カーティス・ランマーク
宿舎から本屋敷に戻り、来賓が案内された来賓室に入室すると、そこには初老だが鋭い眼光を持ったダークエルフの男性がソファーに腰かけている。
そして、彼の両隣には、二人の眉目秀麗で若いダークエルフが少し不服そうに立って控えていた。
初老のダークエルフは、僕達を見るとその場で立ち上がり、目尻を下げて豪快な声を響かせる。
「おぉ⁉ リッド殿。こうしてお会いするのは披露宴以来。お久しぶりでございますな」
「はい。カーティス殿も、この度は急な申し出を受けて頂き感謝いたします」
傍に近寄り手を差し出すと、彼はその手を力強く握って首を軽く横に振った。
「殿はいりませんぞ。『カーティス』で構いませぬ。それに、家督は息子のオルトロスに譲って隠居していた身上。おまけに口やかましいと、息子からは疎まれておりましたからな。まさに渡りに船でしたぞ」
カーティスはそう言うと、豪快に笑い始める。
そして、僕の隣に立っていたファラに目をやると畏まった。
「姫様もお変わりないようで、安心しましたぞ。エリアス陛下がファラ様にくれぐれもよろしくと。それから、エルティア様は王女の自覚を忘れることなきようにと仰せでしたぞ」
「ありがとう、カーティス。貴方もお元気そうで良かったです」
ファラが目を細めて答えると、カーティスはアスナに視線を向ける。
「久しぶりだな、アスナ。こちらでも剣術の稽古はちゃんとしているか?」
「勿論です、祖父上。むしろ、剣術だけではなく魔法もリッド様より学んでいる次第です」
「ほう、お前が魔法とな⁉ それは頼もしい限りだ。いずれ、ランマーク家は魔武両道で名を馳せるやもしれんな」
カーティスは目を見張ると、また豪快に笑い出す。
しかし、アスナは眉間に皺を寄せて彼の奥に立つ二人に目をやった。
「……ところで、祖父上。どうして、シュタイン兄上とレイモンド兄上が此処にいるのですか?」
「はは。そう言うな。これにも事情があるのだ。二人共、早く自己紹介をせぬか」
二人のダークエルフはそれぞれに一歩前に出ると、胸に手を当て会釈する。
「私は、オルトロス・ランマークの息子。長男のシュタイン・ランマークと申します」
「同じく、次男のレイモンド・ランマークでございます」
「なるほど。オルトロス殿のご子息だったんですね。リッド・バルディアです。改めて、よろしくお願いします」
二人に近寄り手を差し出した。
シュタインとレイモンドは、何やら少し後ろめたそうに「よろしくお願いします」と言ってその手を握り返す。
どうしたんだろう? 彼等とは初対面のはずだけど。
「実はな、リッド殿。この二人は、御前試合の時に『ノリス』から依頼を受けて色々と小細工をしておったのだ」
「小細工……?」
首を傾げると、レイモンドとシュタインは血相を変えて目を丸くした。
「な……⁉ 祖父上、わざわざここで言う必要はないでしょう!」
「兄上の言う通りです。これでは、恥の上塗りではありませんか!」
途端に狼狽する二人に、カーティスは鋭い眼光を光らせた。
「愚か者! そのような性根では、どのような職であろうと人の上に立つことはできん。何故、理解できぬ。人は必ず過ちを犯して失敗するものよ。しかし、過ちて改めざる、これを真の過ちというのだ」
呆然と三人のやり取りを見つめながら、小細工って何の事だろう? と頭を巡らせてハッとする。
「ひょっとして僕の木刀に罅を入れたり、悪い噂を流布したりしたことかな?」
問い掛けると、二人はギョッとして顔が真っ青になる。
まるでこの世の終わりのようだ。
すると、意気消沈した彼等の代わりにカーティスが頭を下げる。
「さようでございます。ご存じの通り主犯であるノリスは、すでに断罪されておりますが、この二人は関与が浅く、若いということで罪は問われておりません。しかし、リッド殿と直接お会いする機会を得た以上、謝罪させて頂くことが筋でございましょう。誠に勝手ながら、二人の謝罪を受け入れて頂けませぬか?」
「あぁー……そういう事ですね」
カーティスと彼等の言動から大体の事を察した。
以前、アスナがカーティスのことを『自由奔放で豪快過ぎる』と評してことがある。
それ故、オルトロスは息子達をお目付け役にした意図があるのだろう。
合わせて、カーティスの言うようにこの機に『性根』を直すというか、反省させる為にこの場に連れて来られたんだろうな。
でも、オルトロスの息子なら、有能そうにも見えるんだけど。
そう思って、二人の顔をチラリと一瞥すると、青ざめつつもどこか不満げだ。
その瞬間、悟った。
あ、有能なんだけど思い上がりと自信過剰で失敗する性格の人達だ……と。
その時、ふいに服の袖が引っ張られる。
「……どうしたの、ファラ?」
「リッド様。あの者達をどうか許して、更生する機会を与えて下さいませんか? アスナの兄であり、カーティスの孫であれば、才能自体が悪いわけではないと思うんです」
「うん、そうだね。それに、あの事件のおかげでノリス派を一掃できて、ファラとの話も結果的にまとまったからさ。ある種、二人には感謝してもいいかもね」
そう言って目を細めると、ファラは「ふふ、そうかもしれませんね」と忍び笑った。
「して、どうだろう、リッド殿。二人の謝罪を受け入れてくれるだろうか?」
「あ、待たせて申し訳ない、わかりました、では二人からの謝罪を受け入れます」
そう答えると、カーティスの顔がパァっと明るくなる。
「おぉ! 誠に有難い。ほら、二人共、さっさと謝罪せぬか」
彼に背中を押されるように、僕の前にやって来た二人はペコリと一礼する。
「その節は、誠に申し訳ありませんでした」
「同じく、申し訳ありませんでした」
やらされ感が満載だ。
でもまぁ、この手の人達の最初はこんなもんだろう。
苦笑しながら、その謝罪を受け入れようとしたその時、「少々、お待ちください」とディアナが凛とした声を響かせて二人の前に歩み出た。




