シュタインとレイモンド
「ほう……。なるほど、なるほど。そういう事か」
「……どういうことでしょう?」
意図がわからず首を傾げると、彼はそっと耳打ちをする。
「あの二人。おそらく、ディアナ殿に惚れましたな」
「……はぁ⁉」
思いがけない答えに目を瞬くと、傍に居たファラが「どうかされたんですか?」と尋ねてきた。
「え、あ、いや……」
どう説明するべきか、と悩んでいるとカーティスが小声で続けた。
「いやいや、大したことではありません。孫共が先程の一件で、どうやらディアナ殿に惚れたようでしてな」
「えぇ⁉ ほ、本当ですか!」
「……それは、私も少し気になりますね」
ファラとアスナの瞳に怪しげな光が宿っている。
ちなみに、ディアナの様子を窺うと営業スマイルと言った感じで二人と会話しているようだ。
まぁ、シュタインとレイモンドも来賓にはなるわけだから、彼女としては無下には出来ないのだろう。
さっきの『平手打ち』の一件は、二人の無礼という大義名分と彼女が僕の従者だから出来たことである。
彼女だけの立場で見れば、二人の方が身分も上だから対応に苦慮するのは当然だろう。
でも、ある疑問が生まれる。
「で、でもさ。仮に二人がディアナに好意を抱いたとしてだよ? なんで『平手打ち』をした相手を好きになるのさ?」
小声で問い掛けると、同じ疑問を抱いていたのか、アスナとファラもコクリと頷きカーティスを見つめた。
「ふふ。男のダークエルフに生まれた気性とも言うべきか。ダークエルフの男は、何故か自分の間違いを真っすぐに指摘してくれる女性に惹かれやすいようでしてな」
「そ、そんな気性があるんですか⁉」
国と文化が違えば、異性に対する認識も違うだろうけど、ダークエルフの男性が好む性格を意図せず知ることになり思わず聞き返してしまう。
しかし、彼は「はい、嘘は申しませぬ」と頷いた。
「まさに、ディアナ殿のような女性は、ダークエルフの男共にとっては理想の女性やもしれませぬな。いやはや、儂がもう少し若ければ、あの時の凛とした姿に一目惚れしたやもしれませんな」
「な、なるほど……」
呆気に取られながら相槌を打った時、ふと義理の兄の顔が脳裏に蘇る。
そう言えば、彼が『ティア』に惚れていた時、手紙で色々指摘をして嫌われようとしたけど、全部逆効果だったな。
あれは、そういうことだったのか。
すると間もなく、「で、でも……」とファラが小声で口火を切った。
「ディアナさんには、ルーベンスさんという『恋人』がいます。お二人には、諦めてもらった方が良いのではありませんか?」
「えぇ。確かに、その方が良いかと存じます」
彼女の言葉にアスナが頷くと、カーティスが顔を顰めた。
「む……。ディアナ殿はその相手とすでに『婚約』しておるのか?」
「い、いえ。それは、まだしていないと思います」
そう答えると、カーティスは小さく首を横に振った。
「ならば、あのまま放っておくのが良かろう」
「えぇ⁉」
僕達が一様に驚くと、彼はさも当然のように続けた。
「人族における女性の婚期というのは、とても重要と聞いております。それに、言い寄られたとしても決めるのはディアナ殿ですからな。我等が口を出す事ではないでしょう。人の恋路を邪魔すると馬に蹴られるとも申しますからな」
確かに、彼の言う事にも一理ある。
それに、ディアナがルーベンス以外の誰かに靡くこともないだろうからね。
彼等のことはカーティスの言う通り、成り行きを見守るに留めるべきかな。
「わかった。この件は、彼等に任せてみよう」
「……⁉ リッド様、よろしいのですか」
ファラはどこか不安げでこちらを見つめている。
だけど、僕は小さく首を横に振った。
「今回はカーティスの言う通り、決めるのはディアナだと思うんだ。勿論、助けを求められた時は、すぐに出るつもりだよ」
「わかりました。リッド様がそう仰るなら……でも、ルーベンスさんにはお伝えした方が良いのではありませんか?」
「うーん、そうかもね。じゃあ、ルーベンスには僕から伝えておくよ」
そう答えた時、ディアナ達がこちらにやってきた。
彼女の顔は少し疲れている。
「リッド様。皆様で何をお話しされていたのですか?」
「この施設について、カーティスの質問に答えていただけだよ。ね?」
「えぇ。このような施設はレナルーテには……いや、大陸中探してもここだけでしょうからな」
彼は相槌を打つと、目尻を下げる。
彼女は怪訝な眼差しをこちらに向けるが、問い詰めても無駄だと思ったのか「はぁ……。承知しました」と頷くのであった。
宿舎内の案内が一通り終わると、執務室に移動する。
部屋に入ると、僕の代わりに事務作業を進めてくれていたカペラが出迎えてくれて会釈した。
「リッド様、皆様。ようこそいらっしゃいました」
そう言って彼が顔を上げると、カーティスが「おぉ⁉」と声を上げた。
「お主は……確かカペラだったな。以前は、ザックのところに居っただろう? 近頃見かけぬと思ったら、リッド殿に仕えておったのだな」
「はい、お久しぶりでございます。カーティス様」
「あれ。二人は知り合いだったの?」
首を傾げて尋ねると、カーティスは首を軽く横に振った。
「いえいえ、ザックとは腐れ縁が少々ございましてな。その時に何度か顔を合わせておるのです。こうして、話すのは初めてだな。よろしく頼むぞ」
カーティスは手を差し出すと、カペラは頭を下げてその手を握った。
そして、皆が席に着くと改めて第二騎士団の状況を僕とカペラで説明する。
粗方話し終えると、カーティス達は「うーむ」と感心した様子で唸った。
「武具と技術開発の工房、四人一組の四小隊からなる航空隊、一分隊八人編成による陸上隊が八分隊。加えて特務機関か……。いやはや、末恐ろしいものだ」
「祖父上の仰る通りです。それに、航空隊で得た情報が騎士団に即共有できるというのは驚異的です。この仕組みが世に出れば、今までの戦い方が全て過去のものになるでしょう」
「……このような先進的な仕組み、聞いた事も考えたこともありません。我等は『井の中の蛙』だったのですね。目から鱗が落ちた気分でございます」
シュタインとレイモンドも何やら衝撃を受けたらしく、当初の鼻持ちならない自信満々だった様子が嘘のようにしおらしくなっている。
まぁ、二人の場合はディアナの平手打ちによる手打ちも効いているんだろうけどね。
すると、カーティスがカペラを意味深に一瞥する。




