敵か味方か
情報本部にいるサルビアからの報告により、工房を襲撃した所属不明の部隊は、『化術』を使用していたことがわかった。
想像以上に厄介な相手と判断した僕は、街中で出会った鋭い洞察力を持ち、何か知っていそうな狐人族のアーモンドと名乗る少年に協力を依頼。
今起きていることの状況を簡単に説明するも、人の往来が多い街中であまり詳細を話す訳にはいかない。
そこで、彼等の泊まっている宿に場所を移すことになるが、その宿はこの街で一番と言っても良い高級な宿である。
アーモンドは獣王国のズベーラで商会を営んでいると言っていたけれど、何か裏がありそうだ。
程なくして彼等の部屋に辿り着き入室すると、一人の青年が出迎えてくれた。
「皆様、お帰りなさいませ」
「只今、リック」とアーモンドは被せるように答え、彼に対して何か目配せを行った気がする。
そして、アーモンドは話を続けた。
「リック、彼等は街で会ったんだ。どうも困っているみたいだから、力になりたいと思ってね」
そう紹介されると、僕は咳払いを行い一歩前に出た。
リックは黄色い髪をしており、優し気な茶色い瞳をしているけれど、アーモンド達とは耳の形が少し違っていてピンと立っていた。
彼の服装はカペラやガルンが着ているような感じだ。
「初めまして、リッドと言います。それと、彼女はディアナ。僕の護衛です」
「よろしくお願いします」
自己紹介をすると、リックの眉間に皺が寄る。
「お二人共、ご丁寧にありがとうございます。しかし、これは一体……」と少し戸惑う様子で、彼はアーモンドに視線を向ける。
「まぁ、色々とね。それよりもリッドの話を聞く前に、僕達が持っている地図をそこの机に広げよう。リック、手伝って」
「……畏まりました」
アーモンドはそう言うと、リックと二人で部屋の奥に入っていく。
リーファやリドリーは、部屋に用意されている飲み物を手に取り空いている椅子に座った。
それから程なくして、アーモンドとリックは奥から地図を持ってくると、部屋の中にある一番大きい机の上に広げた。
その地図を見た僕とディアナは、思わず目を丸くする。
何故なら、バルディア家が管理している地図とほとんどが遜色なかったからだ。
いや、国境部分の細かいところはアーモンドの持ってきた地図の方が少し精密かもしれない。
前世で地図と言えば、当たり前にネットで見れるし、本屋で簡単に購入することもできる。
でも、地図と言うのは本来とても重要な情報だ。
軍事で考えれば、攻めるにしても、守るにしても地理が詳細にわかっていればそれだけ効率かつ優位に動くことができる。
国にとって、自国の詳細な地図が他国にあるということは、それだけで相当な脅威なのだ。
すると、僕やディアナの動揺を知ってか知らずか、アーモンドはニコリと笑った。
「僕は君の力になる……そう、約束しただろう? お互い、今は言えないこともあるかもしれない。でも、これだけは改めて言っておくよ。僕は君の味方さ」
目の前に広げられた地図と含みのある物言いで、ディアナの目の色が変わる。
彼女は一瞬で臨戦態勢とも言うべき雰囲気を纏った。
だがそれは、彼の傍に控えるリックも同様である。
部屋の空気が張り詰めて重苦しい雰囲気となる中、僕は考えを巡らせた。
改めてアーモンドの言葉を信じるか、否かだ。
しかし、彼が本当に僕と敵対するつもりなら、わざわざ泊っている宿に案内する必要はない。
知らぬ存ぜぬで無視をすれば済んだ話しだ。
それに、机に広げられた地図も僕やディアナに見せる必要はなかった。
アーモンドが本当に敵の一味であれば、彼の言動は不可解だ。
やがて、僕はコクリと頷いた。
「わかった、アーモンド。君のことを信じる。だけど、もしも僕を騙して拉致された子達に何かあれば、僕は……君を絶対に許さない」
そう言うと、襲撃犯に対する僕の感情が魔力に呼応したのか、部屋の空気がより重くなり部屋の壁が軋む音がかすかに響いた。
アーモンドは、僕から発せられる魔力に当てられたのか、冷や汗を額に浮かべてごくりと息を飲んだ。
「……それは怖いな。肝に銘じておくよ」
その後、改めて今回の拉致事件について詳細を彼等に説明した上で僕の考えを伝える。
「今回の件は、おそらくズベーラに属する者の犯行の可能性が一番高いと思うんだ」
「それは、どうしてそう思うんだい?」とアーモンドが首を傾げた。
「消去法さ。まず、帝国貴族が黒幕の場合、露見する危険性が高すぎるんだ。獣人族の子供は帝国では目立ちすぎるからね。それに、バルディアで造られていたものが同国内の別領地から出てくればすぐにわかってしまう。あと、バルストとバルディアの関係性を考えれば、こんな危険な手段に出る必要性が無い。レナルーテも同様だね。他の国はバルディアと距離が離れすぎているから、必然的にズベーラの可能性が高いという感じかな」
「なるほどね……。そこまでわかっているなら、ズベーラに続く国境を封鎖すれば良いんじゃないか?」
アーモンドの提案に、僕は力なく首を横に振った。
「国境全体は広すぎて無理だよ。それに、必ずしも襲撃犯が直接ズベーラを目指すとは限らない。バルスト経由でズベーラに入る可能性もある。さっき言ったように、襲撃犯は五組に別れたんだ。きっとバルディア領内で一度集まるはずさ。問題はその場所がどこか……だね」
「ふむ……」と彼は相槌を打つと、嫌がるリドリーを抱きしめて遊んでいるリーファに視線を向けた。
「姉上……貴女ならどう思いますか?」
「あら? どうして私に尋ねるの?」
「いえ……仮に『姉上』が襲撃犯なら、どんな計画を考えるのかと思ってね。参考までに貴女に教えて頂きたいのです」
二人の会話に何か違和感を覚えるが、リーファは抱きしめていたリドリーを解放すると椅子から立ち上がってこちらにやって来た。
彼女は机の上に広げられている地図を一瞥すると、目を細めてアーモンドを見据える。
「ふふ、私……いえ、『貴方の姉上』ならきっとこんな計画を立てるんじゃないかしらねぇ」




