終わりと激情
程なくすると辺りの霧が薄くなり、「リッド様! ご無事ですか⁉」とカペラとディアナが駆け寄ってくる。
二人の姿もかなりボロボロだ。
「うん……僕は大丈夫。カペラとディアナは?」
「私達は大丈夫です。それより護衛の立場でありながら、肝心な時に傍にいられず申し訳ございませんでした」
ディアナがそう言うと、二人は僕の前で片膝を突いて頭を下げた。
「いやいや! 二人共、そんなに畏まらないで頭を上げてよ」
慌てて二人に顔を上げてもらうと、言葉を続けた。
「それに、二人がいたからローゼンとリーリエを足止めできたんじゃないか。もし、あのクレアと二人が組んだらかなり厳しかったよ。正直、あそこまでの相手とは思っていなかった。これは完全にこちらの油断だよ……」
そう呟くと、自然と手が拳となり震えた。
アーモンドが居なければ、クレアを相手にここまで立ち回ることはできなかっただろう。
いや、そもそも彼女はいつでも僕達を倒せたはずだし、逃げることもできたはずだ。
それなのに、『遊び』と称して闘いや襲撃を楽しんでいた。
悔しいけど、完敗と言わざるを得ない。
「リッド様……」
心配そうにこちらを見つめる二人の顔見てハッとする。
「あ、いけない! それより、あいつらが乗っていた馬車の荷台を確認しなくちゃ! カペラは一緒に来て。ディアナは木炭車にいるアレックスとセルビアの護衛をお願い」
「畏まりました」
その後、カペラと共にクレア達が乗っていた馬車の荷台の扉を開ける。
すると、そこには工房から拉致された見知った顔の子達が倒れていた。
そのうちの一人を見てハッとする。
「……! トナージ!」
慌てて荷台に乗り、抱き上げると「う……ううん」と彼は呻き声を漏らした。
思わず、胸を撫で下ろしていると、カペラが素早く他の子を見てくれたようだ。
「リッド様、ご安心ください。彼を含め皆、気を失っているだけのようです」
「わかった。ありがとう」
そう答えた時、荷台の外から「見つけたぞ!」という声が響いた。
外に顔を覗かせると、ラガードが率いる第二騎士団の第六分隊の面々。
それに加え、第一騎士団の副団長クロスが率いた部隊がやってきていた。
やがて、部隊の中からクロスが勢いよく飛び出してこちらに駆け寄ってくる。
「リッド様! 遅くなり申し訳ありません。その姿は……⁉ お怪我などはしておりませんか⁉」
「う、うん。大丈夫だよ。だけど、襲撃犯を捕らえることはできなかったんだ」
少し悔し気に答えて俯くと、クロスは僕の体に怪我ないことを確認してから首を横に振った。
「それは残念なことですが、リッド様がご無事なら何よりでした。拉致された子達はこの荷台の中ですか?」
「うん。見た感じ、全員いると思う」
「そうでしたか。では、早速彼等を連れて屋敷に戻りましょう」
クロスはそう言うと、ニコリと笑った。
その後、襲撃犯達が使っていた荷台を木炭車・改に連結。
そして、クロスとラガードが率いる部隊が木炭車を護送する形で僕達は屋敷の帰途に就く。
幸いなことに、荷台には拉致された面々が全員いることも確認できた。
だけど、僕はクレアの言った言葉が心に残っている。
彼女は確かにこう言っていた。
『いずれ近いうち、貴方は私よりもっと強い相手ときっと出会う』
それはつまり、何かしらの悪意がバルディア領に向けられているということだろう。
「……何であれ、バルディアに手を出したこと。絶対に許さない」
屋敷に向けて走る木炭車の中。
僕は内で燃える激情を押し殺し、人知れず静かに呟くのであった。




