会談に向けて
先日、父上に届いた狐人族からの親書。
それには、部族長の嫡男エルバ・グランドークと次男マルバス・グランドークがバルディア領を訪問。
会談を行いたいと記載されていた。
狐人族の狙いが何にせよ、この機にはっきりさせる良い機会になる。
父上は、そう判断して狐人族の訪問と会談を承諾した親書を返送。
この件は、すぐにバルディア家に仕える皆に共有されて大騒ぎとなる。
特に第一、第二騎士団に所属する皆は襲撃事件の一件もあり、「ふてぶてしい事、この上ない!」と憤慨して抑えるのが大変だった。
怒ってくれることは、嬉しいことでもあるんだけれどね。
狐人族がどんなに怪しくて限りなく黒に近いとしても、犯人である証拠がないのが現状だ。
国も違う以上、これは政治的な戦いとなるだろう。
だからこそ、会談は狐人族の狙いを聞き出す有効な機会だと僕と父上は考えている。
また、最近のバルディアでは、狐人族の領地と接している砦と国境警備の他、領内の巡回強化を行った。
その為、第一騎士団の皆は以前よりも緊張感を持って任務に当たってくれている。
第二騎士団ではカーティスの指導の下、組織力や個々人の長所を伸ばす激しい訓練が始まった。
とはいえ、元軍人であるカーティスの訓練は想像以上に厳しく、獣人族の子達は必死に食らいついている。
皆の負けん気も相当なもので、カーティスの評価も高く、将来がとても楽しみだと太鼓判も押してくれた。
狐人族の訪問と会談に備えて様々な準備が進む日々が続く、そんなある日。
とある問題が発生してしまい、僕は頭を抱えていた。
「どうして、帝都に行けなくなったの⁉ 姫姉様や皆でいくの楽しみにしていたのに・・・・・・兄様も父上も大っ嫌いだもん!」
「ご、ごめんよ、メル」
本屋敷の自室にいる僕は、涙ぐみながら怒ったメルに両手で自身の胸を激しく叩かれている。
すると、側にいたファラが優しく諭すように「メルちゃん」と声をかけた。
「今回は残念でしたけど、また帝都に行く機会はきっとありますよ。だから、そんなに膨れないでください。ね?」
彼女の言葉に合わせるように、メルの足下で子猫姿のクッキーとビスケットが寄り添って喉を鳴らしている。
「うぅ・・・・・・でも、帝都に行ったことないのは、私だけなんだよ? だから、皆で行けるのをすっごく楽しみにしてたんだもん!」
メルはそう叫ぶと泣き出してしまい、僕たちは途方にくれてしまった。
実は、襲撃事件や狐人族の訪問と会談がなければ、メルの言うとおり、皆で帝都に行く予定を立てていたのだ。
母上は治療中だから、まだ長旅が難しくて行けないけれどね。
事の発端は、僕とファラが帝都での出来事を色々話した際、メルが「私も帝都に行ってみたい!」と強く言い出したことだ。
父上や母上にこの事を相談すると、メルに帝都を見せるのも良い勉強になるだろう、と了承してくれた。
そして、皆で帝都に行く計画を立てていたというわけだ。
それなのに、襲撃事件が発生。加えて、狐人族が近々訪問するという状況になり、帝都行きは延期となってしまったのだ。
結局、僕達の言葉でメルは泣き止むことはなく、母上の部屋に場所を移すことになった。
「あらあら。それは、残念ね」
「だって・・・・・・だって、皆で行くって約束したんだもん」
メルはベッドの上にいる母上の腕の中で泣きじゃくっている。
「ごめんね、メル。今回の件が無事に終わったら、今度こそ皆で帝都に行くって約束するよ」
「はい、私やアスナ一緒に帝都を見て回りましょう」
僕とファラの言葉に「うん・・・・・・」と泣きながら頷くメルを見て、母上がにこりと微笑んだ。
「そうね。それに体調が良くなってきているから、次の機会となれば私も一緒に行けるかも知れないわ」
「え、本当?」
メルがハッとして泣き止むと、母上は言葉を続けた。
「勿論、本当よ。皆のおかげで、少しずつベッドの上から起きて歩く練習も始めているの。だから、次は家族皆で帝都に遊びに行きましょう」
「うん! えへへ。母上、約束だよ」
「えぇ、約束ね」
母上とメルが小指で約束を交わすと、寄り添っていたクッキーとビスケットがメルの頬を伝う涙をペロリと舐める。
その様子を見て皆が安堵したその時、部屋のドアがノックされた。
僕が返事をして間もなく、「・・・・・・私だ」と思いがけない人物の声に少し驚きながらドアを開ける。
「父上、どうされたのですか?」
「いやなに、メルが泣いていると耳にしたものでな」
頬を掻きながら、少し決まりの悪い顔を浮かべる父上。
その様子を見た母上が、「あらあら」と笑みを溢した。
「いま、そのことで帝都に皆で行く約束をしていたのよ」
「・・・・・・そうなのか、リッド?」
「はい。狐人族との一件で、近々帝都に行く予定が頓挫してしまいましたからね。それと今度行くときには、きっと母上も一緒に行けると思いますから」
「なるほど。そういうことか」
相槌を打った父上は、母上の腕の中で目を赤くしているメルの側に寄り添うと、咳払いをした。
「私も約束しよう。今起きている問題が落ち着いたら、皆で帝都に行こう」
「本当⁉ 父上、約束だからね!」
「あぁ、勿論だ」
そう言うと、父上はメルと小指を交わした。
「良かったわね、メル。でも、あなた。約束はちゃんと守らないと駄目ですからね」
「わかっているさ」
釘を刺すような母上の言葉に頷くと、父上はこちらに視線を向けた。
「それはそうと、リッド。お前にも少し話がある。執務室に良いか?」
「承知しました。じゃあ、僕は父上と先に失礼しますね」
「うん、兄様。また後でね」
メルを始め、部屋にいる皆に見送られて父上と一緒に退室すると、真っ直ぐ執務室に移動。
部屋に入ると、父上は執務机の上に置いてある『封筒』を手に取り、僕に差し出した。
「狐人族・・・・・・エルバ達と行う会談の日程が決まったぞ」
「畏まりました。いよいよですね、父上」
狐人族の狙いが何であれ、会談の場で失敗は許されない。
バルディアを守る為、ここが一つの正念場になることは間違いないだろう。
そう思いながら、父上から渡された封筒の中身に僕は目を通し始めるのであった。




