バルディア家とグランドーク家、それぞれの思惑
狐人族のグランドーク家には襲撃事件後。
父上が彼等に送付した親書は、大まかにまとめると四点の内容に分けられる。
『一つ目、狐人族で構成された所属不明の集団により、バルディア領内の工房を襲撃されたこと。
二つ目、襲撃犯の一団がバルディア領の国境を越え、狐人族の領地に逃走したこと。
三つ目、今回の襲撃による工房の被害は少なく、また襲撃犯達によって拉致された技術者はバルディア騎士団の対応で奪還できたこと。
四つ目、前記の通り、狐人族で構成された集団によるバルディア領の襲撃に加え、犯人達がバルディア領の技術者拉致を企て狐人族の領地に逃走しようとした事実。
これらは、グランドーク家とバルディア家だけの問題に止まらず、獣人国ズベーラとマグノリア帝国の関係悪化に繋がりかねない重大な事案である。
従って、バルディア家として襲撃事件の全容解明にグランドーク家の全面的な協力を求む』
まぁ、こんな感じだ。
しかし、残念ながら彼等の返事は敵対的に近いものだった。
『バルディア領で起きた工房襲撃事件について、まずは心よりお見舞い申し上げよう。
しかし、我等狐人族に犯人がいるという決めつけは甚だ遺憾である。
グランドーク家として、そのような者達が領内に逃げ込んだという情報はなく、襲撃事件の全容解明に協力できるようなことはない。
証拠もなく両家両国の関係悪化という物言いは、ある種の脅しや挑発とも取れる発言であり大変軽率だ。
付け加えるなら近年、獣人国内の各所において子供の行方不明者が多数出ており、その子供達の所在がマグノリア帝国のバルディア領という情報がある。
事実であれば、これこそが両家両国の関係を悪化させる原因となるだろう。
従って、バルディア家は速やかなる情報開示。もしくは、当家との会談に応じるべきである』
グランドーク家はこちらの言い分を一切認めず脅しや挑発と受け取り、むしろバルディア家が保護している獣人族の子達が両家両国の関係悪化になり得る、と主張してきたのである。
僕と父上は、この内容については憤りをさすがに覚えたけれど、政治と交渉は感情的になれば負けだ。
だからこそ、あえて彼等をバルディア領に招いて会談の場を設けた。
勿論、勝算を持った上だ。
バルスト経由で獣人族の子供達を購入する際、いずれ今回のような因縁を付けられることは想定している。
そのため、クリスティ商会のクリス達とは、獣人族の子達を購入した正当性を主張できる経緯と資料を準備していた。
まず、経緯はこうだ。
クリスティ商会でクリスを支える猫人族のエマ。
彼女がバルストで獣人族の子供達が奴隷として販売される情報を得たことが『切っ掛け』だ。
同族の奴隷販売に胸を痛めたエマは、自身が所属する商会の代表のクリスこと、クリスティ・サフロンに「何とかできないだろうか?」と助力を求める。
その際、クリスはバルディア家から人員募集の相談を受けていたことを思い出して、依頼されていた人員募集と奴隷販売を絡めることで、獣人族の子達を救えないか? と考えた。
しかし、マグノリア帝国では奴隷は禁止されている。
そこで、クリスは商売の経験から一計を案じた。
まず手始めに、バルストで奴隷販売された獣人族の子供達をクリスティ商会がまとめて購入。
次いで、『保護』という名目で子供達をバルディア家が身分を保障、領民として受け入れる。
また、奴隷購入に掛かった費用は元々依頼していた『人員募集』の報酬として、バルディア家がクリスティ商会に支払う。
そして、『保護』に掛かった費用をバルディア家は頭数で平等に分配、子供達に貸し付けた。
ちなみに貸し付けた金額の中には、子供達の今後に必要な教育に掛かる費用も含まれている。
つまり、表向きはクリスティ商会が今回のことを立案。
バルディア家が『人道支援』として協力したというわけだ。
本当の立案者は僕と父上だけれど、対外的には当分伏せておくべきだろう。
そして、用意した『資料』には、クリスティ商会がバルストと行った奴隷売買のやり取りの記載されている。
全ての取り引きが、各国の法律に沿った合法的なものであることを証明する資料というわけだ。
クリス、エマ、僕の三人は前もって用意していた以上の経緯と資料を用いて丁寧に説明をしていくけれど、狐人族のエルバとマルバスは反応はあまり良くない。
「・・・・・・以上の点から、当家では獣人族の子達を『奴隷』として扱っておりません」
僕が大体の説明を終えると、隣で補佐をしてくれたクリスが同意するように頷いた。
「恐れながら申し上げますと、子供達を引き渡した後、私は彼等の様子を時折確認しております。その際、子供達はいつも生き生きした表情を浮かべておりました」
「クリス様の仰せの通りです。同じ獣人族である私は、彼等と話すことも多々ありました。でも、皆揃ってバルディア領に来れて良かったと言っています」
エマが訴えかけるように補足すると、「ほう・・・・・・」とエルバが相槌を打つ。
猫人族である彼女の言葉が少しは響いたのだろうか? そんな相手ではないと分かってはいるけれど、淡い期待を胸に灯して再び口火を切る。
「クリスティ商会を通じて子供達を各国の法律に従い『保護』した後、第二騎士団で働いてもらっているのは事実ですが、それはあくまで人道的支援の延長です。従いまして、グランドーク家の皆様が危惧しているようなことはありません。それ故、両国と両家の今後の関係を考えれば、お伝えした『襲撃事件』の全容解明にご協力いただきたく存じます」
説明を黙って聞いていたマルバスとエルバ。
やがて、マルバスが手元の資料からゆっくりと視線を父上に向けた。
「領主であるライナー殿も同様のお考えでしょうか?」
「勿論だ。リッドやクリス達がいま申し上げたように、当家は獣人族の子達を保護して領民としたまでのこと。貴殿達が危惧するようなことはありませんな」
「なるほど。そちらの主張は理解しました。兄上、如何ですか?」
マルバスの問いかけに、エルバは不敵に笑うと鼻を鳴らした。
「ふん、話にならんな。今の説明に加えこの資料も、そちらに都合良くまとめられたものに過ぎん。保護、人道支援、領民として受けれたなど・・・・・・どう言い繕っても、バルディア家が獣人国で行方不明者となった子供達を働かせているという事実に変わりはない。そもそも、借金の形に働かせるのは『奴隷』となんら変わりないではないか」
エルバはそう言うなり、手に持っていた資料を机の上に投げ捨てる。
彼の仕草はあまりに挑発的であり、室内の空気がピンと痛いほどに張り詰めていった。




