リッドの考察
「リッド様。恐れながら、カペラ殿と雰囲気が似ていることが何故、諜報機関と繋がるのでしょうか?」
尋ねてきたのは怪訝な表情を浮かべるアスナだ。
ファラも同様のことを思ったらしく、首を傾げている。
「そっか。二人はまだ知らなかったんだね。カペラはレナルーテの諜報機関に属していたんだよ。今は色々あって僕の忠臣になってくれているけどね」
「え……⁉ そうだったんですか」
「なんと……」
ファラとアスナが目を丸くすると、僕の傍に控える彼に視線を向ける。
カペラは軽く頭を下げた。
「今、リッド様が申されたことはすべて事実でございます」
アスナは「ふむ……」と相槌を打つが、表情は晴れない。
そして、再びこちらを見据えた。
「……しかし、そうだとしてもやはりまだ得心がいきません。今回の襲撃が狐人族に所属する諜報機関だったと仮定した場合、これはただの事件では済みません。下手をすれば国家間の争いにも繋がる危険な行為です。恐れながら申し上げますと、考察とはいえ狐人族の諜報機関と断定するのは些か早計ではないでしょうか?」
彼女の言う事も尤な意見だ。
狐人族とバルディアの領地は国境が隣接した他国である。
それ故、領地同士で何かいざこざが起きれば緊張状態になりやすいのが道理だ。
それが分っていながらこんな行いをしたとすれば『緊張状態になっても構わない』という意思表示に他ならない。
早計な判断は相手の思惑と術中にはまる恐れもある……だからこそ慎重に考えて動くべきとアスナはあえて言ってくれているのだろう。
「アスナが言ってくれていることもわかるよ。でも、襲撃犯の計画的かつ組織的な動きは、そこらの『傭兵団』や『盗賊団』の類ができるものじゃない。それに、僕が対峙したクレアという狐人族が言っていたことが気になるんだよね」
「それは、どういうことでしょうか?」とファラが首を傾げる。
「彼女は『工房襲撃と拉致は最後のお遊びだった』と言っていたんだ。つまり、クレア達の別の目的。本懐はすでに襲撃の時点で達成されていたことになる」
ディアナが「なるほど……」と頷いた。
「工房を襲撃できるほどにバルディアの情報を集めること。それが彼等の本懐だった……ということですね?」
「うん。そう考えるのが妥当だと思う」
アスナとファラの表情がますます曇った。
「でも、情報を集めることが本懐だったと言うのであれば、工房襲撃は目立ち過ぎませんか? それに、下手をすればアスナの言う通り領地同士が緊張状態になりかね……」とファラが言ったその時、彼女とアスナは何かを察したらしくハッとする。
「そう……襲撃犯は本懐をすでに遂げていた。ということは、情報はすでに彼等の上に伝わっている可能性が高い。その中で、襲撃を行ったということは彼等の目的は次の段階に移っていたと考えるべきだと思う」
「今回の襲撃と拉致の目的は、バルディアと狐人族が緊張状態となること……だったということですか?」
アスナの問い掛けに、僕はゆっくりと頷いた。
「まぁ……まだ想像の域は出ないけどね。実行犯であるクレア達は襲撃のこと『遊び』と称していたから、拉致は成功してもしなくても良かったんだじゃないかな。でも、今回の件は楽観視するより、『最悪の可能性』を考えておくべきだと考えてるよ」
「私もリッド様のお考えには賛成です」そう言ってカペラは会釈すると「ですが……」と続けた。
「そうなると一つ気になることがあります」
「ん? なんだい?」
「リッド様に協力を申し出た、アーモンドという狐人族の少年。そして、今回の事件解決に向けて助言をしたという『リーファ』という狐人族の女性です。彼等についてはどうお考えなのでしょうか?」
すると、この場にいる皆の視線が僕に集まった。
どうやら、皆も気になっていたらしい。
僕は「そうだね……」と相槌を打った。
「まだ何とも言えなけれど、父上の言葉を借りるなら『どんな国でも一枚岩とは限らない』ということじゃないかな」
その答えを聞いたカペラは、口元に手を当て少し思案する。
「つまり……リッド様は狐人族の中にバルディアと緊張状態を望む派閥と望まない派閥がある。そして、アーモンドとリーファと名乗った二人は望まない派閥に属している……そうお考えということでよろしいでしょうか?」
「断定はできないけどね。まぁ、当たらずとも遠からずって感じぐらいだと思うよ」
