新たな身体強化
「そうだ。お前が扱っている身体強化は、一番初歩的なものに過ぎん」
「身体強化が初歩的ですか?」
新たな魔法に胸を躍らせながら小首を傾げると、父上は「うむ」と相槌を打った。
「良い機会だ。身体強化とその先にある『身体強化・弐式』について教えてやろう」
「はい! 是非ともお願い致します」
魔法は色々研究していたけれど、身体強化にその先があるなんて考えもしていなかったから目から鱗が落ちた感じだ。
鼻息を荒くして身を乗り出すと、父上は「やれやれ」と肩を竦めた。
おさらいしておくと、身体強化を扱える最低条件は次の通りだ。
①魔力変換が扱えること。
②一定以上の武術を扱えること。
①と②が揃った後は、体の動きに魔力が連動していく感覚を掴まなくてはならない。
最初に身体強化を教えてくれたルーベンス曰く、「身体強化は魔力を考えるより感じろ」ということだった。
実際、身体強化を使っている時は全身に魔力が行き渡り巡っているのを感じるから、その通りだろう。
感覚さえ掴めば、身体強化はさほど難しくはないけれど発動中は魔力を常時消費するので注意が必要だ。
尤も、僕の場合は魔力量が多いおかげか、身体強化による魔力切れを起こすことはほとんどないけどね。
それから程なくすると、父上はおもむろに説明を始めていく。
「身体強化は、魔力を体に巡らせ身体能力を向上させる魔法だ。しかし、その際に常時消費される魔力量は個人差はあれど、ある程度は一定だと言われている。これは、お前も感覚的に理解できるだろう?」
「そう……ですね。言われてみれば、身体強化を発動している時に消費している魔力量が急激に増えたり、減ったような感覚はありません。あ、でも、強い感情に魔力が呼応したようなことはあります」
「ほう。それを感じたことがあるのなら話が早い」
「え?」
感心したような素振りを見つつ、父上は話しを進めていく。
「魔力の源は術者の生命力だ。術者の感情が高ぶりによって本来以上に生命力が引き出され、身体強化に使用される魔力が一時的に増加することがある。そして、術者の強い想いに答えるように、身体をさらに強化するのだ」
「なるほど。過去に感じたことのある『強い感情に魔力が呼応した感覚』はまさにそれだったということですね?」
「そうだ。しかし、身体強化に慣れた術者は任意で消費する魔力を操ることも可能となる。こんな風にな……」
そう言うと、何かが弾ける音と共に父上を中心に軽い魔力波が巻き起こった。
「うわ⁉」
予想外の魔力波に思わずその場で尻もちをついてしまうが、目の前に立つ父上の姿に目を丸くした。
父上の全身からまるで熱が揺らめくように知覚できるほどの魔力が漂っているのだ。
加えて、普段は後ろで纏められている父上の髪が解けていた。
先程、魔力波と一緒に聞こえた音は、父上の髪をまとめていた紐が身体強化・弐式の発動で弾けてしまったのだろう。
「す、すごい……」
息を呑むと、父上はニヤリと笑った。
「ふむ。見かけだけではわかりにくいだろう。リッド、木刀を構えろ」
「え⁉ は、はい!」
慌てて言われた通りに木刀を構えると、身体強化を発動して間合いを取る。
勝てる気は全然しないけど、身体強化・弐式を扱った父上の実力を見れることに胸が躍っていた。
「よし。最初から全力で好きなように挑んで来い」
「承知しました。その胸、お借りします!」
そう言うが早いか、即座に全十魔槍大車輪を無詠唱で発動して不意を突くと、父上は瞬時に回避行動を取った。
だけど、それこそが狙いだ。
「父上、見えてますよ。火槍・弐式十六槍!」
火槍・弐式は視認している相手を追尾する小さめの魔槍を放つ魔法であり、十六槍はその数である。
先に放った大技であえて回避行動を取らせ、そこに追尾系の魔法を放つ。
次いで、距離を詰めていけばさすがに父上の手数が足りなくなるはずだ。
しかし、十六槍が父上を捕らえたと思った瞬間、魔槍はすべて父上を貫通する。
そして、父上の姿が消えてしまった。
「あ、あれ……?」
困惑した次の瞬間、首筋に木剣が添えられ背筋がゾッとする。
「リッド。そんなにはしゃいでどうしたのだ。私の残像でも見えたか?」
「あ、あはは……そうみたいですね」
いつもより凄んだ父上の声と身体強化・弐式で纏っている魔力の圧力……魔圧とでも言えばいいだろうか。
恐ろしい気配に全身から冷や汗が出ている。
最初の手合わせは、まだ食いついていける感じがあった。
だけど、身体強化と身体強化・弐式でここまでの差が出るなんて思いもしない。
圧倒的な実力差を前にして、最早笑うしかなかった。
(でも、簡単に諦めてたまるものか)
心の中で自分を鼓舞するように呟くと、首筋に当てられた木剣を木刀で払いながら振り向いた。
「ほう……さすが我が息子だ。そうでなくては面白くない」
「……まだ、始まったばかりです」
そして、悠然と構える父上に近接戦を挑む。
だが、結果は推して知るべしだ。
父上はその場を全く動かずこちらの太刀筋を読み切り、捌いていく。
時折、こちらの鼻先、首、胸と急所に木剣が何度も添えられた。
身体強化・弐式を発動した父上に勝てる気がせず、再び木剣が首筋に添えられた時、肩で息をしながら両手を上げた。
「はぁ……はぁ……父上、参りました。完敗です」
「そうか。だが、これだけの実力差を前にして奮い立つその心意気は天晴れだった。その気持ちを忘れるなよ」
父上は身体強化・弐式を解除したらしく、漂っていた魔圧の気配が消えた。
すると、遠巻きに見ていたディアナがこちらに歩み寄ってくる。
「ライナー様、こちらを」
彼女は、父上が後ろ髪をまとめていた紐をスッと差し出した。
僕達が立ち会っている間に拾ってくれていたのだろう。
「うむ。すまんな」
父上はその紐を受けると手早く後ろ髪をまとめ、いつもの髪型に戻った。
「さて、『身体強化・弐式』による身体能力向上はどう感じた?」
「……圧倒的と言わざるを得ませんでした」
普段以上に手も足も出ず悔し気に呟くと、父上は満足そうに頷いた。
「よし。それが実感できたのあれば、次はお前が『身体強化・弐式』を発動できるよう訓練を開始するぞ」
その言葉にハッとすると胸がときめき、思わず身を乗り出した。
「本当ですか⁉」
「最初に言ったであろうが、私から新しい魔法を授けるとな。では、早速訓練を始めるぞ」
「はい。よろしくお願いします!」
頭をペコリと下げて一礼すると、父上はやれやれと肩を竦めていた。




