リッドとライナーの打ち合わせ
ファラを迎える屋敷を視察してから数日後。僕は父上に呼ばれて本屋敷の執務室を訪れていた。
「父上、お呼びでしょうか」
「うむ。まぁ、座りなさい」
父上から促されるままにソファーに腰を下ろすと、ガルンがすぐに紅茶を僕の前に用意してくれた。
「ガルン、ありがとう」と声を僕が掛けると、彼はニコリと微笑み会釈する。
僕とガルンのやり取りの間に、父上は机を挟んで僕の正面に座った。
それから間もなく、父上はゆっくりと話し始める。
「呼んだのは他でもない。新しい屋敷がほぼ完成したと報告があった」
「……‼ 承知しました。いよいよ、ファラを迎える準備が整ったということですね」
屋敷がほぼ完成したと聞いた僕は少し驚くが、すぐに笑みを浮かべて答えた。
父上は僕の言葉に頷きながら話を続ける。
「うむ。そこで、レナルーテ王国に『ファラ・レナルーテ王女』をバルディア領として迎えに行くか。それとも、あちらから来てもらうかだが、お前はどうしたい」
「勿論、ファラを迎えに行くに決まっています。迎えに行くと彼女に約束しましたから」
問いかけに対し、間髪入れずに力強くそう答えると、父上は少し嬉しそうな表情を浮かべた。
「わかった。それであれば、我々がレナルーテ王国に『ファラ・レナルーテ王女』を迎えに行くと早急に親書を出そう」
「ありがとうございます、父上。あと、親書でしたら『木炭車』を使えばより早く届ける事が可能です。どうかお使い下さい」
会釈をしながら僕は『木炭車』の使用を提案。
父上は少し考える素振りを見せた後、ゆっくりと頷いた。
「そうだな。では、親書を送る時に使わせてもらおう」
「承知しました」
微笑みながら、僕は父上の言葉に頷いた。
木炭車を開発したのは輸送だけなく、国同士の移動時間も短縮する為でもある。
こういう時に使わないでどうするのか。
それに、レナルーテとの国境地点までの道の整備はすでに終わっていることに加え、補給所もあるので移動にも問題はない。
国境地点からレナルーテの王都までの道については、第二騎士団が整備をすでに始めている状態だ。
第二騎士団の皆も魔法に大分慣れてきたようで、どの分隊でも作業速度が速くなっていると報告があがっている。
その為、国境地点からレナルーテの王都までの道整備も思いのほか早く終わるかもしれない。
その時、父上が「ところで」と呟き、僕に問い掛けた。
「先日行ったレナルーテ会談後。すぐに魔力回復薬と魔力枯渇症の研究所の建設が始まったそうだ。勿論、バルディア家の名義だ」
「本当ですか⁉ でも、なんでこんなに早く……それに、父上が何故そのことをご存じなのでしょう」
僕は父上に驚きの表情で答えたあと、疑問を問い掛けた。
レナルーテに建設するバルディア家名義の研究所は、母上の魔力枯渇症完治に向けて必要不可欠な施設だ。
主な目的は、魔力枯渇症の治療薬を現地で作りバルディア領に輸入する。
そして、魔力回復薬の原料となる『月光草』の栽培と量産だ。
会談では、母上のこともあり早急に必要であることは伝えていたけど、まさかこんなに早く動き出すなんて思いもしなかった。
すると、父上がおもむろに一通の封筒を僕に差し出す。
「エリアス陛下が、自国に戻り次第すぐに動いてくれたようだな。これが、今日届いた親書だ」
「ありがとうございます。見てもよろしいでしょうか」
「うむ」
僕は父上の許可を得ると、丁寧に封筒を開けて手紙に目を通した。
内容としては、会談がとても有意義であったこと。
そして、母上の治療に関して全面的に協力を行うことが記載されていた。
最後には僕宛に『婿殿が用意するであろう、私の懐中時計を楽しみにしている』とある。
手紙を読み終えた僕は、思わず「ふぅ……」と息を吐くと力が抜け呟いた。
「これで、母上の件は一安心できますね」
「そうだな。しかし、リッド。魔力枯渇症の治療薬についての研究をどうやって行うつもりだ。さすがにレナルーテで試薬を作り、ナナリーに試すのであれば時間がかかり過ぎるだろう」
父上も安堵した表情を浮かべるが、すぐに疑問を僕に投げかける。
確かに、今まではバルディア領に原料を輸入後すぐに試薬を作成、母上に投与するというやり方を行っていた。
その為、レナルーテで試薬を作り、今まで同様母上に投与するというやり方では恐らく時間が掛かってしまうだろう。
父上の疑問に対し、僕はこう答えた。
「その点については、考えていたことがあります。母上同様、『魔力枯渇症』を発症している狼人族の『ラスト』と、医師である『ビジーカ』と他数名でレナルーテへ行ってもらおうと思っています」
「ふむ……では、今までバルディアで行っていた治験も含め、すべてレナルーテの研究所で完結させるということだな」
父上は口元に手を充て、少し考え込んでから再度僕に質問をする。
僕は、父上の言葉を受け止め頷くと、説明を続けた。
「はい。ラストとビジーカがレナルーテへ行けば、魔力枯渇症に対し効果的な薬をより早く研究と開発が可能になるはずです。それが、母上の快復にいち早く繋がると思います」
自信をこめた僕の言葉に、父上は満足げに頷いた。
「よかろう。そこまで考えているのであれば、後はそのまま話を進めなさい。しかし、レナルーテの研究所に行く事に関して彼らは承知しているのか? 根回しはしておかないと、禍根の原因となるぞ」
「ご安心ください。ラストとビジーカを含め、彼らは納得しております。以前から、話をしておりましたから」
僕は父上に答えながら笑みを浮かべて説明を続けた。
実はラストとビジーカの二人には、レナルーテに行ってもらうかも知れないと、以前から打診をしていたのだ。
二人共、最初は驚いていたけど魔力枯渇症と魔力回復薬の原料についての現状を説明。
さらに、魔力枯渇症の治療に関しては原材料が手に入りやすいレナルーテの方が研究に向いていることを伝えた。
すると、ビジーカはすぐに了承してくれた。
狼人族のラストも、「俺が少しでも役に立てるなら喜んで、レナルーテに参ります」と言ってくれたのである。
ただその際、ラストの姉であるシェリルが「弟のラストが行くなら、私もレナルーテに参ります」と言い出した。
しかし、シェリルは分隊長の一人である為、それは許可出来ないと説得。
ラストも、姉のシェリルに向かってハッキリと言葉を口にした。
「姉さん、俺にしかできないことなんだ。それに、レナルーテに行けばより早く『魔力枯渇症』を治せる。だから心配せずに姉さんは、姉さんの役目を果たして欲しい」
「ラスト……わかった。お前が元気になって帰って来るのを待っているよ」
こうして、ビジーカとラストを含めてレナルーテに行く面々は、すでに話を通してある状態だ。
僕の説明が終わると、父上は「そうか、ならば良い」と呟いていた。
その後も、レナルーテの研究所において現地協力者であるダークエルフのニキークについてなど、様々なことを僕と父上は打ち合わせを続ける。
そして、気付けば陽が落ちていたのであった。
父上との打ち合わせを行った翌日。
レナルーテ王国に向けてバルディア領から親書が送付された。
当然の事ながら内容は、『ファラ・レナルーテ』をバルディア家として迎えに行くというものである。
僕の妻であるファラが、バルディア領にやってくる日がいよいよ間近になってきたのだ。
そう思うと、僕は胸が高鳴るのであった。