「畏まりました。お答え頂きありがとうございます」とカペラは頭を下げて一礼した。
僕の考えをこの場にいる皆で共有するため、彼はあえて質問してくれたのだろう。
周りを見ると、ファラ、アスナ、ディアナも難しい顔で頷いていた。
そんな中、僕は壁に掛けてある時計の時間をチラリと確認する。
「それと……多分そろそろ連絡が来ると思うんだよね」
「連絡……ですか?」
ファラの問い掛けに頷くと、僕は腰に付けていた通信魔法の受信機を机の上に置いた。
皆がきょとんとする中、程なくすると「こちら、通信本部のサルビアです。リッド様。応答願います」と発せられる。
皆が驚く中、僕は通信魔法を発動した。
なお、通信時には僕も大なり小なり声に出す必要があるから、鼠人族のサルビアとのやり取りはこの場にいる皆にも伝わる仕組みだ。
「こちら、リッドです。サルビア、この連絡は例の件かな?」
実はアーモンドとリックと一緒に宿を出てリーファ達と別れ時、僕は密かに鼠人族のセルビアを通してある指示を出していた……それが例の件である。
「はい。リッド様のご指示通り、指定された街の宿に、第一騎士団の騎士数名と第二騎士団のオリヴィアとミアの分隊を派遣しました。しかし、彼等が駆け付けた時には狐人族のアーモンド、リーファなる者を始め、宿の部屋はもぬけの殻だったということです」
「そっか……何か、手掛かりになるようなものはあったかい?」
ある程度予想していたことだけど、やっぱり駄目だったか。
そう思いつつ尋ねると、サルビアが決まりの悪そうな声を発する。
「あ、えっと、それなんですが……」
「どうしたの? 何かあったなら、気にせずに伝えて」
「は、はい。それが、その、置手紙が一通あったそうです。内容は『リッド、機会があればまた会いましょう。それと、貴方のことは気に入ったわ』と書かれており、文面の最後には『キスマーク』が添えてあったそうです」
「な、なるほど。じゃあ、その手紙はおそらく『リーファ』が残した手紙だろうね」と答えると、ファラがこちらをジトっと見つめていた。
ちょっと怖い。
「リッド様。その『リーファ』という方が残したという手紙。私の元に必ず持ってくるようにお伝えてください」
「えっと、それは別に良いけど……ど、どうして?」
普段と違うファラの視線に気圧されつつ尋ねると、彼女は怪しく目を細めた。
「筆跡にはその人の性格が出ると申します故、リーファという方が書いた手紙で何かわかることがあるやも知れません。それとも、何か私に見られると困るのでしょうか?」
「い、いや、そんなことは全くないよ」と何故か慌てて首を横に振ってしまう。
「では、お願いします」
「わ、わかった」とファラに頷くと通信魔法を再開する。
「えっと、サルビア。その置手紙は、宿舎の執務室に届けるようにお願い。こっちで確認したら何かわかることもあるかもしれないからね」
そう言うと、受信機から再びサルビアの声が発せられた。
「承知しました。では、そのように手配します。それと、ライナー様から事が落ち着き次第、すぐに本屋敷の執務室に報告に来るようにとリッド様宛に伝言を頂いております」
「わかった。父上にはできる限り急いで報告に行くと伝えておいてほしい」
「畏まりました。では、これで通信を終わります」
声が聞こえなくなると、机の上にある受信機を手に取って腰に付け戻した。
「よし。じゃあ、拉致された子達の様子と襲撃された工房を確認したら父上のところに皆で行こう」
「畏まりました」と皆が頷いた後、ファラが「コホン」と咳払いをする。
「それはそれとして。狐人族のリーファという女性と、リッド様がどんなことをお話になったのか。僭越ながら、とても興味がございます。手紙の筆跡から少しでも詳しく分析する為にも、お話になった内容から先方の容姿まですべて話して下さいますね?」
いつもと違う彼女の黒いオーラを纏った雰囲気に、たじたじとなりながらゆっくりと頷いた。
「え……えっと、それは全然構わないけど……ファラ、ひょっとしてなんか怒っている?」
「いいえ、怒ってはおりません」と笑顔で答えてくれたけど、彼女の目は笑っていなかった。
その後、狐人族のリーファについてファラに誤解を与え無いよう、丁寧に説明するのに僕が神経をすり減らしたのは言うまでもない。
同時にリーファと再会する機会があれば、今後は絶対に誤解を招くような置手紙は止めるように強く伝えようと心に誓うのであった。




