リッドとデーヴィド・ケルヴィン
「お二人共、急にこちらに移動してすみません。父上は興味のある話になると長いので……」
デーヴィドはそう言うと、父上を質問攻めにしているグレイド辺境伯に対して呆れたような眼差しを向けた。
よく見ると父上も少し困り顔を浮かべており、思わずファラと一緒に「あはは……」と忍び笑うと僕は話頭を転じる。
「ところで、デーヴィド殿は私と年齢が近いと伺いましたが、いまおいくつなんですか?」
「七歳です。もうすぐ八歳になります」
「あ、それなら一緒ですね」そう答えると、デーヴィドは相槌を打って視線を移す。
「ちなみにファラ殿も同じですか?」
「はい。私もリッド様、デーヴィド様と同じ七歳です」
彼女がにこりと頷くと、彼は嬉しそうに目を細めた。
「じゃあ、私達はみんな同い年なんですね」
「そうみたいですね」僕は頷きながらデーヴィドに、仲良くできそうだなと好印象を抱いていた。
先程の自己紹介から簡単なやり取りしかまだしていないけれど、彼の言動には裏は感じない。
それに一つ一つの仕草を見ても、デーヴィドはこちらに対して敬意を払ってくれていると感じられる。
『ドレイク・ケルヴィン』とは事務的な付き合いになったとしても、デーヴィドと僕が親交を深めておくことで両家の均衡もとれるだろう。
ドレイクが僕と話したくないとなれば、デーヴィドを窓口にすればいい話だからね。
そう思いながらにこりと微笑みながら手を差し出した。
「こうしてお話するのもご縁ですから、良ければ『リッド』と呼んでください」
彼は少し驚いた様子を見せるが、「……わかりました」と頷きすぐにこちらの手を握り返す。
「では、私のことも『デーヴィド』と呼んでください。あと、言葉遣いも気さくで構いません」
「わかった。デーヴィド、改めてよろしくね」
「こちらこそよろしく、リッド」
その後、三人で互いの領地の違いについての話題となる。
話の中で驚いたのは、ケルヴィン領に隣接する教国トーガからの不法入国者の対応。
そして、トーガ側の挑発的な行動が後を絶たず、グレイド辺境伯やドレイク卿が苦慮しているという事実だ。
バルディア領もバルスト、獣人国ズベーラ、レナルーテという三国と隣接した辺境だ。
だけど、レナルーテは同盟国だし、バルストとズベーラは国力の違いから帝国と事を構える様子はない。
勿論、他国からの不法入国者、犯罪組織、工作員などの取り締まりは行われているけどね。
しかし、『教国トーガ』は、国力でいえば『マグノリア帝国』に勝るとも劣らない大国だ。
そんな国が挑発を頻繁に行ってくるのであれば、ケルヴィン領は堪ったものではないだろう。
また、そんな現状から軍事活動をより効率化させるために『時計の小型化』にも着手していたらしい。
「やっぱり同じ『辺境』でも、隣接する国が違えば状況はかなり変わるね」
「そうですね。まぁ、父上曰く、トーガの挑発は本気ではないらしくてあくまで『偵察』の意味合いが強いそうです」
デーヴィドの言葉に「なるほど……」と相槌を打ちながら、横目でチラリと父上達の様子を窺う。
彼の話を聞く限り、謁見の間において披露した『懐中時計』にグレイド辺境伯がとても興味を示したことに合点がいく。
でも、同時に少し気掛かりなこともあった。
視線を戻すと、再び話頭を転じる。
「ところで、君のお兄さんのドレイク卿……彼はあんまりバルディア家に良い印象を持っていないように感じたんだけど、何かあったのかな?」
謁見の間においてグレイド辺境伯の言動はまだ許容できるものだったけど、ドレイクの物言いは高圧的であり少し敵意を感じる部分もあった。
勿論、『懐中時計』の開発で先を越されたという点もあったかもしれない。
でも、それにしても少し行き過ぎた言動だった。
ドレイクとは事務的に付き合っていくにしても、その原因は確認すべきだろう。
グレイド辺境伯には聞きづらいけど、彼なら教えてくれるかもしれない。
すると、デーヴィドは「あはは……」と苦笑した。
「……ケルヴィン家とバルディア家において、問題があったわけでありません。しかし、両家が貴族の間で何と言われているか、ご存知ですか?」
「えっと、確かバルディア家は帝国の剣、ケルヴィン家は帝国の盾と評されていることかな」
彼は、「はい、その通りです」と頷くと、バツが悪そうな表情を浮かべた。
「ドレイク兄さんは『帝国と並ぶ大国であるトーガと剣を交えるケルヴィン家こそ、剣と評されるべき』と考えているみたいです。父上や私は気にしていないんですけど……どうも、帝都の学園に通っている時にそのことで色々あったらしくて、申し訳ないです」デーヴィドはそう言うと、ペコリと頭を下げた。
思わぬ言動に、慌てて彼に頭を上げてもらう。
「いやいや! こちらもそんな事情があるとは知らずに聞いてしまい、申し訳ない」
でも、そうか……。
ドレイク卿の中でバルディア家が剣と評されていることに納得がいかない。
それ故、謁見の間ではこちらを敵視するような言動をしてしまったということなのだろう。
そんなことで……と思えなくもないけれど、貴族というのは体面と誇りをとても重視している。
特に帝国を守るという職務に就いているケルヴィン家を誇りに思っているだろう長男のドレイクからすれば、デーヴィドの言った『帝都の学園であったこと』はかなり屈辱を感じたのかもしれない。
その点から考えれば、こちらをよく思わないという感情はわからなくもない……か。
とはいえ、それであの言動が許されるわけじゃないけどね。
でも彼の話を聞く限り、ドレイク卿とは事務的以上の付き合いは今後も難しいかもしれないなぁ。
そうなると、ケルヴィン家の窓口としてデーヴィドとの親交は今後の為にもやはり構築しておくべきだろう。
その後、顔を上げてもらった彼と雑談を続けているとファラがふと問いかけた。
「……そういえば、デーヴィド様のお名前は皇太子のデイビッド様と似ておられますね」
「言われてみれば、確かにそうだね」と相槌を打つ。
すると間もなく、デーヴィドの顔色が暗くなり「はぁ……」と小さくため息を吐いた。




