襲撃事件の報告2
「ネルス達が捕らえたそのメイド。いきなり発火して焼身自殺をしたそうだ。その燃え方も激しく、遺体から種族を特定することすら困難だった。ここまで徹底していることに加え、お前達が対峙した襲撃犯とのやり取りを考えれば、ズベーラもしくは狐人族が絡んでいると見るべきだろう」
父上がそう言うと、室内の空気が張り詰めたものに変わる。
工房の襲撃だけではなく、本屋敷でも何か別の目的を企んでいた。
その事実にも驚くばかりだけど、それ以上に相手方の諜報員は捕縛されると、秘密保持の為とはいえ焼身自殺を行ったというのは只事ではない。
今回起きた襲撃事件の黒幕の組織力は想像以上かもしれない。
苦々しく思っていると、父上がふっと表情を崩した。
「まぁ、そう難しい顔をするな。こういう時の焦り、悩みは疑心暗鬼を生む。そうなれば、客観的かつ冷静な判断はできん。それこそ、相手の思うつぼとなろう。今、すべきことは今回の襲撃事件における反省。そして、今後どう動くべきかを考える事のはずだ」
確かにここで狼狽えたり、疑心暗鬼となることこそ相手に主導権を渡すことになりかねない。
襲撃犯に遅れを取った事実。
現状の力不足を認めた上で、備えるべきをことを考え実行することが今すべきことだ。
「……そうですね」と相槌を打つと、改めて父上の眼を真っすぐに見据えた。
「どんな相手にしろ、バルディアに手を出したことは必ず後悔させてみせます」
「うむ、その意気だ」と父上が頷くと、ファラが僕の手をスッと握る。
そして、僕と父上の瞳を交互に見据えて言った。
「御父様、リッド様。私達も及ばずながらお力になれるよう尽力致します」
カペラ、ディアナ、アスナは彼女の言葉に合わせるよう一歩前に出ると頭を下げて敬礼した。
「うん。ありがとう、ファラ。それに、皆も。とても心強いよ」
そして議題は、今後どうすべきか? という内容に移っていく。
今回の襲撃事件はバルディアとの関係性を悪化させる内容である為、ズベーラと狐人族に襲撃犯特定に向けた捜査に協力するよう親書を送付することがまず決まった。
この親書の返事次第で、襲撃の黒幕やアーモンド達の意図が少しずつ見えてくるだろう。
他にも、今後の工房の警備体制の見直し、化術に対する対策。
第一、第二騎士団共により組織力強化を行う必要もあるという話が出た時、ある問題点が浮上した。
「第二騎士団の組織力強化となると、それ相応に指揮官として実戦経験がある者が必要だろう。しかし、ダイナスやクロスを含め、第一騎士団から第二騎士団に異動できるほど人的余裕はないぞ」
「難しい問題ですね。第二騎士団は実務を積みつつ、段々と組織力強化を行っていくつもりでしたから」
父上と僕は二人して口元に手を当てて思案する。
第一騎士団は実戦経験が豊富であり、組織力も高い。
だけど、第二騎士団は最近できたばかりであり、実戦経験はまだまだ少ない。
その中でさらなる組織力が必要となると、第二騎士団を総括する指揮官のような人物が必要になる。
カペラとディアナはあくまで僕の従者であり、指揮官ではないし経験も足りないだろう。
勿論、第二騎士団の管理を手伝ってもらってはいるけれど、第二騎士団の組織力強化となれば別途に有能な指揮官を用意するべきだ。
「リッド様、御父様。少しよろしいでしょうか?」
「うん。どうしたの?」
ファラの発言に皆の注目が集まると、彼女はニコリと笑う。
「ふふ。第二騎士団に必要となる有能な指揮官の件。私に心当たりがございます」
「え?」と首を傾げると、彼女はその視線をアスナに向けた。
「ね、アスナ。貴女の祖父であるカーティス様にお声掛けしてみたらどうでしょう?」
「は……? そ、祖父上にですか⁉」
珍しくアスナが狼狽している。
