新たな身体強化2
手合わせが終わると、父上は身体強化・弐式の仕組みについて説明を始めた。
通常の身体強化は、『魔力を全身に巡らせて体の動きと無意識に連動させている』ものだ。
無意識に連動させる。
そう言うと難しく感じるけど、魔力と武術をある程度使えるようになり、訓練すればその感覚は誰でも掴めるだろう。
その上で、父上の話は非常に興味深かった。
「無意識下で身体強化に使用されていた魔力量を自覚。そして、身体強化に使う魔力量を強制的に増やして身体強化の出力を上昇させる……ということですか?」
確認するように聞き返すと、父上はゆっくりと頷いた。
「そうだ。身体強化を使い慣れていない者は、どの程度の魔力量を使われているかまで自覚する余裕はない。従って、まずは体の動きと魔力を連動させることを優先する。身体強化・弐式はその先にあるものだからな」
「……興味深いですね」と口元を手で覆い思案する。
言われてみれば、身体強化の魔力消費量を明確に自覚したことがない。
使用している感覚が全くないわけじゃないけど、そんなに気にした事はなかったな。
すると、父上が表情を少し崩した。
「まぁ、言うは易く行うは難しだがな。身体強化を使えるだけで満足して、その先にある『弐式』の存在を知らない者も多い。だが、お前は違う。弐式を使いこなせるようになってみせろ」
「わかりました。では、早速ご教授願います!」
その言葉にハッとして身を乗り出すが、父上は首を軽く横に振った。
「焦るな。まだ話は終わっておらん」
「あ、申し訳ありません」
父上はそう言うと、次いで身体強化・弐式の短所について教えてくれた。
身体強化・弐式は使用する魔力量を任意に増やして効果を上げるものであり、当然ながら通常の身体強化より使用する魔力量が大幅に増加する。
つまり、弐式は身体能力が大幅に向上するけど、魔力燃費は悪いということだ。
「それにだ。身体強化に使われる魔力に、お前の小さな体でどこまで耐えられるかという問題もある」
「えっと、それはどういう事でしょうか?」
体が耐えられるか。
という聞いた事のない話に首を傾げると、父上はやれやれと肩を竦めた。
「やはり、気付いておらんか。身体強化は魔力を体に巡らせる分、術者の体にかかる負担は相当なものだ。身体強化の発動に武術を学ぶ必要があるのは、体と魔力の連動を行う前準備でもあるが、魔力に耐えきる体づくりの意図もある」
「なるほど……」
相槌を打つと共に、話を聞き思い当たる節があった。
初めて身体強化を使えるようになった時と比べると、今の方が使用後はかなり楽になっている。
武術や魔法の扱いが当時より上手くなったことも関係しているとは思うけど、僕自身の体の成長も関係していたのだろう。
「弐式は大人でも相当の負担を感じるのだ。お前の年齢かつ体で扱うとなれば、負担はそれ以上となるだろう。その点を理解して訓練に望め。いいな?」
「はい、畏まりました!」
そう言って頷くと、父上は嬉しそうに口元を緩めた。
そして、身体強化・弐式の訓練がいよいよ開始されることになる。
当初はどんな厳しい訓練かと緊張していたけれど、内容は意外と地味だった。
「身体強化を発動しながら瞑想……ですか?」
想像していた訓練と違い首を傾げると、父上は「うむ」と相槌を打った。
「身体強化を発動している時は、体を激しく動かしていることがほとんどだからな。どうしても術者自身や相手に意識が集中してしまい、消費する魔力量を自覚する機会はない。故に、こうして自覚する為だけの時間を別途に作る必要があるわけだ」
「な、なるほど。ひたすらに父上やディアナ達と訓練するわけではないんですね」
「当たり前だ。それだと、魔力の消費量に自覚する暇がない。いつまでも弐式が使えんぞ」
こうして、身体強化を発動した僕は坐禅を組み瞑想を行い自身の中にある魔力の流れを探っていく。
だが、すぐに「あれ……」と首を傾げた。
「どうした?」と父上が怪訝な表情を浮かべる。
「い、いえ。身体強化が途切れてしまって……」
