神前式と披露宴が終わって
神前式と披露宴が無事終わり迎賓館の自室に帰ってきた僕は、着替えが終わるとベッドに仰向けに寝転んでいた。
「ふぅ……楽しかったし、ファラも可愛かったなぁ」
神前式と披露宴での出来後を振り返る。
神前式は事前の段取り通りだから良かったけど、披露宴は色んな華族の人達との挨拶や会話で大変だった。
ちなみにファラの着ていた『黒引き振袖』の意図について、まだ本人に聞けていない。
すでに意図は知っているけどね。
でも、だからこそ近いうちにファラが見せてくれた覚悟に、僕の気持ちも伝えたいと思っている。
披露宴が終わると、ファラ達は惜しみつつも本丸御殿の自室に戻った。
迎賓館に彼女達が移動してくるという話もあったけど、止めてもらったのだ。
近日中に故郷であるレナルーテを離れて、彼女達はバルディア領で僕達と過ごすことになる。
出来る限り慣れ親しんだ場所の時間を大切にしてほしい、と伝えたのだ。
勿論、彼女が希望すれば迎賓館に来てもらっても構わないと伝えている。
そうして今日一日を振り返る中、ふとある人物の顔を思い出した。
「それにしても……まさか、悪役令嬢の父親と思われる『バーンズ・エラセニーゼ公爵』に出会うなんて、想像もしていなかったなぁ」
そう、披露宴において一番驚愕したのは、いずれ出会うであろう『悪役令嬢』の父親と思いがけず出会ってしまったことだ。
しかも、父上と親交が深いという、まるで未来に起きることを暗示するような関係性である。
一応、確認のために娘がいるか聞いてみたけど、『ヴァレリ・エラセニーゼ』というお嬢様がいるそうだ。
『ときレラ!』の悪役令嬢と同じ名前であり、こうなると最早確定である。
さらに明日の午前中には父上の計らいで僕、父上、バーンズ公爵の三人で話す予定だ。
「さて、どうしたもんかなぁ……」
バーンズ公爵と父上の話す様子を見る限り、親交は厚いらしく気を許せるような仲であることは容易に察することが出来た。
悪役令嬢の近辺には可能な限り近づくつもりがなかったのに、思わぬところですでに縁が繋がっていたものだ。
運命からは逃れられないとでも言うつもりだろうか。
「いや……そんなはずはない」
ベッドで仰向けに寝転びながら考えに耽っていた僕は、静かに首を横に振った。
父上とバーンズ公爵がすでに繋がっていたことには驚いたけれど『貴族』としては当然の関係性かも知れない。
バーンズ公爵が使者として此処に来ているということは、外交関係を任されている貴族の可能性もある。
そうなれば、辺境伯である父上と親交が厚いというのはおかしな話ではないだろう。
「……こうなれば開き直って、明日は色々とバーンズ公爵に話を聞いて情報を集めてみるか」
くよくよ悩んでいてもしょうがない。
いずれ出会うと覚悟していたんだ。
むしろ、身動きがとりにくい現状で出会えた機会を前向きに捉えていこう。
考えがある程度まとまった僕は、そのまま意識を手放そうとするがその時、部屋のドアがノックされてハッとする。
寝ている状態から、体を起こして答えると、返って来たのはカペラの声だった。
「リッド様、お休みのところ申し訳ありません。ファラ王女様がお見えでございます」
「え⁉ ちょ、ちょっと待って」
ベッドから慌てて飛び降りると、僕は部屋のドアを急いで開ける。
そこにはカペラと、彼の後ろに静かに佇むファラとアスナの姿がすでにあった。
「あはは……リッド様、すみません……来ちゃいました」
顔を赤らめ、はにかむファラの笑みに僕はドキッとしたのを感じた。
「うん。と、とりあえず部屋の中にどうぞ」
「……‼ は、はい。では、失礼致します」
立ち話をするわけにもいかないと思い、僕は彼女を部屋に招き入れる。
しかし、護衛であるはずのアスナは、笑みを浮かべるだけで部屋の中に入ろうとはしない。
意図が良くわからず、きょとんとした僕は彼女に問い掛けた。
「アスナ、どうしたの?」
「いえ、リッド様と姫様はすでにご夫婦と成られました故、私は部屋の外でお待ちしております。神前式を迎えた本日は、お二人でお過ごしください」
「へ……」
この時、アスナの言葉に僕が呆気に取られたのは言うまでもない……。




