カーティスの提案
「いやなに、儂がリッド様に協力するのであれば、ランマーク家とバルディア家の縁も強くするべきと、オルトロスが申してな。それに陛下が乗っかったのよ」
「……縁を強くするですか?」
顔を顰めると、彼は「左様」と頷く。
「言うてしまえば、将来的にアスナをリッド様の側室にということですな」
「えぇ⁉」と目を丸くするファラ。
そして、「はぁ……」とアスナが深いため息を吐いて首を横に振った。
レナルーテで明確に伝えたのに、御父様も懲りないな……と内心、イラっとしてしまう。
勿論、アスナやカーティスに対してではない。
ここぞとばかりに、付け込んできたオルトロスとエリアス王に対してだ。
すると、カーティスがまた豪快に笑い出す。
「まぁまぁ、リッド様。この件に関しては、先程お伝えした通り『丁重に断られた』ということにしておきます故、ご案じめさるな」
「ご配慮、感謝いたします」
そう言って一礼すると、隣で何やらしゅんとしているファラの頭をポンポンと撫でた。
「大丈夫。僕はファラ以外の人には興味ないからさ」
「へ⁉ あ、ありがとうございます」
彼女がハッとして顔を赤らめると、そのやり取りにカーティスが目尻を下げる。
「お二人は仲睦まじいようでよろしいですな」
「えっと、その……」
ファラが頬を赤く染めて困惑していると、彼は言葉を続けた。
「姫様、陛下は為政者でございます。故に、バルディアとの縁を少しでも強くしようとするのは当然のこと。姫様はそのお役目を立派に果たしております。そんなに気にする必要はありません」
「そ、そうでしょうか?」と彼女が首を傾げると、彼は頷く。
「えぇ、左様ですとも。儂はそのようなやり取りが好きではありませんのでな。こうして、此処におるのです。まぁ、それでも気になるようでしたら、ファラ様を如何に大切にしているか……リッド様が陛下に一筆書いて送るのがよろしいでしょう」
カーティスは、こちらに含みのある眼差しを向ける。
「へ……?」
呆気に取られていると、この場にいる皆の視線が僕に集まった。
次いで、アスナがわざとらしく咳払いをして頷く。
「それは良いお考えと存じます。リッド様直筆の手紙を一筆書けば、陛下も改めてご安心されることでしょう。きっと、今後はこのようなお話も無くなるはずでございます」
「な……⁉」と顔が急激に熱くなるのを自覚した。
二人が云わんとしていることはわかる。
でも、それはつまり、惚気をこれでもかというほど書いた内容の手紙になるだろう。
住む国が違うとはいえ、義理父にそんな手紙を書くのは羞恥心に悶えるというか、精神的な損傷を負いそうだ。
ふとファラを横目で見ると、何やら期待に満ちた眼差しをこちらに向けていた。
あ、これは、外堀が埋まっているやつだ……と観念して、前を向くと、カーティスが何やら満足気に笑っていることに気付いてハッとした。
「なるほど……。これが、最初から御父様の狙いだったんですね」
「はて、何の事でしょう?」
カーティスは笑顔で白を切った。
協力する代わりにアスナとの縁談を切り出しておきながら、本命はエリアス王を納得させるような『手紙』を僕に書かせることだったのだろう。
何度も言っている事なのに、今更になって書面にさせるとはどういう魂胆だろうか? 思わず顔を顰めると、彼は「ふふ」と吹き出した。
「いや何、陛下はバルディア家との話し合いでは、色々と後手に回っているようですからな。ちょっとした悪戯心でしょう」
「む……だとしても、少し大人気ないですね。でも、わかりました。今後、このようなことが無いようにお父様には僕から手紙を書きます」
「ご配慮、感謝いたします」
カーティスはそう言うと、ペコリと頭を下げた。
こうして、彼の協力を確約すると第二騎士団の面々を紹介する為に、場所を移動する。
ちなみに後日、エリアス王に向けた『手紙』を執筆する際、僕は羞恥心で悶絶することになるんだけど、それはまた別のお話。
◇
「ほう……。これはまた随分と立派な施設ですなぁ。おそらく、どの国の騎士達も見たらさぞ羨むでしょうな」
「えぇ、祖父上の言う通りです。野外だけでなく、屋内訓練場まで施設に備えられているとは驚きです」
「兄上、それだけではありません。一階には男女別の温泉に加えて、食堂やリネン室。二階と三階には個人が勉強をする為の図書室まで完備しているそうですよ」
カーティス、シュタイン、レイモンドに第二騎士団が過ごしている宿舎を案内すると、三人は目を見張ってあちこちを見回した。
考えてみれば、来賓をここに案内するのは彼等が初めてだったかもしれないな。
なお、二階は男の子達が過ごす階となっており、三階は女の子達が過ごす階となっている。
それぞれの階で勉強や読書ができるような造りになっているわけだ。
男の子と女の子で読む本も多少かわるだろうからね。
消灯時間を過ぎるまで、二階と三階にある図書室は宿舎で過ごす子達は自由に行き来できるようにしているから、不自由もない。
やがて、カーティスが「ふむ……」と首を捻った。
「しかし、リッド様直属の騎士団とはいえ、ここまでの施設を用意する必要があったのですかな?」
「はい、勿論です。此処で過ごす事自体が第二騎士団の誇りであり、個々の自尊心と責任感を養うことに繋がっております。それに、衣食足りて礼節を知る……という言葉もあります故、この施設建造に当たり妥協は一切しておりません」
そう答えると、シュタインとレイモンドは首を捻るが、カーティスは合点がいった様子で頷いた。
「成程。どのような賢人であれ、貧すれば鈍する。と申しますからな。騎士としての文武だけなく、心構えを造る為の施設も兼ねているからこそ……というわけですか」
「はい。その通りです」と目を細めて頷いた。
この宿舎には、彼の言う通り文武だけではなく騎士としての心構えを育む役割もある。
規則正しい生活もその一つだ。
加えて日々行われる勉強、訓練、第二騎士団としての多岐に渡る活動は決して楽なものじゃない。
此処での生活は一見すると良いものに見えるかもしれないけれど、その分だけ皆に求めることも、責任も大きくなるのは当然だろう。
そもそも、『騎士』という職自体が前世で言うところの『エリート』でもある。
第二騎士団の過ごす宿舎は、いずれバルディアに魔法や文武を広める教育機関の走りだ。
でも、だからこそ最初はとことん上を追求する。
そして、少し緩和した内容に練り直して領民に施す。
そうなれば、数年後のバルディアは著しく発展を遂げることができるだろう。
その点について、簡単に説明しながら宿舎を案内するとカーティスは顎を擦りながら唸った。
「うーむ。リッド様は『型破りな神童』と聞いておりましたが……ここまでとは。いえ、そのお考えはもはや先進的と言った方がよろしいかもしれませんな」
「ありがとうございます。僕も『型破りな神童』よりは、先進的と言ってもらった方が受け取りやすくて良いですね」
そう答えると、彼は肩を竦めてやれやれと首を横に振った。
「ふむ。陛下やザック。息子のオルトロスが後手後手になるのもわかる気がしますな」
「あはは。それは褒め言葉として受け取っておきますね」
思わず吹き出したその時、とある光景が目に入り「ところで……」と話頭を転じた。
「シュタインとレイモンドのお二人は、ディアナに良く話しかけているみたいですけど。先程の件が尾を引いているんでしょうか?」
「うん? はて、そんな感じはしませんでしたがな」
そう言って、カーティスがディアナに色々と話しかけている二人を見つめると、程なくしてニヤリと口元を緩めた。




