クリスの多難
その日、クリスはリッドに呼ばれバルディア家の応接室に来ていたが、いつもの元気がない。
むしろ、少し落ち込んでいた。
「はぁ~、どうしよう…… この間の事なんてお詫びすればいいかなぁ……」
この間の事とは先日、クリスがリッドに客室に忍び込まれて寝顔を見られたことに憤慨してしまったことだ。
あのあと、従者のエマにいろいろと諭され自分の過ちに気付いた。
しかし、気付いたところで憤慨したことが無くなるわけではない。
してしまったことはきちんと謝罪しなければと思っていたところ、リッドから屋敷に来てほしいと連絡が来たわけだ。
その日が今日であり、応接室に案内されたあとクリスはリッドに会うことに緊張していた。
深呼吸をしながら、リッドにあった時の手順を頭の中で考える。
(まず謝る。ともかく頭を下げて謝るのよ。そうすればリッドは許してくれるはず……‼)
何度も同じことを考えていると、ドアがノックされる。
「クリス、入って大丈夫かな?」
「ひゃ、ひゃい」
「……本当に入って大丈夫?」
「ちょ、ちょっと待ってください‼」
「う…うん、良くなったら教えて」
クリスは顔が真っ赤になっていた。緊張のあまり舌を噛んでしまった。
私は何を緊張しているの? 相手は子供なのよ? そう心の中で唱えて深呼吸を「スーハー」とすると咳払いをして言った。
「すみません、リッド様。お入りください」
「うん、入るね」
ドアが開くといつも通りの銀色の髪と紫の瞳の可愛らしいがどこかしっかりした雰囲気をもつリッドが入って来た。
そして、いつも通り応接室の机を挟んで向かい合ってソファーに腰を下ろした。
彼はニコリと可愛らしい笑顔をするとクリスに言った。
「急に呼んで、ごめんね。来てくれてありがとう」
「……」
クリスはリッドの顔をみると、何度も頭の中で繰り返した手順が飛んでしまった。その代わりにエマに言われたことが頭の中によぎる。
(クリス様はエルフなのですから、待てばいいのですよ)
が、凄い勢いで首を横に振りまわし雑念を必死に消す。
だが、その姿は事情を知らない者が見れば怪訝に見える行動だった。
リッドも当然その一人だ。
「クリス、どうしたの? そんなに首を振って? あ、ごめん。この間のことちゃんと謝罪出来てなかったよね」
「あ、いえ……」
クリスは内心、しまったと思っていた。
本当なら私がすぐに謝るつもりだったのに。
動揺していると、リッドが机に向かうような形で頭をペコリと下げた。
「クリス、この間はごめんね。いくら心配でも、男の子である僕がクリスの、女性の部屋に一人で勝手に入るなんて軽率だった。怒られて当然だと思う。本当にごめんなさい」
「いえ‼ 頭を上げてください、リッド様」
私はすぐに、頭を下げたリッドを起こした。
そして、すぐに謝罪をした。
「私もカッとなり過ぎたというか。大人気なかったというか……ともかく、私もリッド様のお話をちゃんと聞かずに、勝手に怒ってしまいました。本当にすいませんでした」
クリスは言葉を言い終わるとバッと頭を下げた。
リッドはその様子に少し驚いた様子だがすぐ、「頭を上げてよ」と優しくクリスに言った。
その言葉に従いクリスが頭を上げる。
そうするとリッドはクリスの顔を見ながら微笑みながら言った。
「良かった。クリスが怒ってなくて。もし、クリスを怒らせたままだったらどうしようって思っていたから、本当に良かった」
「いえ私も、リッド様にしたことを考えたら、許して頂けないのではないかと……」
リッドはクリスの言ったことにきょとんとした顔して、すぐにまた微笑んだ。
「僕がクリスのことを嫌いになることなんてないよ。だって僕、クリスのこと好きだもん」
「な‼」
クリスは一瞬で顔が真っ赤になるのを感じた。
「だって、クリスは僕が初めて商会に行った時にちゃんと対応してくれたよね。もちろん、僕が持っていた試作品や商品説明もあったからかもしれない。だけど、それでもこんな子供の僕のことを信じてくれるなんて、クリスのことは人として大好きだよ」
クリスは、可愛く微笑んでいるリッドの顔を見ながら真っ赤だった顔がスーっと冷静になっていくのを感じていた。
そうよ、そうよね。
リッド様はまだ6歳。
そんなことあるはずないのに、私は何を舞い上がっているのかしら。