それにしても、カーティスって名前は聞き覚えがあるな。
そう思った時、豪快な笑い声を響かせたダークエルフの姿が脳裏に蘇った。
「あ、確かレナルーテの披露宴の時に挨拶した方だよね?」
「はい、さようでございます。姫様が仰ったのは我が祖父である、カーティス・ランマークのことで相違ございません」
アスナが問いかけに畏まって答えると、ファラが満面の笑顔で補足する。
「カーティス様は家督をご子息であるオルトロス様にお譲りしており、ご本人は隠居しております。従いまして、私とアスナの頼みであれば聞き届けてくれるはずです」
「ふむ。カーティス殿の話なら私も耳にしたことがある。レナルーテでも有数の武人であり、過去には帝国やバルストが侵攻した際には軍を率いて対峙したことがあるそうだな」
父上がそう言ってアスナに視線を向けると、彼女はコクリと頷いた。
「確かに祖父上は、大分昔に侵攻してきた帝国やバルストと対峙したこと何度かあると聞いております。しかし……」とアスナはバツの悪そうな表情を浮かべる。
「しかし……どうしたの?」
首を傾げて聞き返すと、彼女は首を横に振り深いため息を吐いた。
「その……性格と言動に少し豪快過ぎると言うか、自由奔放なところがあります為、合う合わないがはっきりしている方です。それ故、皆様が不快な思いをされたり、祖父上が失礼な真似をしないかと心配でなりません」
「あぁー……」と彼女の言葉に心当たりがあり、つい唸ってしまった。
レナルーテで行われたファラとの披露宴において、カーティスは突然に殺気を僕だけに絞って向けてきたことがある。
無論、彼は本気で向けてきたわけではなく、試す意図を持ってやってきたみたいだけど。
アスナの言うカーティスの心配な言動とはそういったことだろう。
父上も心当たりでもあるのか、苦笑しながら頷いた。
「なるほどな。リッド、この件はお前の直属である第二騎士団の今後に関わる話だ。お前自身の判断に任せよう。どうしたい?」
「そう……ですね」
相槌を打ち、目を瞑って思案する。
過去に帝国やバルストと対峙したことがある実戦経験豊富なダークエルフの指揮官。となれば、第二騎士団に足りない部分を補うことができる人材としてはまさに適材ではある。
それに、今回の襲撃はおそらく始まりに過ぎず、今後どんな動きがあるかもわからない。
そんな状況で四の五のは言ってられないだろう。
考えをまとめると、ゆっくりを目を開いた。
「……会ってみなければ、合うも合わないもありません。まずはカーティス殿に連絡を取り、話をしてみるべきかと存じます」
「よかろう。では、そのように手配しよう。ファラ、アスナ。悪いが急ぎレナルーテのカーティス殿に連絡を取ってくれ。貴殿の力を借りたい故、急ぎバルディアに来てほしいとな」
父上はそう言うと、ファラは嬉しそうに頷いた。
「はい、御父様。ふふ、カーティス様はきっとお喜びになると存じます。ね、アスナ」
「そうですね。いえ、だからこそ心配なのですが……」とアスナは心配顔で先行き不安気だ。
その様子に室内の空気が緩む中、話頭を転じた。
「父上。第二騎士団の指揮官の件はカーティス殿の返答を待つとして、今後の戦闘力強化に関しては如何しましょう?」
戦闘力強化。
これは襲撃犯と感じた実力差から急務の部分でもある。
今のままでは、彼等と再戦することがあっても結果は同じだ。
すると、父上は不敵に口元を緩めた。
「案ずるな、その件については私に考えがある。日を改めてお前に教えるつもりだ」
「考えですか? 畏まりました。よろしくお願いします」
何やら父上の笑みに不穏な気配を感じつつ、ペコリと頭を下げる。
そして、その後もしばらく皆との打ち合わせは続くのであった。