すると、父上はニヤリと笑った。
「そうだろうな。今まで無自覚に行っていた事を、自覚して任意に行えるようにするのだ。事はそう簡単ではないぞ」
「あ……そういうことですね」
やっている事は地味だけど、ある意味では父上やディアナ達とする訓練の方が楽かもしれないな。
そう思いながら、訓練を再開する。
それから半日以上の時間が経過して、ようやく身体強化を発動しながら消費する魔力を感知できるようになってきた。
「く……」
「よし。感知できたようだな。その身体強化に消費されている魔力の流れに、意図的に魔力を流し込め」
「はい……承知しました」
額に汗を流しつつ、さらに集中する。
そして、父上の言われた通り、その流れに魔力を流し込んだ。
しかし、すぐに身体強化の感覚が途切れそうになる。
「焦るな、集中だ」
父上がそう言って僕の額に指を優しく添えると、不思議と切れそうになった身体強化の感覚を取り戻せた。
深呼吸を行い、「……はい」と頷き再び魔力を流し込む。
その瞬間、今までとは違う段違いの魔力が体を巡り始めたの感じた。
同時に僕を中心に辺りに魔力波が吹き荒れる。
「うむ。どうやら発動は出来たようだな」
父上は確認するように言うと、僕の額に添えていた指を下ろした。
「はい。何とかできたみたい……です」
組んでいた坐禅を解いてゆっくりその場に立ち上がるけど、今までとは全く違う魔力消費量の多さにすぐに息が上がり始める。
「今のお前は、魔力が溜まっている器から大量に止めどなく魔力が流れ消費されている。通常はそうならないよう、術者は無意識に制限を掛けているのだ。故に、通常の身体強化の魔力量は消費量が少ない。しかしその分、出力も限られているわけだな」
「そういう……ことですね……ぐっ」
身体強化・弐式を維持するのにやっとで、返事をすると感覚が崩れて思わず片膝を突いた。
父上は再び僕の額に指を添える。
「初めての身体強化・弐式でここまで出来るだけでも上等だ。次は、止めどなく流れる魔力を調整しろ。焦るな、これも集中だ」
「は、はい……」
片膝を突いたまま目を瞑り、再び自分の体を巡る魔力に集中する。
そして、魔力の流れを遡りその出所を見つけ出した。
「これを調整すれば……」
そう呟いた時、頭の中に突然と声が響いた。
(やぁ、リッド。苦労しているみたいだね)
(……メモリー⁉ 急にどうしたんだい? でもご覧の通り、今は取り込み中なんだけど)
必死に魔力量を調整しながら答えると、彼は楽し気に言った。
(わかってる、だからこうして声を掛けたのさ。君の魔力量は人並み外れて多いんだよ。多分ね)
(そう言ってくれるのは嬉しいけど……それがどうしたんだい?)
(つまりね。君の魔力量が多すぎるが故に、父上の教えてくれた『身体強化・弐式』を君一人の力だけで調整するのが難しいって話さ)
メモリーの言葉にムッとすると、強めの口調で答えた。
(言ってくれるね。でも、やってみなくちゃわからないだろ?)
(ふふ、君ならそう言うと思ったよ。でもね、君の中には幸い『僕』がいるのさ。僕は君の記憶の化身だけど、君の中に流れる魔力でもあるんだよ。だから、君は僕にお願いすればいい。魔力量を調整してほしいってね)
(……⁉ 本当にそんなことが可能なのかい?)
思いがけない提案に驚きながら聞き返すと、彼は自信満々の声を頭の中に響かせる。
(勿論さ。君が成長すれば、いずれ僕の制御する力も必要なくなるかもしれないけどね。だけど、今は『僕』に頼った方が良い。君の中に眠る魔力を下手に放出すると、以前のように『器』自体が崩壊しかねないからね)
器の崩壊。
それはつまり、自身の魔力によって僕が壊れてしまうということだろう。
襲い来る悪意に立ち向かう力は欲しいけど、自身の魔力に呑まれてしまっては本末転倒だ。
意を決すると、彼に向かって言った。
(わかった、メモリー。君にも手伝ってほしい!)
(うん。改めてよろしくね、リッド)
(それで、この後はどうすればいい。そろそろ限界なんだけど……⁉)




