リッドとファラの神前式
新郎新婦の衣装である袴と白無垢を纏った僕とファラは、本丸御殿の外に案内される。
そこには父上やメル、エリアス王と王族の皆が揃っていた。
ふと周りを見ると、物々しい警備体制が敷かれているようで、どこを見てもレナルーテの軍人が鋭い目を利かしている。
その時、僕に気付いたエリアス王と父上がこちらに近寄ってきた。
「婿殿、それにファラも良く似合っているぞ」
「ありがとうございます。エリアス陛下」
彼の言葉に答え、僕とファラが会釈をするとエリアス王は言葉を続けた。
「ふむ、それと段取り確認の時と違い少し物々しいのは立場と状況があるのでな」
「承知しております。それに故郷のバルディア領で強面の騎士に囲まれて育ちましたので、慣れておりますからご安心ください」
そう言うと父上に視線向けてニコリと僕は微笑んだ。
エリアス王の隣に立っていた父上は、僕の言葉を聞いて眉をピクリと動かす。
そのやり取りを見たエリアス王は、豪快に笑い始めた。
「ふははは。そうか、それは頼もしいことだ」
「リッド、お前は毎度のことながら一言余計だぞ」
父上は小さく首を振り、エリアス王は楽し気に笑っている。
二人の雰囲気が和らいだおかげか、場の緊張感が少し緩む。
それと同時に隣にいるファラが小声で呟いた。
「……バルディア領の騎士の皆様は強面なんですね。私も今から会うのが楽しみです」
「あはは……まぁ、本当に怖い人もいるけど、皆優しいよ」
少し苦笑しながらファラに答えると、彼女はクスクスと笑みを浮かべているのであった。
◇
その後、僕達は用意された馬車に乗り神前式を行う神社の前まで移動する。
馬車から下車すると、そこにはレナルーテ軍の軍人と華族の人達で囲まれていた。
神社の前から境内までは軍の警備する道が出来ており、よく見ると少し遠巻きにレナルーテの町民も見に来ているようだ。
町民からすれば、僕とファラの神前式はちょっとしたお祭りなのかもしれない。
「人だかりが凄いね」
「王族の婚姻ですから、国中が注目しているみたいです」
小声でファラが答えてくれる中、関係者が馬車から降りて揃うと神社の前までエリアス王を先頭に整列して進んで行く。
神社の前では、ダークエルフの神主の男性と巫女が二人待っていた。
そこまで進むと彼らが先頭となり、その後を僕とファラが歩いていく。
境内の中に進むと厳重な警備が敷かれている中で、レナルーテの華族達が参進する僕達に好奇の目を向けていることに気付いた。
僕とファラの神前式ではあるけれど、華族達が見せている納得したような表情が目的なんだろうなぁと実感する。
前回、レナルーテを訪問した際にファラとの婚姻を反対した『ノリス・タムースカ』とその派閥。
彼等は僕とファラとの婚姻を阻止するべく、色々とやり過ぎた。
その結果、ほとんどは粛清と断罪されたらしく、レナルーテの風通しはとても良くなったそうだ。
しかし、それでも密約によってレナルーテが帝国の属国になった事実を知っている華族に思うことは多い。
その中で婿となる僕がレナルーテ国内でファラと式を挙げるという行為は、華族達の溜飲を下げることにも繋がるということだろう。
その時、隣を静かに歩くファラが視線をチラリと見てから小声で呟いた
「リッド様……」
「うん、なんだい?」
小声で僕が反応すると、ファラはニコリと微笑んだ。
「私はどのような目的や策略があろうとも、こうしてリッド様と式を挙げられることは心から嬉しいです。心待ちにしておりましたから」
「……そうだね、僕もだよ。今日は二人で楽しもうね」
「はい‼」
小声で話すと僕達二人は、華族達の好奇な目も気にせずに満面の笑みを浮かべて本殿に足を進めて行く。
◇
本殿の中に足を進めて入場すると同時に、聞き覚えのある独特の音が本殿内に響き始める。
段取り確認の時などには流れていなかったので、驚きのあまり音が聞こえる方向に視線を向けた。
