メイド再び
「どうしたの、ディアナ?」
僕が尋ねると、この場の視線が彼女に向けられる。
「恐れながら申し上げます。あの無礼なレナルーテの一件。お二人が関わっていたのであれば、このような謝罪では到底納得できません」
「な……⁉」とシュタインとレイモンドは目を見開いた。
「では、どうすれば良いと言うのだ。この場で土下座でもしろとでも言うつもりか⁉」
「兄上の言う通りです。我らは謝罪しました。その上、さらに恥をかけと⁉」
二人の発言に、カーティスは「はぁ……愚か者が」と呆れている。
確かに、今の発言は自分達が全く悪くないと言っているようなものだ。
心で思っていても、口に出してはいけない。
それに、あの言い方だと相手を余計に怒らせてしまう。
すると、ディアナはやれやれと首を横に振った。
「上辺だけの謝罪など、リッド様に対する無礼の上塗りでしょう。貴方達には、自らの行いに対する反省が足りていないと申し上げているのです」
「ぐぅ……」
彼女の鋭い指摘に、二人は顔を顰めている。
言うなぁ、ディアナ。
感心していると、彼女は僕とカーティスに振り向いた。
「リッド様、カーティス様。私に彼等を修正する機会をこの場で与えて頂けないでしょうか?」
そう言うと、ディアナは右手を拳に変えて不敵に笑う。
その表情に思わず背筋がゾッとする。
しかし、カーティスは目を細めて頷いた。
「承知した。貴殿の申し出を受けよう」
「祖父上⁉」
「正気ですか⁉」
「はぁ。お前達は、自分の行いが過ちであったことを実感できておらん。この機に、その身を持って味わうのも良かろう」
カーティスは諭すように答えると、視線を僕に向けた。
「勝手ながら、それで手打ちとして先程の謝罪を受け入れてもらえんだろうか、リッド殿」
「わかりました。ディアナとカーティスがそれで、納得してくれるなら僕は大丈夫ですよ」
「おぉ、有難い。では、シュタイン、レイモンド。お前達もランマーク家の一員として覚悟を決めろ。そもそも、ノリスの小細工を手伝った時点で、お前達も断罪の危機にあったのだ。それをオルトロスが必死に嘆願した結果、今がある。己のした軽率な過ちを認めることが出来なければ、先はないぞ」
再び諭されると、シュタインは「はぁ……」と諦めたようにため息を吐いた。
「……承知しました。では、そのメイドの『修正』とやらを受けましょう。リッド殿、それで本当にこの一件は手打ちにして下さるのですね?」
「そうだね。僕はそれで構わないよ」
目を細めて頷くと、シュタインはニヤリと笑った。
あ、これは、ディアナのことをただのメイドだと舐めてるな。
そう察したけれど、僕はあえて何も言わない。
「リッド殿、ありがとうございます。では、ディアナ殿。如何様にもしてください」
シュタインはそう言うと、彼女の前に歩み出て後ろで手を組んだ。
すると、レイモンドがやれやれと肩を竦めて同じ姿勢で横に並ぶ。
「ほう、良い覚悟です。ところで……私に見覚えはありませんか?」
「なに? 貴殿のようなメイドは……」と言いかけたところで、シュタインがハッとする。
「ま、まさか、貴殿は御前試合の時に木刀を素手で圧し折った『暴力メイド』か⁉」
それこそ、失言だろう。
思わず心の中で突っ込んでしまった。
そして、ディアナはというと、目を細めたままに青筋を走らせている。
「本当に失礼な方々ですね。その減らず口ごと、性根を文字通り叩き直してやりましょう」
「ま、待て。早まるな⁉」
シュタインは自身の決断を後悔したらしく、慌てている。
まぁ、いくら罅の入った木刀だったとはいえ、両端を掴んで圧し折るディアナの拳が全力で向けられるともなれば、戦くのは当然かもしれない。
しかし、彼女は容赦なく彼を睨んだ。
「覚悟を決めたのでしょう? 殴って何故悪いのです。泣き喚けば、許してくれるとでもお思いですか。さぁ、歯を食いしばりなさい!」
「な……⁉」
その瞬間、部屋に途轍もなく痛そうな鈍い音が響き渡り、シュタインが壁に向かって吹っ飛んだ。
どうやら、拳ではなく平手打ちにしたらしい。
あまりの激しさに皆が呆気に取られる中、彼女の視線は残ったレイモンドに向けられる。
すると、彼は戦きたじろいだ。
「な、なな……。父上や兄上との稽古でも、あんなに強く打つことなんてありませんよ⁉」
「軟弱者! それが、甘ったれだと言うのです」
そう吐き捨てると、ディアナはレイモンドの頬にも容赦なく平手打ちを食らわせた。
その瞬間、再び部屋の中に鈍く激しい音が響き渡る。
そして、例のごとく彼は勢いよく吹っ飛んで、壁際で倒れているシュタインの体にぶつかった。
「ぐは⁉」
二人揃って呻き声を発するが、意識が飛んでいるようで目を回しているらしい。
ディアナは咳払いをすると、部屋の中にいる皆を見回して一礼する。
「……お粗末様でございました」




