狐人族という強敵2
チラリとディアナとカペラの様子を窺うと、ローゼンとリーリエという狐人族の兄妹も獣化しており尻尾の数が四本ある。
その姿は真っ黒くなっており『黒狐』という感じだ。
こちらの視線に気付いたのか、クレアも彼等の様子を見て不敵に笑う。
「ふふ。あのダークエルフとメイド。ローゼンとリーリエと対等に戦うなんて中々にやるわね。でも、貴方は私をしっかり見つめてないと駄目よ?」
「……ますますわからないな。これだけの実力を持っていれば、僕達から逃げおおせることもできたはずだ。一体何を企んでいる?」
少しでも情報を引き出そうと再び問い掛けると、彼女は首を横に振った。
「あら、さっきも言ったでしょ? 何でも聞けば答えてもらえると思わないことね。まぁ、でも、襲撃は最後のお遊びだったことは教えてあげる」
「最後の……お遊び?」
『最後のお遊び』ということは、その前に行っていたことが本懐。
つまり、バルディアの情報を集めてどこかに持ち帰ることが本当の目的だったということか? 考えを巡らせた時、クレアがこちらの様子を窺いながら怪しく目を細める。
「そう、これは私にとってただのお遊びよ。それより、もし運命というものがあるなら、きっと貴方は此処に来ると思っていたの。ふふ、私達は運命の糸で結ばれているかもしれないわ」
「残念だけど僕は既婚者だ。運命の相手とやらを探しているのなら、他を当たってほしいね」
冷たく突き放すように言うと、彼女はさも楽しそうに答えた。
「ふふ。まだ幼いのに既婚者だなんて、堕としがいがありそうで面白いわ。でも、大丈夫。私は結婚してるとか、してないとか気にしないの。人はもっと欲望に忠実で良いのよ? これは、今後のために忠告しておくわ」
「そうかい。君とは考え方が合わないということだけはわかったよ」
「それは……残念ね!」
その言葉が合図となり、クレアは勢いよくこちらに踏み込んでくる。
そして、彼女と僕は魔法と武術を激しくぶつけ合うのであった。
◇
「はぁ……はぁ……想像以上だな。これが、大人の獣化か」
クレアとの闘いは、今まで経験したことがないほど苛烈だった。
そして、残念なことにこのまま僕一人ではやはり勝てそうにないことを実感する。
すると、彼女が構えを解いた。
「あらあら。とうとう息が切れ始めてしまったわね。でも、貴方のような子供がここまでできるだけでもすごいことよ。本当に、将来が楽しみだわ」
「そうかい。でも、僕はまだ諦めたわけじゃない……!」
魔刀を構えて真っ直ぐにクレアを見つめる。
そう、まだ諦めるわけにはいかない。
「その灯が消えない眼差し……とっても良いわ。じゃあ、これは受けることができるかしら」
クレアはこちらの間合いに入ると、棒術を使い変則的かつ鋭い猛攻を繰り出してくる。
「く……⁉」防戦一方になっていると、彼女は口元を緩めた。
「ふふ。貴方は武術、魔法、胆力、想像力、洞察力、思考力、判断力、決断力……。それ以外も含めてどれをとっても素晴らしい才能に満ち溢れているわ。でも、足りない。貴方には……命を削るような『実戦経験』が全く足りてないわ」
吐き捨てように言ったクレアは、鋭い一撃を繰り出して僕の魔刀を弾き飛ばした。
「ぐ……⁉」
「一度……死線を潜ってみなさい。燐火・焔!」
彼女は至近距離で僕に対して魔法を発動する。
嗟に魔障壁を展開するが、クレアの魔法の威力は凄まじく爆音と共に吹き飛ばされた。
「ぐぁああああ⁉」
しかしその時、濃い黄色の毛に覆われ三本の尻尾を生やした狐人族が吹き飛んだ僕を受け止める。
そして、両腕に抱きかかえた。
「リッド、大丈夫かい! 少し無茶しすぎだよ」
「はは、ありがとう。その姿が君の獣化した姿なんだね、アーモンド」
「ああ、驚かせてすまない。さすがに、これ以上は見ていられなくてね。それより、まだ戦えるかい?」
彼は心配そうにこちらを見つめつつ、両腕に抱えていた僕をゆっくりと地面に立たせた。
「勿論。むしろ、これからが本番さ」
ニヤリと頷くと、クレアの魔法で焼け焦げてボロボロになった上着を放り捨てた。
アーモンドはきょとんとした後、肩を竦めた。
「やれやれ。今の魔法を受けて、怖気づくこともない。君の胆力は中々まともじゃないね」
「そうかな? 確かに、クレアは強いよ。だけど、今のところまだ彼女より強く怖い人を知っているからね」
その言葉を聞いたアーモンドは、眉間に皺を寄せた。
「ちなみに、それは誰だか聞いてもいいかい?」
「え、うん。僕の……パパさ」
「そ、そうか……。それはさぞかし怖い『パパ』なんだろうね」
一応、彼に身分とか素性を明かしていないから父上とは言わず誤魔化した。
その時、クレアがこちらを見据えつつ悠然と歩いてくる。
「貴方達、いつの間にそんなに仲良くなったのかしらねぇ。だけど、一人でも二人でも結果は変わらないわよ」
「それはどうかな? こっちもようやく体が温まってきたところだからね」
挑発するように答えると、僕は首を回した。
その言動にクレアは怪しく目を細める。
「へぇ……言うじゃない。じゃあ、次はどうするのかしら?」
「決まっている。これから、第二ラウンドさ……行くよ、アーモンド!」
「わかった!」
掛け声と共に前に出ると、その後をアーモンドが追ってくる。
「馬鹿ねぇ。そんな付け焼刃の連携なんて、足を引っ張り合うだけよ」
クレアは余裕の表情で武器の棒を構えた。
しかし、対する僕達は不敵に笑う。
「それはどうかな⁉」
「リッドと貴女が手合わせをしていた時、僕がただ見ていただけとは思わない事だね!」
彼女との間合いに入るとまず僕が先手を打っていく。
その動きにアーモンドが合わせて的確な援護を行う。
当初のクレアは僕達の連携を『偶然うまくいった』ように感じたようだが、すぐに彼女の表情は険しくなる。
僕が彼女と一対一で戦っていた時、アーモンドにはその動きを見てもらうようにお願いしていた。
そうすることで、相手の動きと僕の動きを彼はある程度把握してくれたわけだ。
その結果、僕の動きをアーモンドが援護するという連携が可能になっている。
これも『付け焼刃』ではあるけれど、互いの動き方が全くわからない状況の中で行うぶっつけ本番よりは断然良い。
そうして激しい攻防を繰り広げる中、段々とこちらが優勢になっていく。
やがて、僕がクレアの防御をこじ開けた。
「アーモンド、いまだ!」
「わかってる!」
彼が一撃を入れようとしたその時、彼女はニヤリと笑い魔力を解放。
その衝撃波で僕達を吹き飛ばした。だが、飛んだ先で受け身を取ると、すぐに半身で身構える。
「ぐ……⁉ くそ。あと一歩だったんだけどな」
「そうだね。だけど、近づいてもさっきのようにまた吹き飛ばされるかもね。何か良い手はないかな?」
「……それなら考えがある」そう答えると、ある案をアーモンドの耳元で囁いた。




