レイシスとの再会
僕に会いに迎賓館へ訪れて来たファラとアスナ。
そして、レイシスを迎え入れると挨拶も手短に、僕は部屋に用意されていたソファーに座るように皆を促す。
それから間もなく、ザックが部屋にお茶菓子を持ってきてくれた。
彼は僕達の座っているソファーの前にある机に丁寧にお茶菓子を置くと、ニコリと微笑み退室する。
ザックが部屋を退室したと同時に聞こえたドアの締まる音がして間もなく、ファラが遠慮しがちに呟いた。
「リッド様、急なご訪問申し訳ありません」
レイシスが居る手前、そこまで言葉を崩せない。
だけど、僕はファラをからかうような笑みを浮かべる。
「ふふ、ファラ王女。そんなに畏まらないで大丈夫ですよ。それに……もうすぐレナルーテでも正式な夫婦になりますしね」
「……‼ そ、そうですね」
ファラはハッとした後、耳を上下させながら顔を赤らめて俯いてしまう。
うん、可愛らしい……なんだろう。
何かこう……ずっとファラをからかいたくなるような、そんな衝動に駆られてしまう気がする。
その時、ファラの横に座っていたレイシスが咳払いをした後、苦笑した。
「リッド殿。あまり、妹をからかわないでやってくれ」
「あはは。すみません、レイシス王子。ファラ王女の反応が可愛いので。でも、本当のことですからね」
ファラは僕とレイシスのやり取りを聞いてからも、顔を赤らめ俯いている。
レイシスは僕とファラを交互に見ると『やれやれ』とおどけた仕草を行う。
その後間もなく、彼は少し真面目な表情になり視線を僕に向ける。
「そうそう。私とリッド殿は、これから義理の兄弟となるのだぞ。『王子』などと、堅苦しい言い方は止めて欲しいな」
「そ、そうですか? それでしたら……『レイシス兄さん』とかどうでしょうか」
思わぬレイシス王子の提案に、僕は少し困惑した表情を浮かべながら答える。
彼は少し悩むように俯くと、間もなく顔を上げて笑みを浮かべた。
「……うむ、良いな。今後は気軽にそう呼んでくれ」
「はは……承知しました。レイシス兄さん」
こうして、僕がレイシス王子のことを今後は『レイシス兄さん』と呼ぶことが決まったのであった。
その時、レイシス王子の視線が妹のメルに移る。
「……ところで先程、本丸御殿で立派な挨拶をしてくれたリッド殿の妹。メルディ殿に、ご挨拶させてもらっても良いかな?」
「あ、そうか。レイシス兄さんは、メルディと会うのは初めてでしたね」
レイシス王子に答えた後、僕はハッとした。
メルが本丸御殿で口上を述べた時、彼がした反応を思い出したからだ。
しかし、そんな僕の不安をよそにレイシス王子はメルに微笑んだ。
「では改めて……『レイシス・レナルーテ』と申します。メルディ・バルディア殿は、リッド殿の妹と伺っている。今後は私も貴殿の兄となる故、何かあれば気軽に接して欲しい」
「は、はい……えと、レイシスにいさまってよんでもだいじょうぶですか……?」
メルは少し緊張した面持ちかつ、上目遣いで恐る恐るレイシス王子に呼び方を尋ねる。
その可愛い仕草に、彼は思わずドキリとした様子で照れ笑いを浮かべて頬を掻きながら「う、うむ」と頷いた。
メルは、彼の答えに嬉しそうな笑みを浮かべる。
「えへへ……レイシスにいさまと、ひめねえさま。あらためて、よろしくおねがいします」
彼女の答えに、ファラやアスナは勿論。
レイシス王子も笑みを浮かべて頷いてくれる。
しかし、レイシス王子は何やらハッとすると、メルの表情を凝視した後に「やはり、似ているな……」と小声で呟いた。
「……? レイシスにいさま、なにがにているの」
メルが彼の視線とつぶやきにきょとんとしながら首を傾げて尋ねると、レイシス王子は慌てた様子を見せる。
「ああ、いやいやすまない。私が知っている人物に、メルディ殿がよく似ていたのでな」
「わたしと、にているひと……?」
メルとレイシス王子のやりとりを横で見聞きしている僕の背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
僕は「あ、そう……」と話題を逸らそうとするが、時すでに遅く彼は言葉を続ける。
「うむ……以前、我が国にリッド殿と一緒に来たティアというメイドなのだがね。メルディ殿は、ティアというメイドを知らないかな?」
「ええ‼ レイシスにいさま、なんで『ティア』のことをしっているの⁉」
メルが驚くと、レイシス王子もすかさず「……‼ メルディ殿はティアを知っているのか⁉」と反応。
その後、彼は僕に驚きが混じった熱い視線を向ける。
「え……あ、いや……ど、どうでしょうか……」
彼の反応に僕は困惑した表情を浮かべ、この場をどう乗り切ろうかと考えをひたすら巡らせている。
ふと、気が付けば正面にいるアスナが何やら俯いて肩を震わしていた。
ハッとして、ちらりと後ろに控えるディアナに目を向けると、彼女も何やら俯きながら口元を隠している。
ダナエは、僕のサーっとした表情やディアナやアスナの仕草の意図がわからず、きょとんとしているようだ。
その中、僕の表情や心中に気付く様子もなくメルは言葉を続けた。
「うん。わたし、しってるよ。いつもあそんでるもん」
「な、なんだと……‼ リッド殿、これはどういうことか⁉」
レイシス王子はメルの発言に血相を変えている。
実は、彼から最初にもらった『ティア宛』の手紙は、封も開けずに『それでも王子ですか。軟弱者』と筆跡を変えて書き記して返送した。
その時は、これで諦めてくれるだろう……そう思ったけど、レイシス王子は諦めなかったのだ。
それどころか、『王子である私にそのような率直な意見をくれるティアは、やはり素晴らしい』という、とんちんかんな文面が封筒に直筆された手紙が新たに届く始末。
その後は、手紙が来ても『反応をしない』という対応を取っていたのだけど、僕はそのことを今まですっかり忘れていた。
だって……色々と忙しかったんだもん。
僕が「さ、さぁ……」と顔を引きつらせていると、メルが子猫のような姿をした『ビスケット』を抱えて、レイシス王子に見せながら微笑んだ。
「えへへ……このこがね。ティアになれるんだよ」
「……? ど、どう云う意味かな、メルディ殿」
きょとんとした表情を浮かべるレイシス王子はメルに聞き返した後、ゆっくりと僕に視線を向ける。
その瞬間、僕はもうどうにでもなれと思いながら答えた。
「……はい。メルの言う通り、その子が『ティア』です」
レイシス王子に答えるとメルの側にいる黒い子猫姿のクッキーが、呆れたように首を横に振ってからジトっとした視線を僕に向ける。
同時に、メルに抱きかかえられた『ビスケット』も小さく首を横に振るのであった。