そこには、荘厳な衣装に身を包みながら楽器を演奏する人達がいる。
「リッド様、どうかされましたか。もしかして、苦手な音色でしたか?」
「え、いやいや。神秘的で素敵な音だと思うよ。聞いたことがない音色だったから驚いただけさ。あはは……」
ファラの問い掛けに僕は苦笑しながら答える。
さすがに『雅楽』と同じ音色で驚いたとも言えないよね。
すると、ファラは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「良かった。ふふ、私この音色が神秘的で好きなんです」
「そうなんだね。少し驚いたけど、この音色は僕も好きだよ」
笑みを浮かべて答えると彼女は照れ隠しのように俯いてしまった。
多分、いま彼女の耳は動いているだろうけど、白無垢なので耳の動きが見られないのが残念だ。
やがて本殿の中を進むと、そこには親族席や特に親交の深い人達だけが座れる席が用意されている場所に辿り着く。
そこにはバルディア家から父上とメル。
加えて関係が深い者としてはクリスが席に着いた。
そしてバルディア家の席の列に、見慣れない帝国貴族の男性が静かに腰を下ろす。
彼は昨日の夜、レナルーテに到着した帝国からの使者で父上とも仲が良いそうだ。
僕がこの事を聞いたのは今日の朝だけどね。
エリアス王も含め、当然政治的にはすでに周知の事実だったみたい。
貴族の男性は今日の朝から段取り確認に父上と参加しているらしく、式の動きに戸惑いはないようだ。
やがて本殿内の席に関係者が揃うと、神主と巫女が主導となり儀式が進んで行く。
厳かな雰囲気の中、神主のダークエルフが「それでは、『三献の儀』を執り行います」と声を静かに響かせた。
同時に控えていた巫女達が大中小の三つの盃と御神酒を用意する。
『三献の儀』とは『三三九度』とも言われる儀式だ。
巫女が注ぐ御神酒を小杯で新郎、新婦、新郎。
次は中杯で新婦、新郎、新婦。
最後は大杯で新郎、新婦、新郎の順番で飲んでいく。
この際、それぞれの杯に注がれた御神酒は三口で飲み干すという決まりがある。
僕とファラは、皆に見守られながらこの儀式を進めて行く。
ちなみに、小杯は過去、中杯は現在、大杯は未来を表しているそうだ。
やがて、三献の儀が終わると次は『誓詞奏上』となり新郎新婦。
つまり僕とファラが『夫婦として生きていくこと』を皆と神様の前で誓うというわけである。
僕とファラはその場で立ち上がり、一緒に誓詞を読み上げる。
「今日を佳日と定め、謹んで神の御前にて結婚の礼を行います。今より後、私達は夫婦の契りを結び合い、千代に八千代に互いを信じ、相和して夫婦の道に背かず助け合い。祖先を敬い子々孫々の繁栄を計り、終生変わらぬことを茲に誓い奉ります」
言い終えると、僕達は互いに笑みを浮かべながらその場に座った。
なんだか、言葉にすると改めてファラと結婚するんだなぁと実感する。
国同士の政が強いことはわかっているけど、それでも僕は婚姻の話がきた時から彼女を護り愛することを誓った。
その想いに今も変わりは無い。
式が進むにつれて想いが強くなっていく僕は、ファラにだけ聞こえる声で囁いた。
「愛している。大好きだよ、ファラ」
「え⁉ は、はい……私もお慕いしております」
ファラは突然の言葉に驚いたらしく、顔を赤らめ目を丸くしながら答えてくれた。
そんな彼女に微笑みながら僕は言葉を続ける。
「急にごめんね。でも、どうしてもこの場で伝えたいと思ったんだ」
「い、いえ、ありがとう……ございます」
彼女はそう言うと、俯いてしまう。
そんなファラの様子に僕は笑みを浮かべていた。
その後も式は順調に進んで、僕達の祝福と両家の繁栄を願った巫女の舞が行われる。
最後に、斎主である神主のダークエルフが式の終了を告げた。
僕達はその場で立ち上がると、本殿に来た時同様に神主の後に続き整列して移動する。
こうして、神前式は終わり披露宴を行う本丸御殿に場所を移すのであった。