でも、確かに私はリッド様を好きなのだと思う。
それは、リッド様の心がとても綺麗で素直だから。
でも、家族や他人のために必死に行動しようとする力強さも持っている。
とてもその精神というか心は子供のものとは思えない。
だけど、私はそんなリッド様が好きなのだろう。
そう認めた時、無意識に呟いてしまった。
「……悔しいけど、エマの言った通りね」
「うん? エマがどうしたの?」
「あ、いえ‼ エマがリッド様はきっと怒ってないですよって言っていたことを思い出しまして……」
「そうなの? それなら、エマにもクリスのことで心配かけてごめんねって、伝えといてもらえるかな?」
「はい。かしこまりました」
私はリッドの言葉に頷きつつ、エマの言葉を思い出していた。好きなものは好きで良い……か。
いや、それでも私とリッドでは歳の差があり過ぎる。
そもそも、普通の子供はこんなに大人びていない。
私自身の6歳を思い出して比べても、違い過ぎる。
つまり、リッドが規格外過ぎるような気がしてきた。
ともかく、私がリッドを好きで好意を抱いているのは素直に認めよう。
そして、時がたってもその思いに変わりがなければ、その時にリッドに話してみよう。
だからいまは、この思いは心に留めてしまっておこう。
クリスは自分の気持ちを自覚して認めることでいつも通りに戻ったようだった。
リッドは恐らくそんなクリスの気持ちに気付かず、神妙な顔してクリスに言った。
「うん、お願いね。それで今回の相談なのだけど、絶対に秘密にして欲しい」
「わかりました。商人として秘密は絶対に守ります」
リッドの言葉に、いつにもまして真剣に答えるクリス。
もちろん、商人としては当然だが、自分の気持ちを認めてしまった分、却って気持ちが楽になった。
もう私は大丈夫。
何が来ても動揺も混乱もしない。
もう何が来ても動じない。
しかし、リッドの言葉は予想を斜め上にいくものだった。
「ありがとう。実は僕、レナルーテの姫君と近々、婚姻することが決まってね」
「……へ?」
クリスは目を丸くして、呆気に取られてしまった。
だがすぐに意味に気付いて、混乱して動揺して動じてしまった。
「えぇ‼」
「クリス、大きな声だしちゃダメだよ‼」
リッドは口元に指をあてながら「シィー」という動作をした。
クリスは「あ」と口を押さえ、小声で「すいません……」というが、気になる点を質問した。
「でも、いくらなんでも早すぎじゃ……」
「うん、実は僕もこの間、父上から聞いたばかりなんだ。詳細は言えないけど特例に該当するらしいよ」
「特例……」
「うん。それでクリスには色々お願いすることも多いから本当はダメだけど、先に伝えたかったんだ。絶対に秘密ね」
「……それは、確かに絶対秘密ですね」
レナルーテの姫君と特例の婚姻。
ということは確実に国同士が裏で何かしら動いている。
つまり、本当に降ってわいたような婚姻なのだろう。
「うん、それでね。先日、話したレナルーテに行くから同行をお願いしていたよね?」
「ええ、そのように伺っておりましたので、何ヵ所かいま候補を出している所です」
「ありがとう。その時に、仕入れて欲しい商品があるのだけど……」
クリスはリッドの婚姻について気になったが、今は胸に秘めてリッドとの打ち合わせに集中するのだった。
「ふぅ、大体これぐらいかな?」
クリスにレナルーテと取引したい商品をあれこれ依頼して結構な時間が経った。
大体、必要なものはクリスに伝え終わったので後は商流を作れるかどうかと言ったところだ。
「リッド様はやっぱり末恐ろしいですね。レナルーテのあの品物にこんなに可能性があったなんて、知りませんでした」
リッドがクリスに話してきた内容はレナルーテから原料を仕入れて加工、そしてまた販売するということだった。
しかも、レナルーテの姫君と実際に婚姻となれば、少なからず関税や通行税などの優遇、価格交渉がしやすくなるだろうということだった。
合わせて、レナルーテである職人達をこっちに連れてきたいということもあった。
そこに関しては商会が人を探して、あとの処理をバルディア家で進める形となった。
「まぁ、出来たとしてもすぐに結果は出ないけどね。将来的にはクリスティ商会とバルディア領の目玉になれると思う。そうだ、あとこっちで腕のいい細工職人とかいないかな?」
