危機と出会い2
アーモンドと名乗った狐人族の少年は、とても澄んだ綺麗な瞳でこちらをジッと見つめている。
彼は何か知っているのだろうか? 人違いだった……そう言っただけで、アーモンドはこちらの素性に当たりを付けて来た。
それはつまり、バルディア家の内情をある程度把握しているということだろう。
バルディア家が獣人族の子供達を第二騎士団で採用していることは、すでにある程度認知されている。
でも、狐人族の子達は工房で働いている子がほとんどだ。
にもかかわらず、彼は狐人族であることを引き合いに出してきた。
つまり、狐人族がバルディア家の重要な位置にいることを知っている可能性が高いと言える。
だけど、逆に考えれば何か情報を持っている可能性もある。
時は一刻を争う中、どうするべきか? と考えを巡らせていた時、アーモンドの横に居たメルぐらいの狐人族の少女が小首を傾げた。
「兄様。こちらの方はお知り合いなの?」
そう言う少女は、短めの黒い髪と瞳をしている。
すると、アーモンドが優しく答えた。
「うん? いや、お会いするのは初めて方だよ。でも、何か困っているようだから、何か力に成れればと思ってね」
「ふーん。そうなんだ」
少女が興味なさげに淡々と頷くと、少し離れた場所から狐人族の女性がやって来る。
しかし、彼女がこちらに近付いて来ると思わず目のやり場に困ってしまった。
というのも、かなりスタイルが良いにもかかわらず肌の露出が極端に多いのである。
まじまじと見るわけにもいかず、視線をそれとなく外していると周囲の男性陣が鼻を伸ばして彼女を見つめていることに気付いた。
その時、背後から「リッド様。お気を確かに」と冷たいディアナの声が聞こえてきて背筋が一瞬ゾッとする。
やがて彼女は、アーモンド達に声を掛けた。
「貴方達、早くしないと置いていくわよ……って、あら……ふふ、可愛い男の子ね」
クスリと怪しい笑みを溢す彼女は雪ような白い瞳、肌と髪に加え、白い狐耳と尻尾が生えている。
どうやら、雰囲気から察するにアーモンド達と彼女は姉弟か何かのようだ。
そして、僕は意を決した。
「初めまして、自己紹介が遅くなりすみません。僕の名はリッド……姓はありません」
含みを込めてそう言うと、アーモンドと女性の表情が一瞬だけハッとするがすぐに彼等はニコリと笑った。
「ふふ、なるほど。わかった、君はただのリッドだね。改めて紹介するよ。こっちは妹の……リドリー。そして……」とアーモンドが言うと、女性が微笑んだ。
「私は……そうねぇ。今は、リーファとでも呼んでちょうだい。それと、さっきから怖い顔でこちら見ているメイドさんはなんてお名前なのかしら?」
リーファと名乗った彼女は、僕の背後で控えるディアナに視線を向けた。
「……護衛のディアナと申します」
彼女が会釈すると、リーファは「ふふ、よろしくね。ディアナ……さん」と目を細める。
その仕草にディアナは眉をピクリとさせるが、何も言わずにコクリと頷いた。
この場にいる皆の自己紹介が終わると、本題に進めるために話頭を転じる。
「わかりました。アーモンド、リドリー、リーファさんですね。それで、早速本題なんですが……」
話を続けようとしたその時、携帯していた無線機から鼠人族のサルビアの声が響く。
「リッド様。情報本部のサルビアです。聞こえましたら至急応答願います。繰り返します、至急応答願います」
無線機の電源を切っていなかったことにハッとすると、アーモンドが怪しむにようにこちらを見つめた。
「……誰かの声が聞こえるけれど、それは何か聞いても大丈夫かな?」
「えっと、これが何かは今は説明はできないんだ、ごめんね。それと、ちょっと待ってほしい」
「わかった」
アーモンドの問い掛けに答えると、無線機の電源を切って通信魔法を発動する。
これにより、無線機からは声が漏れずに僕にだけが確認できるわけだ。
(……ごめん、サルビア。ちょっと人と話していたものだから反応が遅くなった)
通信魔法を発動してから間もなく、すぐに彼女からの返事が来る。
(あ……申し訳ありませんでした。今は大丈夫でしょうか?)
(うん。それより、至急の用件なんでしょ? 何か進展があったのかい?)
(はい。先程、所属不明の五組に別れた件です。航空隊が追尾していた二組ですが、どちらも途中で荷を投げ出して逃走。そのまま、森に逃げ込み航空隊では追尾不能となりました。また、第二騎士団のミア率いる第五分隊。オヴェリアが引きいる第八分隊がそれぞれの現場に駆け付け、投げ捨てられた荷を確認したところ、拉致された狐人族数名と盗まれたと思われる物資を確認したとのことです)
(そうか。ひとまず、航空隊と第五分隊、第八分隊の皆にはお礼を伝えて欲しい。でも、数名ということは、拉致された狐人族の全員がいたわけではないんだね?)
少しの安堵と共に、込み上げる怒りを抑えつつ問い掛けると、サルビアの声が少し震えた。
(……はい。残念ながら、所属不明の部隊は拉致した者達を五組それぞれで運んでいるようです。それと、保護された数名が言うには襲撃犯たちはディアナ様やダナエ様など、バルディア家で働く者達と瓜二つの姿だったそうです。それ故、油断と混乱が工房で生まれたとのこと)
「な……⁉」
思わず声を発すると、ディアナが心配そうに呟いた。
「リッド様。大丈夫ですか?」
「あ、うん。ところで、ディアナは双子とかそっくりの姉妹がいるとかないよね?」
「……? はい。私は一人っ子ですが、それが何か?」
彼女が首を傾げたことで、確信した。
これは、狸人族や狐人族で『化術』を高度に扱える者達が絡んでいる可能性が高い。
僕は通信魔法を発動して、サルビアとの会話を再開した。
(わかった、重要な情報をありがとう。所属不明で行方がわからない三組の捜索は、このまま最優先で続行。でも、組織的な動きをしている以上、相手は手練れの可能性が高い。もし、見つけてもすぐには手を出さず、こちらの指示を仰ぐことを皆に伝えて。それから、至急でこっちに木炭車を一台回してほしい)
(畏まりました。すぐ手配いたします。では、一旦通信を終わります)
通信が終わると、ふぅ……と息を吐く。そして、改めてアーモンドを見据えた。
「……改めて色々と君達に相談したいことができたよ」
「何だか、大変なことが起きているみたいだね。勿論、さっき言った通り僕で良ければ、力になるよ」
アーモンドはそう言って、ニコリと笑った。彼が敵なのか味方なのか……それはまだわからない。
だけど、有力な情報を得るために悩む時間はない。そう考えた僕は。彼に現状を説明するのであった。




