カペラの相談
宿舎の執務室にて、カペラが突然「結婚を申し込みたい相手がいる」と言ったことに、僕とディアナは衝撃を受け茫然としている。
やがて、ハッとした僕は額に手を添えながら彼に問い掛けた。
「えーと、話が飛躍しているように感じるんだけど……カペラ、結婚するの」
「はい。私は、バルディア領に骨を埋める覚悟です。その意味でも、この地での結婚は必要かと存じます。それに、お相手の方ともすでに結婚を前提にお付き合いはさせて頂いておりますので、許可さえ頂ければ問題はないかと」
彼は無表情で淡々と少し嬉しそうな雰囲気を出しながら語ってくれるけど、話を聞いた僕とディアナは開いた口が塞がらない。
そもそも、結婚を前提に付き合っている相手って誰なんだろうか?
そう思った時、僕はハッとして恐る恐る尋ねた。
「カペラ、その結婚を前提に付き合っている人って……」
「はい。リッド様もディアナ様もよくご存じである、ドワーフのエレンさんです」
特に表情を変えることなく、淡々と彼は言っているが僕は頭を抱え込んだ。
ドワーフのエレンがカペラに好意を抱いていたのは知っていた。
そこに対して、僕はカペラとエレンの当人同士の問題だし、特に何か言うわけでもなかったけど、それにしても展開が早すぎる。
父上の如く眉間に皺を寄せた僕は、険しい表情でカペラに鋭い視線を向けた。
「……悪いけど、少し詳細を教えてもらうよ」
「承知しました」
その後、僕は止む無くカペラに結婚を前提に付き合うまでの経緯の話を聞くことになる。
驚いたことに、エレンはバルディア領に来てからずっと積極的にカペラにアタックしていたらしい。
笑顔の練習に付き合ったり、お弁当を作ってみたり、はたまた、エレンからお手製の武具をもらったこともあるそうだ。
彼はエレンの気持ちにすぐに気付いたが、様々なことを考え少し距離を置くようにしていたらしい。
それでも、エレンは多忙の中でもめげずにカペラに傍にやってきてくれたそうだ。
人に尽くすことはあっても、人に尽くされたことのない彼は、段々とエレンに惹かれていく自身に気が付いて困惑したらしい。
その時、カペラはエレンに無表情ながら戸惑った雰囲気で尋ねたそうだ。
「こういう時、どういう顔をすれば良いのでしょうか」
彼の問い掛けに、エレンは少し俯いて考えるとニコリと微笑んだ。
「えっと、良くわかりませんけど……少しでも嬉しいと思うなら、とりあえず笑って、笑顔になれば良いと思います」
彼女の言葉で、カペラは初めて心から微笑むことが出来たそうだ。
以上のやりとりを経て、カペラはエレンに結婚を前提に付き合って欲しいと告白して了承をもらったらしい。
しかし、その手の話を一切聞いた事がない僕からすれば、寝耳に水の話である。
ディアナも彼らの件については、知らなかったようで呆れたような表情をしているようだ。
僕は険しい表情のままに、カペラに視線を向けた。
「エレンがカペラに好意を持っていたのは知っていたけど、まさかそこまで話が進んでいたとは気が付かなかったよ」
「そこは、私が調整しました。元暗部なので情報管理は得意ですから。それと、こう見えて私は過去に二人ほど気になった女性が居たのです。しかし、気付けば二人共、別の方と結婚されて、思いを告げる事もできませんでした。故に、もし次に気になる女性が現れたらすぐに思いを告げようと考えていた次第です」
カペラは僕の問い掛けに自然な笑みを浮かべてニコリと微笑むと、ペコリと一礼する。
きっとその自然な笑みもエレンのおかげなのだろう。
しかし、元暗部としての力を使う部分が少し違う気がするのは気のせいだろうか。
それと、何気に彼の恋愛観まで教えられるとは思わず、ため息を吐いて『やれやれ』と僕は首を横に振った。
「……はぁ、そこまでしてエレンと結婚したいというカペラの意思はわかった。僕個人としては、君とエレンの結婚は歓迎するし、祝福するよ。ただ、君達の結婚についての許可は僕一人だけの判断は難しいから、父上にも確認しないといけないだろうね」
エレンとアレックスは、今はバルディア家に仕えてもらっている。
立場としては家臣のようなものだ。その立場のエレンが、レナルーテとはいえ隣国出身。
それも、元暗部となれば色々と根回しをしておかないといけないだろう。
カペラも僕の言葉を理解したのか、畏まった様子で会釈する。
「お心遣い、感謝致します。リッド様、この件はまた別途の機会にお話しできればと存じますが、書類作業の件は如何致しましょう」
「あぁー……そうだね。うん、お願いするよ。あと、父上とも話すけどカペラがエレンと結婚するなら、色々とやってもらう仕事が増えるかもしれないから、その覚悟はしておいてね」
「承知しました」
カペラは僕に答えると無表情のまま、ペコリと頭を下げる。
ふとその時、ディアナに視線を向けると、何やら俯いてどんよりした雰囲気を出しているではないか。
彼女の只事ではない様子に気が付いた僕は、思わず心配で優しく声を掛けた。
「ど、どうしたの、ディアナ。そんなに、暗い顔をして……」
「い、いえ……まさか、カペラさんに結婚を先を越されるなんて思わなかったものですから……」
「あー……」
僕の何ともいえない表情をちらりと見たディアナは、カペラに視線を向けるとため息を吐いて小声で呟いた。
「はぁ……恋愛に関してだけは、ルーベンスにもカペラさんのような甲斐性が欲しいものですね……」
しかし、彼女の声が小さすぎて、近くにいても聞き取れない。
僕は、思わず怪訝な顔で聞き返した。
「ディアナ、ごめん。良く聞こえなかったんだけど……」
「何でもございません」
彼女は僕の問い掛けに凛として答え、いつもの表情にすぐに戻る。
そんなディアナの様子に、僕はきょとんとしていた。
こうして、バルディア第二騎士団の書類仕事に追われていく僕は、カペラの結婚承諾の相談を皮切りに、この状況を打開する方法も模索していくことになる。
だけど、カペラがエレンと結婚したいという話を、父上にしなければならないと思い悩み、僕が頭を抱えたのは言うまでもない。




