帝都からの手紙2
『リッド、元気にしているかしら? 私は、デイビッド皇子と何とかうまくやってるわよ……自信はないけど。
さて、そんなことより本題に移るわ。
最近、活躍が目覚ましいバルディア家に対して、帝国貴族達の妬み、やっかみによる風当たりが強くなっているの。
特に、獣人族の子供達を『保護』したと言いつつも実際は奴隷であり、これは違法ではないか? という主張が派閥問わずに出ているわ。
皇帝皇后の両陛下、ベルルッティ侯爵。
あと、私の父上がその主張を押えているみたい。
だけど、用心したほうが良いと思う。
何か嫌な感じがするのよね。
だから、この手紙を書いたの。
何があるかわからないから、気を付けてね。
ヴァレリ・エラセニーゼより』
「……これはきな臭いな」
帝都にいるヴァレリから、僕が寝ている間に届いた手紙。
その内容に目を通すと、自然と眉間に皺が寄る。
「どうかなさいましたか?」
険しい表情が気になったのか、ファラが小首を傾げている。
「うん、ちょっとね。これ、どう思う?」
そう言うと、手紙をファラに向かって差し出した。
「拝見いたします」
彼女は手紙を丁寧に受け取ると、おもむろに目を通し始める。
「良ければ、皆も読んで意見を聞かせてほしい」
ファラが手紙に目を通している中、執務室にいるディアナ、カペラ、アスナにも声をかける。
程なくしてファラが読み終わり、アスナ、ディアナ、カペラと手紙を回した。
一読すると、皆は揃って怪訝な面持ちを浮かべる。
「どう思う?」
ふいに問い掛けると、最初に反応したのは意外にもアスナだった。
「出る杭は打たれる。ということでしょうか? しかし、バルディアが獣人族の子供達を奴隷として扱っている事実はありません。それは、彼等を見れば一目瞭然でしょう。手紙にある通り、『妬み、やっかみの言いがかり』に過ぎないのではないでしょうか?」
「出る杭は打たれるか……確かにね。ディアナとファラはどうだい?」
尋ねると、彼女達は顔を見合せた。
そして、ファラが「うーん」と思案する。
「……私もアスナと同意見です。ですが、あえて違う意見を言うのであれば『主張が派閥問わずに出ている』というのが少し気になります。でも、バルディアは中立派と聞いていますから、そこまでおかしくもないかもしれませんけど」
「恐れながら、私もファラ様とアスナさんと同じ意見です。バルディアはリッド様の開発した化粧水とリンスから始まり、その活躍は目覚ましいものです。派閥問わずにやっかみや妬みが噴出するのはしょうがないかと」
「ふむ」とファラとディアナの意見に相槌を打つと、カペラに目をやった。
「元暗部として、君の意見はどうだい?」
「……そうですね。概ね、皆様と同じ意見ですが、ファラ様の仰った『主張が派閥問わず出ている』ということ。そして、もう一つ気になることがございます」
「時期……かな?」
そう答えると、彼はゆっくり頷いた。
すると、アスナが首を傾げる。
「リッド様。『時期』とはどういうことでしょうか?」
「そのままの意味さ。確かに、出る杭は打たれる。やっかみや妬みもあると思う。でも、バルディアが襲撃される前後に、帝都でその主張が出始めたとも考えられる。そういうことだよね、カペラ?」
確認するように問いかけると、彼は一礼する。
「はい、ご推察の通りでございます。派閥を問わずに主張が出ている理由は、発信の出処を特定させないためかと。あと、主張の賛同者をより多くしたいということでしょう。最悪の場合、今回のバルディア襲撃には帝国貴族が裏で関わっている可能性もあると存じます」
「な……⁉」
僕を除いた皆が、彼の言葉に目を見張った。
「カペラさん、それは本気で仰っているんですか?」
ディアナが険しい表情で問いかけるが、それには僕が答えた。
「ただの偶然かもしれないし、帝国貴族が襲撃に絡んでいる可能性もある。でも、物事は最悪を想定して動くべきだと思う」
「リッド様のご意見に賛同致します。詳細は言えませんが、私は暗部に所属していた時、今回と似たような動きを間近で見聞きしておりました。時期と状況が、暗部の動きに似ています。少なからず警戒はしておくべきでしょう」
カペラが補足するように実体験を混ぜた言葉に、皆は目を丸くする。
見方によっては、今回の襲撃と帝都の動きを無理やり紐づけているから、受け入れられなくてもしょうがないかもしれないな。
しかし、それから程なくするとファラが口火を切った。
「そう……ですね。これらをただの偶然で片付けてしまうより、警戒しておくべきです。何も無ければ、それはそれで良いでしょうから」
「ありがとう、ファラ。まぁ、いずれにせよ。これが偶然か必然かの答えは近いうちに出るはずさ」
「そう申しますと?」ディアナが首を傾げた。
「うん? あぁ、もうすぐ父上が今回の件で帝都に行くだろうからね。ここで話した事を父上に伝えておけば、きっと何かわかると思うんだ」
辺境であり、父上にある程度の裁量が認められているとはいえ、バルディアはあくまで帝国の領地だ。
それ故、外国籍と思われる部隊に領地が襲撃されたとあっては外交問題である。
近いうちに父上は帝都に立つだろう。
ふと、ヴァレリからの手紙の中にある『何か嫌な感じがする』という一文が目に留まる。
「……彼女の言う通り、何かとても嫌な感じがするね」
誰にも聞こえないような小声で呟くと、窓から外の景色を見つめた。
襲撃犯の頭目だった、クレア。
彼女は、自分より強い相手と僕がいずれ出会うと言っていた。
その相手は、もしかすると帝国貴族なのかもしれないな。
何にしても、誰が相手であろうと関係ない。
必ずバルディアと皆を守って見せる。
その為にも、まず僕自身も強くならないといけないね。
改めて、僕は今よりもずっと強くなる決意を固めた。




