レナルーテとの会談に向けて
屋敷の執務室でバルディア第二騎士団の活動報告がほぼ終わり、僕と父上の話し合いの話題は『レナルーテとの会談』に移っていく。
父上は、おもむろにソファーから立ち上がると、机の引き出しから気品がある一通の封筒を取り出した。
そして、その封筒を僕の前に置いた父上は、ソファーに腰を下ろすとニヤリと笑う。
「ふふ、レナルーテに送った親書にはお前が『懐中時計』と『木炭車』を開発したこと。そして、どんなものであるかもあえて記載している。その上で、レナルーテとバルディア領における今後の事を話したいとな……これはその返事だ。読んで見なさい」
「承知しました。では、拝見させて頂きます」
僕は父上の言葉に頷くと、丁寧に封筒を開いて中身を改めた。
どうやら手紙の中身は、レナルーテの王であるエリアスが直筆で書いたものらしい。
力強く、達筆な文字である。
ゆっくりと手紙の内容に目を通した僕は、安堵してニコリと微笑んだ。
手紙の内容を簡単に言えば、『非常に興味がある。是非、話を聞きたい』である。
「父上、調整ありがとうございます。あと、僭越ながら帝都においての根回しはいかがでしょうか」
「案ずるな。皇帝陛下に加え、親しい中央貴族達にはバルディア領とレナルーテにて積極的な『様々な取引』を行う旨はすでに伝えている。それに……皇帝陛下に『懐中時計』について、献上品の件を含め内々に説明済みだ」
「それでは、レナルーテとバルディア領の会談と今後の取引については、何も障害はないということですね」
あえて確認するように聞き返すと、父上は意図を理解した様子で呟いた。
「そういうことだ。帝都においてレナルーテとバルディア領が取引を行うと言っても、今までの『常識』ありきだ。お前の考える『型破り』な取引までは想像しておらん。お前の好きなように、やれるところまでやってしまえ」
「承知しました。では、以前お話した通りに進めて行きたいと存じます」
父上の答えに、僕は頷きながら安堵の表情を浮かべていた。
帝都において、僕の存在はまだほとんど知られていない。
その上で、レナルーテとバルディア領の取引については了承してもらえたということは、良くも悪くも『帝都の貴族』を出し抜けるということになる。
母上の病、今後のバルディア領の発展を考えれば、一つの節目になるかもしれないな。
そんなことを思いつつ、僕は父上の顔色を窺いながら、話題を変えるように切り出した。
「ところで、父上。少し話が変わるのですが、身近な者で結婚をしたいという申請がありまして……」
「結婚だと? なんだ、貴族ではあるまいし当人同士の問題ではないのか」
父上は僕の問い掛けに首を傾げている。
それはそうだろう。
普通の結婚であれば、父上の言う通り当人同士の問題で気にする必要はない。
決まりが悪い顔をしながら僕は苦笑する。
「あはは、えっと、ですね。実は、私の従者であるカペラがエレンに結婚を申し込みたいということです」
「……なんだと」
父上の表情が眉間に皺を寄せ、一瞬で険しい表情となる。
止む無く、カペラとエレンの馴れ初めと恐らく両想いであることを僕は丁寧に父上に説明をしていく。
父上は額に手を添えながら俯くとため息を吐いた。
「まさかそんなことになっているとはな……夢にも思わなかったぞ」
「僕もです。カペラがこんなに早く、エレンと結婚まで話が進むなんて思いませんでした。ですが、二人の結婚は認めても問題ないと思っています。むしろ、歓迎かと」
父上は、ゆっくりと顔を上げると鋭い眼光を僕に向けた。
「……カペラはレナルーテの元暗部だぞ。何故、そう思う?」
「エレンの存在は、いずれ帝都や周辺国も知ることになるでしょう。その時に、彼女は狙われかねません。しかし、カペラが夫になれば自然と彼女を様々な陰謀から守ることにも繋がります。それに、エレンがバルディア領にいる限り、どんな目的や意図があったとしてもカペラは下手なことはできないでしょう」
正直なところ、カペラの本心がどこにあるかはわからない。
しかし、ディアナからの報告も含め彼がレナルーテと何かしらの連絡を取った形跡はないらしい。
勿論、僕達がわからない方法で連絡を取っている可能性もある。
それでも、彼の今までの協力的な姿勢。
エレンのことを話していた時のカペラの様子から、僕は信じても良いと思った。
父上は、僕の答えを聞いて、しばし眉間に皺を寄せて考え込む。
その後、おもむろに口を開いた。
「よかろう。カペラとエレンは、リッドの従者と家臣だからな。お前の判断に任せよう」
「ありがとうございます、父上。二人もきっと喜ぶと思います」
了承をもらえた僕は安堵した笑みを浮かべ、ペコリと頭を下げる。
父上は、少し呆れた顔を浮かべた後、表情を切り替えた。
「ところで、リッド。先日、出してもらった教育課程の検証における『バルディア騎士団に所属する騎士の子供』を募集したところすでに定員超えをしているぞ」
「本当ですか、それは嬉しい悲鳴ですね」
その後も、僕と父上は教育課程における検証の定員。
レナルーテとの会談などの話し合いを続けた。
しかし、今回の話し合いで一番安堵したのは、カペラとエレンの結婚について了承を無事にもらえたことである。
これは、カペラに貸しが出来たと思うことにしよう。と考える僕であった。




