外伝・動き出す狐人族
その日、狐人族の部族長であるグランドーク家の屋敷の執務室にはエルバ、ガレス、マルバスが集まり机を囲んでいた。
「エルバ。今回の『奴隷解放の件』について、各部族は我がグランドーク家に一任するそうだ。これで、バルディアと事を構えても邪魔をする者はおらんだろう」
「さすがは親父殿だ。それで、バルディアに潜入しているラファからの連絡はどうなっている?」
エルバは頬杖を突いたまま、視線をマルバスに向けた。
「姉上からの報告によりますと、ここ数ヶ月で兄上からの指示による情報の収集。ローブから得た情報の裏取りは終わったとのことです」
「そうか。ラファにしては思ったよりも時間がかかったようだな」
「えぇ。何でも姉上曰く、バルディア領内における警備が想像以上に厳しく慎重にならざるを得なかったとか。それと、バルディア家の屋敷には厄介な猫がいるとかで潜入は出来なかったそうです。後は、手土産を持って帰国するとのこと」
「手土産か……」
ここ数ヶ月、エルバ達はバルディアに仕掛ける為、奴隷売買で得た繋がりを元にズベーラ国外内の有力者達に根回しを行っていたのである。
同時に『化術』が使用できるラファをバルディアに送り込み、現地における最新の情報収集も抜かりない。
エルバは楽しそうに口元を緩めた。
「それと……アモンとシトリーをバルディアに行かせている間に調べるよう指示した件はどうなっている?」
「はい、その資料はこちらになります」
マルバスがサッと提示した資料に目を通すと、エルバは「ふむ……」と相槌を打った。
「ふふ、中々に良い人材がアモンの元に集っているではないか」
「うむ。その資料は私も見たが、我らの政策に反対する者達がアモンの元に集っているようだな」
ガレスが同意するように頷いた資料の内容は、アモンの掲げる理想に同調した者達の名が連なっているものだ。程なくして、マルバスがエルバに問い掛けた。
「それで、兄上。彼等とアモンを如何するつもりなのですか?」
「うん? 少し考えていることがあってな。なに、アモンとこいつらは間違いなく狐人族の役に立ってもらうさ。熱心に部族の行く末を案じる奴らだ。きっと協力してくれるだろう」
そう言った後、エルバはガレスとマルバスを見回した。
「金も時間も十分につぎ込んだ……ラファが戻り次第、仕掛けるぞ」
その一言に、ガレスとマルバスは不敵に笑い頷くのであった。
◇
一方その頃、バルディア領にある工房を遠くから密かに見つめる集団があった。
集団は狐人族の女性だけで構成されており、その中には美しい白い髪を靡かせる妖艶な女性の姿もある。
やがて、彼女は周囲を見渡すと楽しそうに呟いた。
「さて、あの工房で奴隷として働いている同胞を解放して国に連れて帰れば今回のお仕事はお終いよ。貴女達もわかっているわね?」
「はい、ラファ様」
彼女の言葉に、周囲の狐人族はコクリと頷いた。
ラファは、エルバの指示により数ヶ月前からバルディア領に潜入。
町の様子、工房の位置、バルディア家の屋敷について様々な調査と情報収集を行っていた。
通常であれば難しい任務だが、ラファが指揮する狐人族達は他人の姿に化ける『化術』を使用できる者達の集まりである。
その為、警備が厳しいバルディア領内でもその任務をやり遂げることができたのだ。
しかし、それでも時間は掛かってしまったと言えるだろう。
ラファがふと思い出したように呟いた。
「そういえば、アモンとシトリーは間違いなくバルディアの町にいるのよね?」
「はい。お二人共、今頃は『ラファ様』と御一緒に観光を楽しんでいると存じます」
返事を聞いた彼女は楽しそうに笑みを溢す。
「ふふ、バルディアは楽しかったけれど、面白い出会いはなかったわねぇ」




