達が言った『私闘』を受けてやる。どのような結果であれ、バルディア家は関係ない」
「な・・・・・・⁉ そんな勝手こと、こっちは認められないぞ!」
すぐに声を荒らげて拒否するが、彼の隣に居たマルバスが前に出る。
「認める、認めない、ではありません。我等からすれば、そこの二人は極刑となるはずだった造反者の生き残りです。つまり、我が狐人族の中では、極刑に値する重犯罪者なのですよ。それを庇い立てするということが、どういうことなのか。説明するまでもありませんよねぇ?」
「ぐ・・・・・・」
他国で極刑となるはずの重犯罪者を公に庇うとなると、大変な政治問題に発展するだろう。
その上、バルディア家とグランドーク家は会談が決裂したばかりだ。
「それとも・・・・・・まさか、重犯罪者を庇い立てする理由があるのでしょうかねぇ? 例えば、数年前の我が領地で叔父上が起こした造反事件。その裏に、バルディア家が絡んでいた・・・・・・とか」
「な⁉ そんなわけ・・・・・・」
あまりに挑発的で無礼な言動に声を上げようとした瞬間、辺りの空気がまるで体全体を押しつぶすように重くなる。
ハッとして振り向くと、父上からとんでもない圧が発せられていた。
「マルバス殿。黙って聞いていれば、随分な物言いだ。それは、当家に対する侮辱であろう。それとも、我等を逆撫でして一戦交えたいとでも言うつもりか?」
「う・・・・・・と、とんでもないことでございます。失言でした。何卒お許しください」
父上に睨まれた彼は、戦いて後ずさりすると頭を深く下げた。
しかし、エルバは戦くどころか、むしろ楽しそうに笑っている。
「その迫力。さすが、帝国の剣と言われるだけのことはありますな。しかし、先程申し上げた通り、その二人をみすみす見逃す訳にはいきません。弟の言うとおり、我が部族では極刑に値する者ですからな」
「・・・・・・私闘を認めろ。そう言いたいわけだな?」
「ふふ。ライナー殿は話が早くて助かります。それに、二人はやる気満々のようですからな」
エルバは、ノアールとラガードを嘗めるように見つめて挑発する。
「・・・・・・⁉ ライナー様、リッド様! どうか、私闘をお認めください!」
「お願いします!」
二人が必死の形相で行う懇願に、「はぁ」と父上が深いため息を吐いた。
「わかった。私闘を認めよう」
「父上!」
思わず止めに入るが、父上はこちらを見て首を小さく横に振った。
次いで、視線をエルバに向ける。
「だが、場所は変えるぞ。エルバ殿もそれで良いな?」
「えぇ、構いませんよ」
こうして、エルバ対ノアールとラガードの私闘が急遽行われることになってしまった。
それから間もなく、私闘を行う場所に移動を開始する。
道中、僕は父上の側に行き小声で尋ねた。
「父上。どうして、私闘をお認めになったのですか!」
「・・・・・・どちらも引かない以上、私闘を一度認めるしかない。その上で、新たな落とし所を見つけるしかなかろう」
「それは、そうかもしれませんけど・・・・・・でも、エルバは次の獣王に一番近いと言われている人物なんですよ? とてもあの二人が太刀打ちできるとは思えません」
確かに、あの状況であればやむを得ない判断だったのかもしれない。
エルバ達は挑発を続けただろうし、ノアールとラガードも引き下がらなかっただろう。
だけれど、エルバという男の言動には底知れぬ悪意しか感じなかった。
奴が、まともな私闘をするわけがない。
そんな不安と確信が胸の中で渦巻いていた。
「万が一の時は飛び込んででも二人のことは僕が守りますからね!」
「・・・・・・私もそのつもりだ。二人はバルディアの民であり、騎士団の一員だからな。だから、お前は決して無茶をするなよ」
心配する父上に、僕は返事をしなかった。