「細工職人? ドワーフとかですか?」
ドワーフ、その単語に僕はちょっと胸が躍った。
細工職人と言えば確かにドワーフだ。
中々、会える機会がなかったからもし会えるなら嬉しいな。
僕は笑顔で「ドワーフがいい」とクリスに伝えたが、彼女は少し渋い顔をした。
「ドワーフの方は、ほとんど自国からは出ませんから、募集となるとちょっと時間がかかるかも知れません。ただ……」
少し言いづらそうな雰囲気をクリスは出したが、意を決した様子で言った。
「……バルストや他国で奴隷のドワーフを探すのも一つの方法です」
「奴隷かぁ」
この世界では奴隷は合法である国とそうでない国がある。
バルストは海がある為、奴隷を国内外で売買をしておりその利益と労働力で昨今急激に国力を上げている。
だがその分、悪評も多く国同士で小競り合いも多い。
レナルーテなどはその最たる国だ。
僕は悩んだ。
レナルーテの姫君と婚姻を結ぶタイミングで、バルスト事変に繋がる原因となった奴隷をいま僕が間接的でも買ってしまうのは、ちょっと危険な香りがする。
これは父上に相談しよう。
「とりあえず、奴隷は見送りで。通常の募集でお願いしても良い?」
「わかりました。ちなみに何を作るのですか?」
「うん? ボードゲーム関係を考えているよ」
「ボードゲーム? 貴族が遊びに使う、チェスやトランプみたいなものですか?」
「まぁ、そんな感じだね」
この世界で、簡単な遊びといえばチェスやトランプだ。
何故、この2種類だけ存在しているかは疑問に思ったが、深くは考えないようにした。
だが、チェスやトランプといった基盤があるのであれば、似て非なるゲームを作れば売れるはずだ。
そう、前世の様々なゲームが大活躍するだろう。
僕の言葉を聞いたクリスは少し考えた表情をして僕に言った。
「ボードゲームがどんなものかわかりませんが、宝石や武具に難しい細工をするわけではないのですよね?」
「うん。そんなに難しくないと思う。僕が原案作るからそれを作ってくれればいいよ」
「それなら、腕の良い他の種族であればすぐ集まりそうですが、どうされます?」
うーむ。ドワーフに魅力は感じるけど、募集が難しいなら拘る必要はないか。
「うん、ドワーフには拘らなくていいよ。良い人がいればぐらいでいいや」
「わかりました。それで確認してみますね」
「うん、よろしく。じゃあ、今日はこれぐらいにしておこうか」
僕は言い終えると両手を「うーん」と言いながら上に伸ばした。
よし、これであとはレナルーテと商流を作れれば、将来的にかなりの利益と発展が見込めそう。
でも、ドワーフって自国から出る人がいないのか。
その辺もいずれは何とかしたいな。
とそんなことを考えていたら、クリスが何か落ち込んでいる様子が目に入った。
「クリス、何か落ち込むことあった?」
「え? いえ、何でもないですよ⁉」
「そ、そう?」
やはり、クリスの様子が気になる。
そんなことを思っているとおもむろにクリスが言った。
「その、レナルーテの姫君っておいくつなんですか?」
「へ? えーと、僕と同じ6歳だったかな。凄いよね、お互い子供同士で婚姻なんてさ。まさに国同士の政略結婚だよね。」
「レナルーテの姫君はリッド様と同い年ですか。それはまたすごいですね……」
クリスは笑顔だがどこか落ち込んでいる雰囲気が抜けない。
「でも、僕の奥さんになってくれる以上、最終的には僕の両親のような夫婦になりたいと思っているよ。その時はクリスにも紹介するね」
「はい。その時はよろしくお願い致します……」
純粋無垢に微笑むリッドの笑顔はクリスにとっては眩しかった。
そしてエマの言葉がクリスの脳裏に響いた。
エマ、本当に全部あなたの言う通りだったわね……
そして、その日の打ち合わせは無事、終わるのであった。
最後まで読んでいただきましてありがとうございます!
もし、少しでも面白い、続きが読みたいと思って頂けましたら、
差支えなければブックマークや高評価、いいねを頂ければ幸いです。
評価ポイントは作者のモチベーションに直結しております!
頂けた分だけ作品で返せるように努力して頑張る所存です。
これからもどうぞよろしくお願いします。




