閑話・ライナーとバーンズ
迎賓館の来賓室でリッド、ライナー、バーンズの三人で行われていた会談が終了。
三人の中で次の予定が決まっていたリッドは、ライナー達に向かって丁寧に挨拶をした後、退室した。
一方、部屋に残りソファーに腰を下ろしたままのバーンズは、紅茶を一口飲んでからライナーに含みのある視線を向ける。
「ふふ、噂は当てにならんものが多いが、今回は珍しく当たりだったな。お前の息子が帝都にきた時、貴族達が大騒ぎになるのが目に浮かぶよ」
「茶化すな、バーンズ。しかし、私のところにはあまり聞こえてこないが……どのような噂が流れているのだ」
「そうだな。噂は一部の者達の間でしか流れておらんが、私が知る範囲でよければ教えよう」
バーンズはそう言うと、さも楽しそうに帝都で一部の貴族の間で流れる『型破りの神童』の噂を語り始めた。
彼曰く、噂が流れ始めたのは一年前ぐらいかららしい。
その頃、レナルーテにおける一部の華族から親交のある帝国貴族に対して『バルディア家』の息子である『リッド・バルディア』の情報を求める話があったそうだ。
「その時、話を持ち掛けられた貴族が……偶然にも私の友人でね」
「ほう……」
ライナーが相槌をすると、彼はニヤリと笑いおどけた様子で話を続ける。
バーンズが言うには、情報を求めたそのレナルーテの華族は『あの型破りな神童であるリッド・バルディアの事は、どの程度まで把握しているのか』と尋ねてきたそうだ。
「勿論、帝国貴族の情報を彼らに言う必要性もないし、リッド君のことを良く知らない友人の答えは『知らん』で終わり。その後、その華族から連絡はなかったらしい」
「なるほどな。そのようなやり取りがあったとは知らなかったな。しかし、それがどうして一部の貴族で噂されるようになったんだ」
彼の話を聞いたライナーは、内心では苦々し気に舌打ちをしていた。
バーンズの言う一年前ぐらいとは、恐らくレナルーテにリッドを連れて行った時のことだろう。
やはりあの時、リッドは目立ち過ぎたのだ。
いくらエリアス王が緘口令を敷いても、人の口に戸は立てられないということだろう。
ライナーの問い掛けにバーンズは不敵な笑みを浮かべる。
「ふふ、実はこの話はこれで終わらなかったんだよ」
そう言うと、彼は楽しそうに説明を始めた。
バーンズが語るには、リッドのことを尋ねてきたレナルーテの華族が、突然亡くなったらしい。
それも、どうやら暗殺された可能性が非常に高いという。
しかし、レナルーテの華族で連絡が取れなくなったのは彼だけではない。
そして、暗殺されたと思われる多数の華族達には『型破りの神童』について帝国貴族に問い合わせてきたという共通点があったのだ。
その結果、一部の帝国貴族の間で『型破りな神童』というのが少し話題になっていたということらしい。
「しかし、所詮は噂だ。しばらくすればこの噂もすぐに聞こえなくなった。だが、最近になって一部の貴族でまた噂されるようになったのさ」
「どういうことだ」
一度鎮静化した噂がまた囁かれるようになったと聞いて、ライナーが怪訝な表情を浮かべて問い掛ける。
すると、彼は両手を広げておどけた様子で答えた。
「どうもこうもない。原因はお前だよ、ライナー。バルディア領において、バルストから『保護』という名目で獣人族の子供達をかなり買っただろう。帝国の常識や、お前の性格などを考えれば有り得ないことだ。その時、知っている者の間で『型破りの神童』という話が蘇ったというわけさ」
「なるほど……しかし、話を聞く限りでは思っていたより、まだ大事にはなっていないようだな」
そう言うと、ライナーは少し安堵したような表情を浮かべた。
獣人族の子供達を『保護』という名目で購入することは事前に皇帝は勿論、バーンズなど友好的な貴族に根回し済みである。
その為、噂が蘇ったと言われても合点がいったのだ。
ライナーも一部貴族の間で流れていた『噂』を全く耳にしなかったわけではない。
しかし、噂の当事者であるバルディア家にはあまり話が流れてこなかったのも事実だ。
その為、確認の意味も含めてバーンズに探りを入れていたのである。
