再び迎賓館
「へぇ……にいさま、ここってバルディアのおやしきと、あんまりふんいきがかわらないんだね」
「そうだね。ここは、迎賓館と言って帝国の文化を模して建てられたらしいよ」
ファラ達と一旦別れて僕とメルは、いま迎賓館の中に入り部屋までザックに案内されている。
僕は一度来たことがあるけど、メルは初めて尽くしで眼をずっと輝かせているようだ。
その時、僕の説明を補足するように、先頭を歩きながら案内をしてくれているザックが呟いた。
「リッド様の仰る通りでございます。迎賓館は主に、帝国の要人の方にも安心して過ごして頂けるように出来る限り帝国の文化を模しております。しかし、細かい部分ではレナルーテの文化を入れておりますので、メルディ様にもその点を探して頂ければより楽しめると存じます」
「そうなんだ……じゃあ、あとでダナエとあちこちたんけんするね‼」
ザックの言葉に嬉しそうに微笑むメルは、視線を近くに控えるダナエに移す。
メイドのダナエも迎賓館の作りに興味があるのか、少し楽し気に「はい、メルディ様にお供させて頂きます」と笑みを浮かべて答えている。
彼女達のやりとりを見ながら、僕はディアナに目配せをした後に補足するようにメルに話しかけた。
「メル。探検はしても良いけど、此処は他国になるからあちこち見て回る時はダナエだけじゃなくて、ディアナも一緒じゃないと駄目だからね?」
「はーい。ディアナもあとでいっしょにぼうけんしようね」
メルに問い掛けられたディアナは、ニコリと微笑みながら会釈する。
「承知しました。それでしたら、この迎賓館には温泉がございます。そちらも後で探検がてら、入浴されてみてはいかがでしょうか?」
「え⁉ ここにもおんせんあるの‼ それならあとで、みんなでいこうね」
ディアナから、温泉が迎賓館にあることを伝えられたメルは嬉しそうに微笑んでいる。
だけど、ディアナとダナエが二人揃って手をグッと拳にして密かに喜んでいる様子に僕は、『やれやれ』と首を小さく横に振るのであった。
その時、僕達の会話が気になったのか、ザックが僕に問い掛ける。
「リッド様、メルディ様の『ここにも』というのは、バルディア領のお屋敷にも温泉があるのですか?」
「うん。前回、レナルーテから帰った後に、クッキーとビスケットが掘り当ててくれたんだ」
「クッキーとビスケットが掘り当てた……?」
僕は頷きながら返事をするが、それを聞いたザックは怪訝な表情を浮かべた。
すると、メルが彼女の足元を歩いていた子猫程度の大きさになっているクッキーとビスケットを抱きかかえ、彼に笑みを見せる。
「えへへ、クッキーとビスケットはこのこたちのことです」
「フニャー……」
わざとらしい程の可愛らしい鳴き声を上げる、クッキーとビスケット。
しかし、ザックは怪訝な表情を崩さずに二匹を凝視。
やがて、何かに気付いたようにハッとして一瞬驚きの表情を浮かべるが、彼はすぐに微笑んだ。
「……⁉ これは……可愛らしい『シャドウクーガー』の番ですな。しかしこれ程、人に懐いているのは見たことがありません。彼らが温泉を掘り当てたのですか?」
「うん、僕達も驚いたけどね。でも、おかげで屋敷の皆も喜んでくれたよ」
「クッキーとビスケットは、バルディアのおやしきでもにんきものだもんね。ふふ」
ザックは僕の答えと、メルの嬉しそうな笑みに満足した様子で頷いた。
「なるほど、それはようございました。二匹は、リッド様とメルディ様に出会えて幸せでしょうな」
「そう思ってくれていると良いけどね」
彼に答えながらクッキーとビスケットに視線を移す。
彼らは今、メルに抱きかかえられながら頬っぺたをすりすりをされている。
その状況に二匹が何とも言えない、悟ったような表情をしているのが何とも可愛らしい。
クッキーとビスケットの表情に、僕は思わず苦笑するのであった。
◇
「では、こちらがリッド様。隣の部屋がメルディ様となっております。もし、何かございましたらいつでもお呼び下さい」
ザックは僕達を部屋の前まで案内すると、ペコリと敬礼してその場を後にした。
すると、ディアナが僕とメルに笑みを浮かべて会釈をする。
「リッド様、メルディ様。お二人には少しお部屋で休んで頂き、ライナー様がこの後行うエリアス陛下への御挨拶に同行して頂く予定でございます。時間になりましたら、私共よりお声かけを致しますので、それまではお部屋でお休みください」
「うん、わかった。ありがとう。ディアナ」
「はーい」
僕とメルは、ディアナに答えるとそれぞれの部屋に入った。
僕の部屋は、恐らく前回と同じ部屋だと思う。
以前も部屋に飾ってあった、エルティア母様の肖像画があるからだ。
また此処に来たんだなぁ。
と思いながら、改めて絵を感慨深げに見た僕はふと呟いた。
「……ファラも将来はこんな感じになるのかな」
エルティア母様には何度も直接会っているけど、スラっとしており凛とした女性だ。
見た目の印象だけだと少し冷たさを感じるけど、その心根はとても温かいものであることを僕は知っている。
だけど、エルティア母様は娘であるはずのファラに対して何故か冷たく当たっている部分があり、二人の関係性は何とも難しい感じがあった。
その点も、お節介かもしれないけどいつか僕が二人の橋渡しになれたらいいなと思っている。
その時、部屋が急にノックされて、僕がドキッとして慌てて返事をすると、「にいさま、はいっていい?」と可愛らしい声が返って来た。
すぐに声の主であるメルと、彼女の傍に控えるメイドのダナエを部屋に迎え入れながら尋ねる。
「どうしたの、メル」
「……えへへ、さっそくあそびにきちゃった」
可愛らしい笑みを浮かべるメルは、ダナエと共に僕が過ごす部屋をあちこちと目を輝かせながら見て回る。
やがてメルは、エルティア母様の肖像画をしばらく興味深げに眺めると呟いた。
「にいさま……このえすきでしょ」
「え……なんで?」
首を傾げてメルに尋ねると、彼女は僕を見ながらニヤリと小悪魔のような笑みを浮かべる。
「だって、このえのひと……ひめねえさまに、よくにてるもん」
「な……⁉ ゴホゴホ‼」
メルから受けたまったく予想外の指摘に、顔を赤らめ思わず咳込んでしまう僕であった。




