会談2
「では、資料に沿って『特別辺境自由貿易協定』についてお話します」
僕は、エリアス王と彼らの手元に資料が行き渡った事を確認するとニコリと微笑み、説明を始める。
『特別辺境自由貿易協定』というのは前世の記憶で有名だった『ヒト・モノ・カネ』の移動の自由化と円滑化を図り、経済関係強化と発展を図る『自由貿易協定』を参考にしているものだ。
帝国とレナルーテにおいて、『カネ』に関してはまだ難しいけど『ヒト・モノ』は現状でも可能だ。
通常の貿易に関しては『関税』が国によって『商品』ごとに細かく決められている。
これは、自国の商品価値を守る為だ。
例えば、米を生産する国が、米を他国から輸入する場合で考えると、他国の米が自国で生産した米より、安価で味も変わらない。
そうなれば、自然と米を安い他国から買うようになってしまう。
安く米が買えることだけで見れば、短期的には良いことかも知れない。
しかし、長い目で見れば自国の生産力が落ち、他国から輸入出来なくなった時、国は米不足に陥る危険性が出て来る。
それを防ぐために、安価な他国の米に『関税』を掛け金額(価値)を調整、輸入量の調整なども行うわけだ。
これはほんの一例であり、年間輸入量の調整など貿易には複雑で様々な仕組みがある。
レナルーテとマグノリア帝国も国が違う為、関税や通行税などが設定されているわけだ。
だけど、物量の関係もあり、まだ前世の記憶にある世界のように細かくはない。
そして、幸いなことにバルディア領とレナルーテにおいては様々な文化が違う為、貿易を行うにおいて重なる商品がほとんどないのである。
例えば、マグノリア帝国の主食は『小麦』だけど、レナルーテの主食は『米』だ。
正直、僕にとってレナルーテは原料の宝庫であり取引量を『木炭車』を使い大幅に増やしていきたい。
そこで問題となるのが『関税』だ。
一応、前回の『ノリス』の一件で父上がかなり良い条件を引っ張り出している状況はある。
その中で、僕がしている提案は関税の関係のほぼ撤廃と言って良いものだ。
概要の説明がある程度終えると、岳父であるエリアス王が難しい表情を浮かべた。
「なるほど……しかし、婿殿。関税撤廃となると、我が国としては税による収入が落ちるだけだ。それも、マグノリア帝国全体となれば我が国としては損失が大きすぎる」
「はい。その為『特別辺境自由貿易協定』という名前がある通り、この優遇処置はバルディア領とレナルーテのみに適用されます。それに……遅かれ、早かれ、関税撤廃の話は帝都の中央貴族達からいずれ働きかけがあるでしょう」
僕はエリアス王の言葉に頷くと、ニコリと笑みを浮かべ視線を父上に移す。
エリアス王と彼らは、僕の言葉に眉を顰めながら父上に視線を向けた。
やがて、エリアス王が父上に訝し気に問い掛ける。
「ライナー殿、婿殿の言葉はどういう意味かな」
「言葉通りです、エリアス陛下。帝都における中央貴族達の動きとしては、レナルーテとマグノリア帝国における関税について、帝国優位に変更もしくは撤廃をさせようという話が出始めております。恐らく、ファラ王女がバルディア領に来たぐらいから、何かしらの動きがあるでしょうな」
父上の冷静な答えに、オルトロスが険しい面持ちで声を荒立てた。
「関税を帝国優位に変更もしくは撤廃だと……そんな馬鹿な話があるか⁉ それにだ……帝国の動きが仮に本当だったとして、貴殿達の話は『交渉』ではなく『脅し』になるのではないか‼」
しかし、オルトロスの言葉には父上ではなく、僕が笑みを浮かべたまま淡々と答えた。
「オルトロス殿の気持ちもわかります。しかし、貴国は残念ながら帝国に逆らえない立場にあるのです。それに、今回の話は『脅し』ではありません。レナルーテが帝都の中央貴族達に従うのか、バルディア家と手を組むのかという『選択』の話です」
「……選択だと」
彼は僕の言葉を聞き、怪訝な表情を浮かべている。
やがて、エリアス王が射貫くような鋭い視線を僕に向けた。
「婿殿。それはつまり、帝都の中央貴族から無理難題を押し付けられる前に、バルディア領と協定を結んでおくということかな」
「仰る通りです、御父上」
あえてエリアス王の言葉に、僕は満面の笑みを浮かべた。
そして、僕は現状と今後についての説明を始める。
帝都の中央貴族達は、レナルーテの価値を過小評価していると僕は以前から感じていた。
そこで、僕は過小評価をされていることを利用する事にしたのだ。
僕とファラ王女の婚姻に伴い、バルディア家とレナルーテにおける特別な貿易協定を作成したいことを帝都で父上から駄目もとで打診して欲しいと伝えた。
その結果、中央貴族達は案の定『田舎者同士で好きにすれば良い』というような決定を出してくれたのである。
なお、皇帝陛下には父上が根回し済みだ。
勿論、中央貴族達はバルディア領において木炭車やバルディア第二騎士団の存在を知らない。
だからこそ、ここでバルディア領とレナルーテが『協定』を結べば帝都の中央貴族達を出し抜くことができるということだ。
真っ直ぐにエリアス王を見つめながら、僕は力強く言葉を紡ぐ。
「勿論、それだけではありません。貴国とバルディア領が協定を結び、関税を撤廃、緩和をした際には、木炭車により今までとは比べものにならないほどの物流が生まれ、観光業も栄えるでしょう。そして、レナルーテで仕入れた原料をバルディア領で様々な商品に加工。帝国内に販売することも考えています」
気付けば、熱くも淡々と語る僕に対して皆の視線を感じる。
僕は勢いのまま、さらに言葉を続けた。
「今回の協定が、バルディア領とレナルーテの発展に大いに繋がることは間違いありません。そして、妻である『ファラ』の祖国をないがしろにするようなことは決して致しません。どうか、『特別辺境自由貿易協定』の締結をお願い致します」
僕の説明が終わると、部屋にはしばし静寂が訪れる。
やがて、エリアス王がおもむろに呟いた。
「……木炭車、懐中時計の開発と人材育成。そして、『特別辺境自由貿易協定』か。婿殿が考えることは本当に『型破り』なことばかりだ。しかし、故に面白い。良いだろう、詳細は詰めねばならんが、バルディア領と協定を結ぶことを前提に私も考えよう」
「……‼ エリアス陛下、ありがとうございます」
エリアス王の言葉に僕が思わずペコリと一礼すると、彼は苦笑した。
「エリアス陛下ではなく、御父上で良い。それにしても、我が娘の婿殿は将来が楽しみだ」
彼は、言い終えるとその後、しばし豪快な笑い声を上げるのであった。