そして結果は、ライナーの予想の範囲内であったという感じなのだろう。
ライナーの表情の変化を見た彼は、ニヤリと笑いながら話を続ける。
「まぁ、リッド君の年齢ぐらいは貴族達でもすぐに調べは付く。それ故、噂を知っている者達でも『型破りの神童』は過大評価であり、あくまで噂に過ぎないという認識だ。しかしだ……『懐中時計』の件でバルディア家に注目が集まっているのは事実だし、『木炭車』のこともある。噂の真意はどうあれ、帝都に来ればお前とリッド君を囲もうとする動きはでるだろう。覚悟しておくことだ」
さも楽しそうに話すバーンズに、ライナーは首を小さく横に振るとため息を吐いた。
「……ようやくファラ王女を迎えたというのに、前途多難だな」
「ふふ、『帝国の剣』が帝都に巣食う『化け狸や化け狐』などの妖魔を退治してくれるのを期待しているよ」
明るい笑みを浮かべているバーンズの表情を見て、再度ため息を吐いたライナーは『やれやれ』と額に手を添えながら首を軽く横に振っている。
しかしその時、ふと彼の娘である『ヴァレリ』にまつわる話題を思い出した。
「そういえば、バーンズ。お前の娘……ヴァレリだったか。第一皇子との婚約者として最有力候補と聞いたが、その辺の話は進んでいるのか」
思いがけない質問だったのか、バーンズは笑みから一転して少し畏まった表情を浮かべた。
「あぁ、その件はここだけの話、内々的にはほぼ決まっているんだ」
「そうなのか。いやしかし、皇子もお前の娘もまだ婚約する年齢ではないだろう。何か、あったのか」
「いや、実はな……」
バーンズは体を乗り出すと、ライナーにしか聞こえないような小声で話始める。
彼の娘である『ヴァレリ・エラセニーゼ』が六歳となった時、帝都にある公爵家において誕生日会が開かれた。
そこには、将来のことも見据えヴァレリと第一皇子の顔合わせも同時に行われたのである。
しかしこの時、皇子と遊んでいたヴァレリが弾みで壁に後頭部を激しくぶつけ、前のめりに倒れて気絶してしまう。
さらに運の悪い事にヴァレリは倒れた際、床に転がっていたおもちゃで額を怪我して流血までしてしまったのだ。
目撃者も多数いる中で起きたこの事件を重く見た皇室は、内々ではあるが第一皇子の婚約者は『ヴァレリ・エラセニーゼ』に定めたという。
話を聞いたライナーは、呆れ顔を浮かべた。
「……まるで小説のような話だな」
「まさにその通り。『事実は小説より奇なり』とは良く言ったものだよ。それにな……もう一つその事件が起きてから変わったことがあるんだ」
「……?」
珍しくもったいぶるような言い方をするバーンズに、ライナーは思わず首を傾げる。
それから少しの間を置いて、彼は話しを続けた。
「その日以降……何やら娘が急に利発になったのだ。それこそ、受け答えだけなら先程のリッド君に負けないぐらいにね。まぁ、娘の気の強いところや我儘なところが治ったと、妻や屋敷の皆は喜んでいるがな」
「そ、そうか……不思議なこともあるものだな」
相槌を打ちながらも、ライナーはどこかで聞いたことのあるような話に既視感を覚えていた。
気を失い、目を覚ますと人が変わったように利発になっていた……それはまさに、リッドの身に起きたことでもあったからだ。
ライナーは、内心で(いや……まさかな……)と呟きつつも、また頭を抱えそうな問題が起きる気配を一人感じていた。
その時、バーンズが何か思い出しようにハッとすると、ニヤリと笑みを浮かべる。
「そうそう、忘れていた。ベルルッティ侯爵だがな。何でも新しく『養女』を迎えたそうだ」
「養女だと……侯爵には息子も孫もいるだろう。それなのに『養女』を取ったというのか」
「あぁ、詳細はまだわからんがな。まぁ、奴の事だ。また、何か色々と考えがあるんだろう。案外、リッド君に宛がうつもりかもしれんぞ」
バーンズは冗談半分と言った様子で、おどけて話している。
しかし、ライナーは重々しい表情で首を横に振った。
「それはさすがにお断りだな……」
その後も二人は、時間が許す限り来賓室で会談を続けるのであった。




