バルディア領に帰還
父上が運転する木炭車の中、僕の胸に顔をうずめているファラは先程まで少し嗚咽を漏らしていたけど、今は聞こえない。
彼女の肩を抱き、優しく話しかける。
「ファラ……落ち着いたかな」
「はい、ありがとうございます、リッド様。すみませんでした。もう、大丈夫です」
少し目を赤くしながら顔を上げる彼女は笑みを浮かべている。
僕はそんな彼女にニコリと微笑み優しく囁いた。
「そっか、それなら窓から外を見てごらん」
「外ですか……うわぁ」
彼女は僕に言われた通りに流れ去っていく景色を見て、驚きの表情を浮かべた。
馬車よりも早く移動する木炭車から見える景色は、恐らく初めて目にするものだろう。
それに、まだレナルーテ国内であり外は田園風景でとても良い眺めだ。
「ふふ、喜んでくれて良かったよ」
「はい、ありがとうございます」
明るさを取り戻したファラの笑みに、安堵するもそれから間もなく僕が乗り物酔いに襲われたのは言うまでもない。
乗り物酔いをしやすいことを知っている同乗者の父上やメルは笑っていたけど、ファラはとても心配してくれた。
やがて、僕はファラに見守られる中、酔いも限界になり眠りについたのである。
◇
「リッド様……リッド様、起きて下さい。お屋敷に着きましたよ」
「う、ううん」
体を優しく揺さぶられて目を手で擦りながら、眠りから覚める。
すると、目の前に笑みを浮かべたファラの顔があった。
「ふわぁ……おはよう……」
「ふふ、リッド様。朝ではありませんよ。無事、バルディア領のお屋敷に着きました」
「え……あ、本当だ。ごめん、僕ずっと寝ていたね」
彼女に起こされて周りを見渡すと、すでに木炭車は本屋敷の前に止まっている。
そして、屋敷の皆が荷卸で慌ただしく動いていた。
車内に残っているのは、僕と彼女だけだ。
僕は車内で「んー……」と体を伸ばすと、ファラと一緒に車外に降りた。
すると、屋敷の前でガルンと話していた父上が僕に気付いて視線を向ける。
「リッド、起きたか。一応、ファラには今日明日は本屋敷で過ごしてもらう予定だが、それで良いな」
「はい、問題ありません。母上にファラも紹介したいですから」
父上に答えた後、僕はファラに視線を向ける。
彼女は僕の視線に気付いて、少し照れ笑いを浮かべた。
そんな僕達の様子を見て、父上と会話していたガルンも笑みを浮かべている。
その時、僕はハッとして話を続けた。
「あ、そうだ。紹介が遅れたね。父上と話している彼は、執事のガルンだよ。何か困ったことがあれば、何でも聞いてもらって良いからね」
ガルンは僕の紹介を受けて、ファラに向かって丁寧に一礼すると優しく話始める。
「リッド様に御紹介与りました執事を任されております、『ガルン・サナトス』と申します。屋敷の者一同。ファラ様が来られるのを心待ちにしておりました」
「は、はい。ガルンさんですね。この度、リッド・バルディア様に嫁いで参りました。ファラ・レナルーテです。以後『ファラ・バルディア』となります故、よろしくお願いします」
少し緊張した面持ちを浮かべた彼女は、ガルンに口上を述べるとスッと会釈する。
ファラが名乗った名前に、僕は改めて彼女がバルディア家の一員になったと感じて思わずドキっとした。
ガルンは彼女の言動に優しくも畏まった面持ちで、スッと会釈して答える。
「ご丁寧なご挨拶を頂き誠にありがとうございます。しかし、ファラ様はリッド様の妻となるお方です。私に畏まる必要はございません。気軽に『ガルン』とお呼び下さい」
「ありがとうございます。承知……あ、わかりました。では、改めてよろしくお願いします」
ファラとガルンのやり取りが終わると、父上が咳払いを行った。
「では、ナナリーのところに行くとしよう。妻は、君のことを心待ちにしていたからな」
「ふふ、確かに母上がいつも一番ファラに会いたがっていましたね」
僕達の会話を聞いて、ファラが嬉しそうな笑みを浮かべるもハッとした表情を浮かべた。
「は、はい。あ、でも……」
「ファラ、どうかした」
言動が気になり、問い掛けると彼女は僕にあることを耳打ちする。
話を聞いた僕は思わず笑みを溢して頷いた。
「はは、そうだったね。そうしよう。父上、少しよろしいでしょうか」
「どうした」
首を傾げる父上に、僕はファラから耳打ちされたことを伝えると、父上は驚いた様子で微笑する。
「はは、わかった。確かに、それはナナリーも喜ぶな。では、私は先に部屋に向かおう。リッド達は準備が出来てからナナリーの部屋に来なさい」
「はい、父上」
返事をしながら頷くと、父上は視線をガルンに移す。
「ガルン、悪いが後を頼むぞ」
「承知しました」
父上はそう言うと、屋敷の中に入って行った。
恐らく母上の部屋に向かったのだろう。
しかし、そういえばメルが見当たらない。
「ねぇ、ガルン。メルを見てないかな」
「メルディ様でしたら、皆様が屋敷に到着してすぐにナナリー様の部屋に向かわれました」
「あ、そうなんだね」
メルは、レナルーテの出来事が凄く楽しかったらしい。
そのせいか、あっちに居る時から母上に沢山話したいことがあると嬉しそうに言っていたのだ。
だから、屋敷に着くと同時に母上の部屋に行ったのだろう。
メルの喜び勇んで母上の部屋に行く姿が目に浮かび、つい笑いが込み上げる。
「ふふ……」と僕が顔を綻ばせた様子に、隣にいたファラが首を傾げる。
「……? リッド様。どうかされましたか」
「え、いや、なんでもないよ。それより、早く準備をして母上のところに行こうか」
「はい。では、準備をする為に私はダリアやジェシカ達に声を掛けてきますね」
「うん、お願い」
こうして、僕とファラは母上に会う準備を足早に進めるのであった。




