再会と談笑
レナルーテの城内にある迎賓館に到着すると、そこで待ってくれていたのはダークエルフの王女であり、僕のお嫁さんである『ファラ・レナルーテ』だ。
久しぶりに会えたということもあり、普通に言葉を掛けたつもりなんだけど、何故かファラは顔を赤らめて俯いてしまう。
僕は首を傾げながら、彼女の隣に控えて笑みを浮かべて微笑んでいるレナルーテの軍服に身を包んだ少女にも声を掛けた。
「アスナも、久しぶりだね」
「リッド様、ご無沙汰しております」
彼女は言い終えると僕にペコリと敬礼する。
アスナはファラの専属護衛であり、剣士としての実力は折り紙付きだ。
ちなみに彼女の本名は『アスナ・ランマーク』であり、先日の会談で僕が話した『オルトロス・ランマーク』は彼女の父親と聞いている。
ふと、その事を思い出した僕は、話題になるかとアスナに尋ねた。
「そういえばこの間、アスナのお父さんの『オルトロス』殿に会ったよ」
「……そうでしたか。しかし、残念ながら私は父とは疎遠な為、その事については聞き及んでおりませんでした。申し訳ありません」
「え、そうなの」
苦々しい表情で答えるアスナに、僕は思わず少し驚いた表情見せる。
しかし、言葉とは裏腹に僕は内心で「やっぱり、そうなんだ」と呟いていた。
会談でオルトロスと話した時に感じたことは、間違いではなかったらしい。
だけど、同時に新たに浮かんだ疑問をアスナに問い掛けた。
「でも、それならアスナの剣術は誰から教わったの」
「私に剣術を叩き込んだのは、祖父の『カーティス・ランマーク』です。祖父は隠居しておりますが、機会があればご紹介致します」
アスナはにこやかに答えているけど、『叩き込んだ』という言い回しには彼女らしさを感じつつも、どことなく不安を覚えて苦笑する。
「あはは、その時はよろしくね」
「はい。祖父は私よりも剣に生きていますから、きっとリッド様のことも気に入られると存じます」
彼女以上に剣の鬼……『カーティス・ランマーク』か。
会う機会があれば、剣術について聞いてみたいな。
と思ったその時、ファラが頬を膨らませてこちらに可愛らしく睨んでいることに気が付いた僕は、彼女に思わず問い掛けた。
「ど、どうしたの、ファラ」
「……アスナとばっかりお話して随分と楽しそうです」
言い終えた彼女はプイっとそっぽを向いてしまった。
か、可愛い……じゃなくて、どうやら久しぶりの再会なのに、先にアスナと話し過ぎたらしい。
その時、僕の着ている服の後ろ側が軽く引っ張られる。
「にいさま……そのひとが、ひめねえさまなの?」
後ろを見ると、声から判断できたけどメルが少し恥ずかしそうにファラを見つめていた。
僕はニコリと微笑み、メルにファラを紹介する。
「うん、そうだよ。彼女がファラ・レナルーテ王女。僕の……お嫁さんで、メルの新しいお姉さんになる人さ」
メルに紹介する時に「僕のお嫁さん」と言うと急に顔が火照り出してしまう。
きっと僕の顔はいま少し赤いだろうな。
そんなことを思いながらメルを一歩前に出すと、彼女はおずおずとファラに向かって話しかけた。
「は、はじめまして、わたしはメルディ・バルディアともうします。よろしく、おねがいいたします」
メルは言い終えると、ペコリとその場で頭を下げる。
彼女が頭を上げると、すぐにファラは優しく微笑みながら答えてくれた。
「ご丁寧にありがとうございます。ご挨拶が遅れました。私は『ファラ・レナルーテ』と申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
ファラの言葉にパァっとメルの表情が明るくなる。
続けて咳払いを行ったファラは、アスナに目配せを行う。
アスナはファラの目配せに小さく頷くと、微笑みつつも畏まった様子でメルに話しかける。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私は姫様の専属護衛をしております、『アスナ・ランマーク』と申します」
「アスナさん……よろしくおねがいします」
メルが恐る恐る返事をすると、アスナはニコリと微笑んで首を横に振った。
「私はファラ様の専属護衛でありますから、ファラ様と御姉妹になられるメルディ様が私に畏まる必要はありません。気軽に『アスナ』と呼んでください」
「……‼ アスナ……えへへ。よろしくね」
アスナの一言で緊張がほぐれたのか、メルは笑みを浮かべて嬉しそうに彼女の名前を呼んだ。
その様子に、ファラがまた少し頬を膨らませている。
やがて、メルにファラは優しく話しかけた。
「メルディ様、私のことも気軽に呼んでくださって構いませんからね。その、メルディ様は私の妹になりますから……」
彼女は言いながら僕をチラリと見てハッとして、すぐに視線をメルに戻す。
ちなみにこの時、彼女の耳が少し上下に動いていた。
ファラは感情によって耳が動くという、ダークエルフの中でも珍しい特徴を持っている。
上下に動く時は、嬉しい感情の表れだそうだ。
それを知っているせいか、僕も彼女の様子に少し照れ笑いを浮かべた。
その時、メルがファラに嬉しそうに答える。
「ほんとう……? それなら、その……ファラおうじょのことを、ひめねえさまってよんでもいいですか?」
「姫姉様……ふふ、素敵で良いですね。だけど、どうして姫姉様なのでしょうか」
ファラは微笑みながらメルに問い掛ける。
「えへへ、ファラおうじょはおひめさまで、わたしのおねえさんだから『ひめねえさま』です」
メルは恥ずかしそうしていたが、答え終わるとファラとアスナに満面の笑みを見せた。
すると、二人は小声で何かを呟いた。
「わぁ、リッド様にそっくりの可愛い笑顔です」
「か、可愛い……」
しかし、二人の声が小さすぎてよく聞こえないので僕は思わず尋ねた。
「どうかした?」
「え、いえ。メルディ様とリッド様の笑顔がとても良く似ていらっしゃったものですから、つい見とれてしまいました。ふふ」
問いかけに答えてくれたのは、笑みを浮かべているファラだ。
思いがけない答えに、僕は戸惑いながらメルの表情に視線を移してから答える。
「そ、そう? でも、兄妹だから似ているかもね」
僕達が四人で談笑していると、笑みを浮かべたザックがこちらに近寄ってきた。
「リッド様、お話し中に申し訳ありません。荷物を運び終わりました故、お部屋にご案内してもよろしいでしょうか」
「あ、そうだね。ええっと、ファラとアスナはこの後どうするの」
ザックに返事をした後、二人に向かって問い掛ける。
「私達も一旦本丸御殿に戻ります故、何かあればご連絡ください。すぐに参ります」
「わかった。じゃあ、何かあればすぐに連絡するね」
「はい。では、また後で……ふふ」
「……?」
楽しそうに笑みを浮かべて答えてくれたファラに返事をすると、僕はメルと一緒に迎賓館の出入口に向かう。
こうして、ファラとの久しぶりの再会をした僕は、『華燭の典』に向けて人知れず気合を入れるのであった。




