ファラの秘密……?
ビスケットが話せるようになった理由についての話が終わると、彼女は「じゃあ、子猫に戻りますね」と一言発して、僕達に向かいカーテシーを行う。
それから間もなく、『ティア』の姿からクッキーと瓜二つの白い子猫のような姿に戻ると、二匹はメルの側に近寄り可愛らしく丸くなるのであった。
一連の動きにメルは笑みを浮かべており、特に驚いた様子はない。
だけど、この場にいるファラとアスナは目を丸くするのであった。
その時、ディアナが呆れ顔を浮かべて呟く。
「クッキーとビスケットにはとても驚かされましたが、メルディ様を『メルちゃん』と呼ぶのは少し気になりますね」
「そうかなぁ、でも、わたしがいいよっていったんだよ?」
メルはディアナの言葉にきょとんとした表情を浮かべている。
ディアナとしては、魔物とはいえビスケットのメルに対する口調が少し気になったらしい。
険しい表情で「しかし……」と言葉を続けようとするディアナに僕は声を掛ける。
「まぁまぁ、クッキーとビスケットは魔物なんだから、僕達の過ごす社会の決まりを強制する必要はないんじゃない?」
「リッド様、『郷に入っては郷に従え』という言葉もございます。クッキーとビスケットがバルディア家で過ごすうえに我々との会話も出来るとわかった以上、それは通用しないかと存じます」
彼女はクッキーとビスケットをチラリと見てから、凛とした声で答える。
ディアナの言わんとしていることもわからなくはない。
今は良いかも知れないけど、クッキーとビスケットがメルと一緒に人前に出る事も今後あるだろう。
その時に、ビスケットが行った言葉遣いだと色々と支障が出るかもしれない。
僕は口元に手を充てて少し考えた後、メルとビスケットに視線を向けた。
「わかった。じゃあ、ビスケットのことは僕から父上と母上にも話すよ。その上で、ビスケットには折角だから社会に必要な『言葉遣い』や『礼儀作法』をメルの勉強と一緒に学んでもらおう。クッキーもその場に同席して、学んでもらえればいいかな」
「うわぁ、それおもしろそうだね。あ、でもそうなると、わたしとビスケットたちは、きがるにはなしちゃだめなの?」
メルはクッキーとビスケットが言葉遣いや礼儀作法を習う事には目を輝かせた。
しかしすぐにハッすると、しょぼんとした表情を見せる。
僕は小さく首を横に振ってから笑みを浮かべた。
「そんなことはないよ。あくまでも、『言葉遣い』や『礼儀作法』は必要な場に応じて使うだけだからね。メルとクッキーとビスケットの三人だけとか、僕達だけしか居ない場なら今まで通りで問題ないよ」
「ほんとう⁉ えへへ、クッキー、ビスケット、わたしとあそぶときはいままでどおりでいいって、よかったね」
クッキーとビスケットは、メルの言葉を聞いた後に二匹で顔を見合せた。
やがて、クッキーは面倒くさそうに首を横に振る。
しかし、ビスケットはちょこんとその場に丸まった状態から座り直すと、僕達を見据えて笑みを見せた。
「承知しました。では、バルディア領に戻ってからは私も、リッド様達が住んでいる世界の決まりを勉強させて頂きます」
子猫姿のビスケットがいきなり声を発したことで、この場にいる皆は再度呆気に取られる。
そして、代表するように僕が答えた。
「……⁉ ビ、ビスケットはその状態でも話せるんだね。少しびっくりしたよ」
「あはは。見た目が何であれ、声を発せられる作りにすればいいだけですからね。一度、やり方を覚えてしまえば後は簡単ですよ」
白い子猫姿で人語を話すビスケットは、笑みを浮かべて楽し気だ。
こうして、ビスケットとクッキーがバルディア領に戻り次第、メルと一緒に様々なこと学ぶことがそれとなく決まったのである。
◇
ビスケットとクッキーとのやり取りが落ち着くと、僕は視線をファラに向ける。
「ごめんね、ファラ。色々と話が脱線してしまって……」
折角、ファラが部屋まで来てくれたというのに、レイシス王子やビスケット達の話ばかりになってしまった。
本当に申し訳ないと思い、僕は言い終えると彼女に向かって会釈を行う。
するとファラは、両手を前に出してワタワタと手を横に振った。
「いえいえ、私も楽しかったですから。それに、クッキーとビスケットが『ティア』に変身できて会話も出来るなんて本当に驚きました。ね、アスナ」
「はい。まさかあの時に出会った魔物の二匹が、こんな力を宿していたとは思いませんでした」
ファラとアスナは子猫姿になり、仲睦まじく二匹で丸くなっているビスケットとクッキーを見て微笑んだ。
二人の声は聞こえている様子だけど、二匹は気にしていないみたい。
「そうだね。僕も変身出来ることは知っていたけど、まさか会話できるとはしらなかったんだ」
その後、僕はクッキーとビスケットがバルディア領に来てからの話をファラ達に話しながら談笑した。
クッキーとビスケットの存在は、ファラとの手紙のやり取りで伝えていた。
だけど、ファラも疑問に思っていたところも多かったようで僕は質問を受けては、答えていく。
「……というわけで、バルディア領の温泉はクッキーが掘り当ててくれたんだよ」
「なるほど……それが先程の話に繋がっていくのですね。ふふ、私もクッキーが掘り当てた温泉に入るのが楽しみです」
ファラが笑みを浮かべて頷いてくれたところで、僕は咳払いをして疑問を尋ねた。
「ところで、ファラ。何か困ったことでもあったかな?」
「え……ど、どうしてですか」
ファラは質問の意図がよくわからずに困惑した表情を浮かべる。
あれ、違ったのかなと思いながら僕は言葉を続けた。
「いや、何もないなら良いのだけど。急に訪ねてきたから、何か困りごとがあったのかなと……」
「あ……そ、それはですね。これのお礼を直接言いたくて……」
ファラはそう言うと顔を少し赤らめながら机の上に、可愛らしくも品のある装飾が施された『懐中時計』を静かに置いた。
それはまさしく、僕がエリアス王との会談でファラに渡して欲しいと伝えて渡したものだ。
「その……本当に嬉しかったんです。それに、携帯できる時計なんてこんな素晴らしいものを用意してくれてありがとうございます」
ファラの言葉に僕は、照れ笑いを浮かべながら頬を掻いた。
「そうだったんだ……気に入ってもらえたなら良かったよ。あ、そうそう、母上もね。ファラがバルディア領に来るのを凄い楽しみにしてくれているよ」
「……‼ はい、私もナナリー様に会えるのを楽しみにしているんです。ふふ」
笑みを浮かべて答えたファラだったけど、何やら思い出したようにハッとすると慌てた様子で僕に問い掛ける。
「あ……そ、そうです‼ リッド様、以前お手紙にて頂いたナナリー様が私のことを『招福のファラ』と呼んでいる件について、今日は説明して頂きますからね。絶対に、絶対にです‼」
「そ、そうだったね。その事についても話しておかないといけないね。実はね……」
僕は母上がファラのことを『招福のファラ』と呼ぶようになった経緯。
そして、バルディア家の屋敷で働く面々は『招福のファラ』を心待ちにしていることを説明する。
ファラは顔を真っ赤にしながら「え……えぇええ⁉」と驚きの表情を浮かべた。
彼女の後ろに控えるアスナは、俯いて顔を隠しながら肩を震わせている。
やがて、ファラはハッとして恐る恐る僕に尋ねた。
「そ、それじゃあ、リッド様も私の秘密をご存じということ……ですか」
「えー……と、耳の件が『ファラの秘密』ということなら、そういうことになるね……」
ファラは僕の答えを聞くと同時に、驚愕した面持ちを見せる。
そして、両耳をばっと両手で隠して顔を赤らめたまま恥ずかしそうに俯いてしまった。
僕は慌てて取り繕うように言葉を続ける。
「だ、大丈夫だよ、ファラ。耳の秘密は母上や僕とかバルディア家でも一部の人しか知らないし、『招福のファラ』という呼び名だけが広まっているだけさ。それに僕は、ファラの耳の動きは可愛くて大好きだしね」
慌てて言葉を続けたせいか、余計なことを言ってしまった僕は「あ……」と呟き思わず顔が真っ赤になった。
「え……そ、そうなんですか……?」
ファラは僕の言葉を聞いて、きょとんとした表情を浮かべて顔を上げる。
その時、彼女が両手で隠していた両耳が露わになり少しだけ上下しているのが見えた。
ファラの可愛らしい表情を見て、なんていうべきだろうかと一瞬悩んだ僕だけど率直な思いを口にする。
「うん、正直に言うとファラの耳の動きは……その、可愛くてとっても素敵だと思うよ」
「……⁉ で、でも、本当に変じゃないですか? 他種族では有り得ない事なので、人族の殿方には『気持ち悪い』と思われると聞いていたのですけど……」
僕の言葉にかなり驚いている様子のファラは、期待と不安に満ちた表情を浮かべている。
彼女の言葉で耳の動きを何故秘密にしていたのかを理解した僕は、優しく微笑んだ。
「確かに、人族で耳が感情で動くという話は聞いた事がないね。だけど、僕はファラの事が……その、『大好き』だからさ。耳の動きがあってなくても関係ないかな。あ、でもさっき言った通り、耳の動きは……可愛くて素敵だと思っているのも本当だよ」
「……⁉ あ、ありがとう……ございます」
ファラは、顔を赤らめてまた俯いてしまうが今度は耳を隠していない。
その為、彼女の耳が可愛らしく少し上下しているのが目に入り、僕はニコリと笑みを浮かべた。
「ふふ、やっぱりファラは可愛いね」
「あ、いえ……これはその……」
可愛らしく照れた表情を浮かべるファラと僕のやり取りを見ていたディアナが、後でボソッと「ごちそうさまです」と言ったのが聞こえた気がする。
それとほぼ同時に、メルが笑みを浮かべて呟いた。
「うわぁ、ひめねえさまとにいさまって、ははうえとちちうえみたいに『らぶらぶ』なんだね」
メルの一言に、僕とファラが真っ赤で驚きの表情を浮かべたのは言うまでもない。
ちなみにこの時クッキーは呆れ顔で『やれやれ』と首を横に振り、ビスケットは優しくニコニコと微笑んでいたのであった。
 





